機動戦士フェニックス・ガンダム

作:FUJI7

17 追撃部隊

 テス・ティは苛立っていた。
「残留ミノフスキー粒子の濃度をチェックすればわかる! 何度言えばわかるのだ!」
 索敵中のオペレーターを怒鳴り散らす。それもこれも、ナナが帰還せず、フェニックスを二機とも持ち去ったままだから、だ。フェニックス2号機を運搬したシャクルズは鉄屑となって発見されている。ナナの謀反は明らかだった。
 追撃部隊は、先の戦闘の残存部隊が主力になって、ガルダに搭乗している。そのままカラバの部隊を追っても良かったのだが、混乱した戦場の後始末……主に機体の回収……に手間取ったのと、ナナ、ジャン(エイト)の動向が読めずに沈静化を待った事で、遅れを取っていた。
 強化人間を一人作るには、莫大な費用と、膨大な時間が必要だ。そして、経験豊かなスタッフが、細心の注意で作り上げる、『生体の芸術品』なのだ。
 それは連邦軍の重要な戦力であり、良い宣伝材料だ。それが二人とも失踪している。明らかにテスの管理ミスである。
 だから、ミスを上層部に知られる前に手を打っておきたい。それが傷を小さくする、唯一の手段だった。
<ナナめ…………>
 憎らしい程若く、美しい強化人間。自分には無い物を幾つも持っている。エイトとの繋がりもそう、肉体もそう。単純に、それは嫉妬であり、恋敵の対象と言えた。
<捕まえたら、今度は私に逆らえないように改造してやる!>
 その想像は加虐的で、楽しいものだ。テスの気性を表している。しかし、相手は試作機とは言え、フェニックスである。無傷でナナを回収できる可能性は極めて低い。
「残留濃度が高くなりました。帯状に……トレースを開始します!」
 発見した! とブリッジの緊張が高まる。眼下は森である。モビル・スーツが隠れる場所など幾らでもあろう。
「そのままトレースを続けろ。私はモビル・スーツ・デッキへ行く。詳細はそこへ」
 言いざま、テスはブリッジを後にした。この手でナナを捕らえて……いや、撃墜する為に。
「八つ裂きにしてやる」
 デッキへ降りると、修理中のZPlusF型が目に入る。先程まで、ジャンが乗っていた機体だ。細かい傷が装甲に付いていたが、機動に問題はなさそうだった。サイコミュも、元々テス用に調整されたものだったから、シンクロに異状もない。
 だが、所詮はZPlusである。空中を自在に動けるフェニックスの敵ではない。その意味では、ガルボ・エグゼをカラバの手に渡してしまったのは失策だった。しかも、カラバはしっかりと、戦力として活用している。相当の腕のパイロットがいる、と判断できる。
「パイロット?」
 テスの記憶がリンクする。そうか、パイロットか。それはあの、シーツリーなる男に違いない。今の連邦軍で、歴戦の強者と言えるパイロットはそれほど多くない。
「あの男か!」
 そうだ、あの男だ。かつて、ペガサス級七番艦、『アルビオン』のクルーだった男。デラーズ紛争の後、何かの罪状で軍刑務所に入っていたようだが、その後の詳細は不明であった。UC0087年の、いわゆる『グリプス戦役』では、カラバ、エゥーゴのパイロットとして活躍をしていた筈だ。
「軍籍を抜けたとか言っていた筈だが…………?」
 そして、シーツリーと名前を変え、再び連邦内部に入り込んだのだろう。何の目的で? それは言わずもがな、である。新カラバのメンバーとして、連邦政府に打撃を与えようとしている。
 だが、それがシーツリー個人の判断に依るものなのか、は定かではない。いや、恐らくは背後にもっと大物がいるのだろう。それでなければ、偽名を使って軍籍を獲得し、組織の基盤作りをさせていた事の、説明が付かない。
「…………………」
 テスは暫し思案する。勿論、この推察は上官に報告すべきだろう。しかし、カードとして持っておいても良かろう、と判断する。それでなくても、ナナ、エイトの回収は困難で、それ以前の失策の責任を取らされる恐れがあるのだ。手持ちの札が多いことに越したことはない。
 テスは横目にF型を見ながら、更衣室へと向かう。自分も出撃するつもりなのだ。残っているZPlusのパイロットが優秀なのは承知していたが、その中でも、自分が一番操縦が上手い、との自負が決意させた事である。
 パイロットスーツに着替えると、出撃予定のパイロットに召集を掛ける。ブリーフィング・ルームへ集合せよ、とのアナウンスが機内に響く。
 その間も残存ミノフスキー粒子のトレースが、方向性を持っていること、確実に追尾中である事の報告が入る。
 ブリーフィング・ルームにパイロット達が集まると、テスは彼らを一瞥する。ZPlusA型のパイロットが二名、GMVが三名。それに自分の、合計六人。フェニックス二機に対しては少なすぎる、と言って良い。
「さて………」
 テスは溜息を付くように言葉を切り出した。
「知っての通り、我々の任務は試作モビルスーツ『フェニックス』二機と、強化人間二名の奪還である。これらは可能な限り無傷で手に入れたい。だが……」
 言葉を切る。テスの言いたい事は、そこにいるパイロットの全員がわかっている事った。
「脱走した強化人間二名は、我々の制御下から離れている。従って、攻撃を受ける事は想像に難くない。その場合、交戦もやむを得ないと判断する」
「しかし、中佐?」
 ZPlusのパイロットの一人が声を上げる。彼は先程、ジャンとの戦いで、難を逃れたパイロットだった。
「何だ、言ってみろ」
 テスが語調を変えずに発言を許可する。
「ミノフスキークラフト機に対して、ビーム兵器は効果が薄いように思いますが?」
 テスはそれを聞き、ニヤリ、と微笑む。
「そうだ。大気圏中では長距離ビーム砲は特に、フェニックスに対しては有効に作用しないだろう。そこで、だ」
 パイロット達の視線がテスに集まる。
「デッキクルーには伝えてあるが、ZPlusの両機は、固定武装の他は実体弾を装備する。バズーカも単体ではなく、サンドバレルなどの、散弾を主兵装とする。僅かでもフェニックスを被弾させ、機動力を落とし、捕獲を容易にする。武装に関してはGMも同様だ。シャクルズには余分の予備弾薬を搭載し、長距離からの散弾攻撃を。決して接近戦には入らぬように」
「我々は接近戦、と言うことですか?」
 先のパイロットが訊く。
「そうだ。が、機動力が落ちるまでは中距離、としておこう。目標を中心に旋回し、決して射程に入らぬように。やれるな?」
「ハッ」
 全員が敬礼をし、了解を示す。しかし、無骨な彼らを見て、テスは少しばかり嫌気が差す。
<コンマがいれば…………>
 とも思う。報告に依れば、未だ彼は行方不明だと聞く。だが、有りもしない戦力をアテに出来るほど、テスは夢想家ではない。
《残留濃度が急激に濃くなりました! 当機体周囲の四〇キロの範囲にいると推測されます!》
 ブリッジからの報告は、緊急を要するものだった。
「よし、全員出撃。フォーメーションは私を中心にしたダイヤモンド。GMは後方。よいな?」
「はっ!」
 パイロット達が駆け出し、テスはブリッジへ指示を出す。
「第一種戦闘配備。砲座も準備させているな?」
《はい! 問題ありません》
「よし。機長に後は任せる、と伝えておけ」
《ハッ!》
 通信を切ると、テスは愛機へと歩いていく。
 既に修理は完了している様子だ。
「電気系統、駆動系のチェックもOKです。後は………」
 作業員が声を掛け、そして言い澱む。
「わかっている。実際に動かしてチェックしてみる」
 テスは言い切り、クレーンを使ってコックピットへと昇る。
 全てのスイッチはONになっている。サイコミュ連動用のヘルメットを被り、センサーに異常がないかどうかのチェック。
「ふむ……」
 感触を確かめる。多少の違和感がある?
「エイトのサイコミュ・ログを使っているのか?」
 機器のチェックをしている整備兵に訊く。
「いえ、記録はされていましが、削除しました。何か問題がありますか?」
「いや。大丈夫だ」
 テスはぶっきらぼうに言う。整備兵はホッとしてチェックを急ぐ。OKのようだ。
「閉めるぞ」
 言い切る前からテスはコックピットハッチを閉めてしまう。急いているのかも知れない。
「A1の両機は先に出ろ。GMは私の後だ」
《了解!》
 そう言われるだろうと推察していたのだろう、ZPlusの二機は人型モードのまま、既に後部ハッチの出口で待機していて、落下するように発進していった。
「ふむ。出るぞ。GMは遅れるな!」
 傲岸に言い、テスもガルダから落下していく。
 自由落下。
<変形だ!>
 機体操作デヴァイスをサイコミュに変更し、念じる。
 ムーバブルフレームが剥きだしになり、シールドが被さる。脚部が収縮し、バーニアが後ろ方向へ集中する。
 他の二機は既に変形を完了している。後続のGMも発艦している。
「行くぞ!」
 テスは吼えた。

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