機動戦士フェニックス・ガンダム

作:FUJI7

3 ZPlus

「おいおい、爆発音だぜ?」
 言いつつ、反射的にコードの体は窓の外を向いていた。ジャンもそれに倣い、後に続く。しかし、何と楽しそうな表情なのだろう、とジャンは思った。コードの笑顔は周囲の人間を不安にさせる。
「おっ! 滑走路が燃えてやがる!」
「? 何か、ヘンだ?」
 重々しいビーム粒子を放つモビルスーツ。それはグレー一色のZPlus。プサン基地には配備されていないタイプの筈だ。
「さっきもZモドキが着陸したしな………」
 コードは言う。そして顔を見合わせる。連邦軍が連邦の基地を攻撃する。その図式が示すものは、単純に、『反乱』の二文字だった。
「ティターンズじゃあるまいし………どうなってやがる」
 コードは眉をしかめ、暫く考えた。ジャンク屋仲間から聞いたり、自分で調べた情報で推測をしようとする。
「エゥーゴとカラバの戦い、か?」
「えぇ?」
 ジャンはその推測に疑問符を返した。両方とも、反連邦政府活動の、古い組織の名称だったからだ。既に政治的に統合されていた筈だから、幽霊が妄言を吐いているに等しい。「いや、な、そんな噂があったんだ。ま、どっちでもいいんだけどな」
 肩を竦めるコードの後ろの窓に映るZPlusは、巡航形態からモビルスーツにダイナミックに変形し、基地に降り立った。
 ZPlusは構えたスマート・ガンを乱射気味に基地施設に打ち込む。
「基地の連中は何をしてやがる! やられっ放しじゃねえか!」
 と叱咤したとき、工場の屋根にも流れ弾が着弾したのか、バシュ! と空気を切り裂く音がしたかと思うと、溶けた建材が落ちてくる。
「チッ!」
 コードは舌打ちし、屋根の抜け落ちた工場が上空から丸見えなのを知ると、
「逃げるぞ!」
 とジャンの手を引っ張った。
「でも!」
 こんな状況だと言うのに、ジャンの心身は、未だ外界に出ることを拒否していた。
「俺はまだ、死にたくないんでな」
 やや真顔のコード。ジャンは逡巡したが、頷き、コードに従う事にした。修理中のジェガンが見つかれば、下請けだろうがなんだろうが、攻撃目標になることは間違いない。まして、遥か上空のZPlusに、ここを攻撃しないように要請できる訳もない。単純な結論だった。
 二人は工場出口へ急ぎ、自家用エレカにサッと乗り込むと、急発進させた。工場の小さな敷地を抜け、一般道に出ると、

 ビッ、ビッ! と金属音!
 パッ、と閃光!
 パゥ! と爆発音!

「うわっ!」
 ハンドルを握っていたコードが呻く。爆風が背中に当たる。それから逃げるようにコードはアクセルを踏む。が、悲しいかな所詮はエレカ、加速はたかが知れていた。
「クソッ………」
 悪態をつきながらも、コードはそれが習性というものなのか、敵機………ZPlusの数を確認していた。ジャンも、そうすることが当然のように、同じ事をしていた。もし、コードにもう少し落ち着きがあれば、その時のジャンの仕草を見て、自分と同じようにパイロットの訓練を受けたことがあるか、若しくは資質があるのだ、と判断しただろう。
 だが、今はそれどころではない。

 ビッ!

 ZPlusの一機が放ったビームは、二人の乗ったエレカの直前の舗装道路を直撃した。明らかに足止めの意志を持っている。
「ちきしょう、軍関係者だと思われてやがる!」
 と叫びつつ、ささくれ立ったアスファルトを巧みに避ける。

 ビッ!

 二撃目のビーム。ジャンはそのパイロットの精神を疑いたくなった。モビルスーツで生身の人間を狙撃する? これほど悪趣味な軍事行動があろうか? と。

 ビッ!

 三撃目。ついに、コード操るエレカはビームの衝撃により、掘り起こされ、溶けた土と、行く手を遮るアスファルトの残骸に挟まれ、停止を余儀なくされた。ZPlusは『ブァ!』と胸のダクトから排気し、脚部のスラスターに推力を与えると、軽やかに浮き上がり、小ジャンプすると、二人の眼前に着地した。
 灰色の巨人が立っている。鋼鉄の塊である筈のそれは、凶暴な意思を持って、立っている。これ程圧倒的な戦いがあろうか。既に二人の命運は灰色の、空飛ぶモビルスーツに握られているのだ。
 何故なのか、は判然としなかったが、明らかにこのZPlusはコード達の乗るエレカを狙っている。
 ギュウゥン、とZPlusの、ライフルを持った右手が動く。銃口は熱により、大気の揺らめきが見える。陽炎がZPlusのフェイス部を歪め、悪魔的な笑みを浮かべたように感じた。外敵のいない連邦軍は、このような力の使い方をするのだ、と笑みが語っていた。
「駄目か………」
 コードは、彼らしくない失望の台詞を吐いた。それは、歳月を感じさせるものでもあり、モビルスーツの暴力的資質を知り尽くしている男の台詞でもあった。
「出して!」
 と、唇を噛んでいるコードに向かって、ジャンは叫んだ。「何?」とコードが叫ぶ間もなく、ZPlusに向かって光る砲弾が飛ぶ。
 何が何だかわからないが、とにかく、これは逃げるチャンスだ。エレカのシフト・ギアをリバースに入れ、全速力で後退する。そして半回転。
「!?」
 正面に、如何にも『安物』のGMが見えた。それが光弾を発した主だとわかる。ZPlusは、GMとは比較にならない機動力でビームを回避し、『敵』を撃破しにかかる。『ウサギ(エレカ)追い』の遊びは終わりだ、本業に精をださなきゃ、とビームを撃つ。
 意外にもGMはZPlusのビームを回避した。が、それも初弾だけだ。二撃目にアッサリとコックピットを打ち抜かれる。なんと鮮やかな!
 その熟練した手さばきを見せたパイロットが、分別のない弱者イジメを行ったパイロットと同一人物であることに、ジャンは腹を立てていた。
<何て………破廉恥な!>
「逃げるって言っても、これじゃ、基地に向かっちまう!」
 自分から危機に向かっているにも関わらず、コードは先程の失意から立ち直った反動からか、興奮して、口元を歪めて言った。
 プサン基地所属らしきGMIV、ジェガンがワラワラと現れ、先のZPlusに集中砲火を浴びせる。GMIVはジェガンよりも製造年度は新しいが、『どこまで削ってもモビルスーツでいられるか?』を実験しているような廉価量産機である。
 Z系モビルスーツは、カタパルトでの加速がなければ、大気中では巡航形態には変形できない。それが単機での運用の限界でもあり、可変モビルスーツとしての妥協点でもある。が、腐ってもZ、である。軽やかに攻撃を避け、計ったようなビームの連射。
 腕を打ち抜かれ、脱落するマニピュレータ。
 シールドを貫通し、頓挫する機体。
 メインカメラを破壊され、首無しでゾンビの如くオロオロする機体。
「上手すぎる!」
 GMは五機以上はいたのだ。それがたった一機の、たとえZPlusだとしても、尋常ではない腕前に、圧倒されているのだ。ジャンは叫び、戦慄する。同時に、『頭のネジの外れたような』節操のない高笑いを聞く。
「こうなったら、基地のモビルスーツでも奪って逃げるか?」
 ハッハッハ、と楽しそうなコード。呑気で軽薄な手段だが、それが一番生き残れる手段かも知れない、とジャンも思う。狙われているのだ。今は目の前のGMに対処しているが、そのうち、再び追ってくるに違いない。
「そうしましょう」
 ジャンがポツリと言ったのを受けて、コードは一瞬、ハッとなったが、直ぐにニタリ、と笑い、
「お前は面白いヤツだ!」
 と、叫びながらエレカを飛ばす。後方では雑魚に等しいGMが、悲壮な程に善戦している姿が見えた。
 遠くなるZPlus。悪いヤツにはお灸を据えなければならないな、とジャンは本気で思うのだった。

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