機動戦士フェニックス・ガンダム
作:FUJI7
14 ある地球連邦議会議員
「プサン基地が攻撃を受けただと?」
議員は、秘書に、穏やかな口調で訊き返した。部屋には電灯があるだけで、調度品は一切ない。電話さえ無いのは、盗聴を恐れるから、である。部屋は議員の自宅ではあるが、家族はここにはいない。宇宙(そら)へと逃げているのだ。
昨日、急に宇宙へ飛び立った、と帰宅した際に聞いたのだが、この秘書の報告で、議員はニヤリと笑ったものだ。相変わらず女房は勘がいい、と。
「はい。ナガノ基地の連中がどうやら勝手に動いている様子ですわ……」
「フム……」
議員が落ち着いているのは、この事態を予測していたから、であって、元々の彼は、激昂し易い性格の人物である。
「連邦軍本部への報告も、事後と言うことか。舐められたものだ」
「如何なさいます?」
「フム。ホンコンの連中はどうしてる?」
ホンコン、とは、同時に『ホンコン・マハ』、つまりは、不法居住者狩り専門の部隊も指す。この場合は、正に、それである。
「今のところは目立った動きはありません」
「それも直きに動くだろうがな。まあ、いい。『我々の同志のガルダ』は近くにいるのか?」
彼女は、良く彼の性格を知っているのだろう。その質問は予期していた様子だった。
「はい。『メロゥド2』がシベリア方面から進入予定です」
「連中の装備は?」
「ZPlusA1の旧型が一機、GMIV四機、シャクルズ六台です」
「……如何にも貧弱だな……。まあいい。連中にスタンバらせておけ。何もしないよりはマシと言う物だ」
「ええ、全く、その通りだと思います」
「……シーツリーな、上手く逃げられるかな?」
議員は秘書への指示が終わると、くだけた調子になって言った。
「どうでしょう? あの方は運の強い方ですから」
「噂では、な。何でもソーラーシステムのビームの直撃を浴びた事があるらしい」
「まさか?」
「噂、だよ。あのビームの直撃に耐えるモビルスーツなど、連邦の記録にはないからな?」
「抹消された計画の中には、そう言った試作モビルスーツがあるかも知れません」
「それが確認できないから、噂の範疇を出ないのだよ」
「ご本人がそれを?」
「まさか。シーツリーが自己宣伝をする男に見えるか?」
その言葉に秘書は、肩を竦めて見せた。
「だから、そう言うことだ。あの男の横の繋がりは無視できない範囲に散らばっている。その気になれば地域反乱など容易いだろうに」
「あの方も、貴方と同じで大義が欲しいのでしょう」
「大義、ねぇ……私の行動は、卑小な、個人的動機……復讐に過ぎないのだぞ?」
「いえ、大衆は、貴方の個人的動機に、グローバルな価値を見出しているのです。ですから、貴方が思う程、その動機は個人的な物ではありません」
「……女房よりも厳しい事を言う……」
議員は苦笑した。
「それはそうです。この計画は壮大なる無駄なのかも知れませんから。それでも連邦に一矢報いたい方達が集まって、貴方に賛同の意を表しているのです……」
言い過ぎたか? と秘書は少しだけ議員から目を逸らす。議員は、続けてよい、と目で合図する。
「……僭越ながら、貴方は既に組織の長です。動機が個人的であろうが何であろうが、長としての自覚を持って頂きたいのです」
秘書は毅然と言った。この歯切れの良さ、明瞭さこそ、彼女が秘書に抜擢された要因なのだが、そう言えば、以前にも、こんな事を誰かに言った事があるな、と彼女は内心、苦笑していた。
「自覚、ね。フン、私にそんな甲斐性があるのかな?」
議員は自嘲する。女房を宇宙(そら)に逃がしてまで、戦いを望む男の何処に?
「ありますわ。尤も、魅力的な異性を囲う、なんて方面には活用されないようですが」
「ン……? 誘った方が良かったのか?」
「まさか。奥様は私よりも数段、勘の鋭いお方ですから。夫の不義など玄関の敷居を跨いだ瞬間に察知されてしまいますわ?」
「女房はニュータイプだからな?」
「ニュータイプ……最早、死語ですわね?」
秘書は遠い目をして言った。
「それが……どうした?」
「いえ、私たちの組織には、人気者がいないな、と」
「例えばジオンの赤い彗星、エゥーゴのカミーユ・ビダンのような、か?」
秘書は一瞬顔を曇らせたあと、頷く。
「実務部隊をまとめる人物はシーツリー様、一人がいれば良いでしょう。ですが、あの方は実務的過ぎて、ヒーロー的存在とは呼べません」
「ヒーローに値するもの……つまり大衆に分かり易い言葉を使うと、『ニュータイプの誰それ』と呼べる人物がいないと言うのか……」
成る程な、と議員は頷き、言葉を繋げる。
「私が思うに、だよ、もし、私たちの蜂起が正しければ、天は私たちにヒーローを授けてくれるんじゃないか、と思うんだよ。だから、もし、ヒーローが現れなかったら、私たちの行動は天に見放されている……とね」
秘書は微笑み、
「そうですわね。なら、きっと、ヒーローは現れますよ」
「シャアの様な?」
「……そろそろ委員会が始まりますわ?」
その問いに秘書は答えず、議員の仕度を促した。
「ン……わかっている」
おかしな話だが、議員は、この、若くはないが魅力的な秘書と寝る機会など、星の数ほどあった筈だった。勿論、妻への忠誠が邪魔をした事もあるのだが、何より、秘書はシャアの魂を追っている女だったのだ。一途な思いを邪魔したくはないし、一旦、彼女を支えてしまったら、浮気では済まされない事態に陥るだろう。それをお互いに認識しているからこそ、今の関係が持続している。それだけの話だ。
「では、行くか。厄介で面倒で紛糾する委員会に」
「あら、表の顔の繕いは大切なお仕事ですわ?」
そうだったな、と議員は細い目を更に細めて笑い、スーツのジャケットを羽織り、ドアに向かって歩き出した。
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