機動戦士フェニックス・ガンダム
作:FUJI7
21 コード対ジャン
「…………………」
出血は、思ったよりも軽いようだった。だが、内蔵から出血があるかも知れない。
ジャンは、ナナの傷ついた身体を見下ろしながら、その意識に呼び掛けた。
<大丈夫? 大丈夫? 痛くない?>
その度に、ナナも、ジャンの意識に呼び掛ける。
<うん。……うん……>
大丈夫だ、とは言っているのだが、一刻も早く医者に診せるべきだ、と思った。折角助かった命。それも危うい。
「!」
<!>
二人は、同時にハッとなった。何かが、『来る』のだ。
「ヤツか!?」
目の前にいる傷ついたナナ。その哀れな姿は、ジャンに、『私を護って』と訴え掛ける。そう、誰であろうと、ナナを護らなければならない。これは……『正規のプログラム』である。
ジャンは、テスが戻ってきたのだろうか、と考えた。波状攻撃? いや、テスは智将ではない。勢いを見極めて、突破させる事が多い指揮官だ。第二次攻撃隊を組織するよりも、単一の戦場での効果を狙って、戦力を集中させる……。局地戦闘の多くなった、現在の連邦軍に多いタイプの指揮官だ。大規模作戦が少なくなった時世では、そうなって当たり前なのである。
ジャンがそこまで論理的に考えていた訳ではない。だが、テスである可能性は低い、と見ていた。
<では、誰?>
ジャンの自問に、ナナの意識が呼び掛ける。
<カラバ……だ>
「カラバ?」
<私を護って>
カラバ、という単語を聞いた途端、ジャンは何故か、それと戦ってはいけない、と直感していた。ジャンの意識に組み込まれた意識プログラミングは、勿論、正規の物が発動しかかっていたが、完璧なものではない。
しかし、ナナの訴え掛け……指示、と言い換えても良いだろう……には、逆らえないのだ。
<私を護って。あなたは、私を護るために戦うの>
再び、ナナの意識。ジャンは立ち上がった。カラバだとかなんだとか、は、関係ないのだ。ナナは、ただ、ジャンを独占出来ればいい。ジャンには、そこまで伝わらなかったが、護る、という動機付けをされたことには変わりない。
金色のフェニックスに駆け出し、コックピットに収まる。
「護るんだ」
そう呟いたとき、ジャンのもう一つの意識が、『何を?』と、問い掛けた。一瞬、ジャンは混乱する。
「ええぃ!」
ジャンの混乱は、そのままフェニックスの混乱である。首を振って、雑念を追い払い、サイコミュ・ヘッドを被る。エンジンはアイドリングの状態だったので、すぐに起動した。
この場でフェニックスに浮力を掛けると、ナナに被害が及ぶ。数回、小ジャンプを繰り返し、ナナから離れると、そこで浮力を掛けた。
<上昇だ!>
金色のフェニックスは、沈み掛けた太陽に反射して、オレンジに見えた。
「いた!」
その、オレンジに染まった機体は、コードとシーツリーにも見えた。
「散開するぞ!」
コードは旋回を始める。シーツリーも、反対方向へ旋回を。阿吽の呼吸である。
しかし……見ればみるだけ異様なモビルスーツだ、と思った。
羽根が生えている。連邦の技術屋も、洒落がわかるじゃないか、と。
「アレが、ジャンなのか?」
熱源センサーを見る。と、ハッキリ光点が現れる。高出力のジェネレーターを持っているのだろう。
「!」
オレンジ色は、旋回するコード機に向かって、ビームを放った。
「くっ!」
辛うじて回避。しかし、第二撃はない。
「?」
一撃目を撃った。だが、牽制である。ジャンは、飛来した二機のモビルスーツの敵意の無さが気になったのだ。
飛来したモビルスーツは、見たことがあった。確か、『三角形』である。
「さんかくけい?」
正式名称は何だったか。急いでコンソールを探り、機種表示をさせる。
「RGM98GX……ガルボ・エグゼ……」
しかし、さんかくけい、とは? 誰が言った言葉だったか?
<呼び掛けてみるか?>
コードは一瞬の逡巡のあと、あらゆる通信レンジを解放させた。
「俺だ! コードだ! 聞こえるか! ジャン!」
《俺だ! コードだ! 聞こえるか! ジャン!》
「!」
オールレンジから聞こえる声! 酷く懐かしい……。それに、ナナよりも、強制力が弱い筈なのに、この声には、無条件に惹かれる……。
<何故?>
ジャンは考えた。記憶が混乱している。ナナの影響下に置かれたジャンは、逃亡中の記憶が薄くなりつつあったのだ。それを再び引き戻す。
「お、じ、さ、ん」
シニカルな顔が浮かんだ! が!
《エイト! そいつは敵だ!》
ナナの思惟だ!
「あっ、えっ?」
ジャンの混乱に拍車を掛ける。攻撃して良いのか、悪いのか。
《私を護って!》
弱々しいナナの意識が呼び掛ける。そうだ、自分は、彼女を護らなければならない。正規のプログラムが発動する。
「ふんっ!」
フェニックスは、翼を広げた。
「ちっ!」
翼を広げたフェニックスの姿は、二人を驚愕させた。高機動モードだろう、と推測された。ジャンが、本格的な攻撃を仕掛けるつもりなのだ、と。
「ジャン! テメエ!」
コードは悪態をつき、ジグザグに回避運動を取る。
《呼び掛けて下さ…》
有線で繋いでいたシーツリーとの回線が切れる。そんな事は言われなくてもわかっている! とコードは思いながら、
「ジャン! ジャン! ネエ様が泣いてるぞ!」
と、叫び続けた。
《ネエ様が泣いてるぞ!》
ネエ様?? 誰だ、それは? あそこで寝ている人? いや、どうも違うらしい。
《エイト!》
ナナの思惟は、余計な事を考えるな、と言っている。
「あああああぁぁ?」
叫びながら、ジャンはビームガンを乱射した。次いで、高機動モードのまま、ガルボ・エグゼに近づく。不自然に掛かる加速で、ジャンの顔が歪む。
「くっ!」
シーツリーは、フェニックスの……錯乱、と言って良い状況をみて、コードの説得だけでは弱い、と感じ、信号弾を撃った。
大気中で、こうも自由に、しかも高速に動けるものなのか。
コードは、一瞬のうちに目前に迫るフェニックスに、恐怖を感じた。
「ジャン!」
言いながら、落下コースへ。加速で勝てるとは思えない。白兵戦になるかもしれない、と考えて、変形のタイミングを作ろうとする。が、フェニックスは迫る。
「シーツリー!」
と、叫んだところで、件の信号弾が光る。
フェニックスは、そちらに気を取られたのか、スピードを緩める。
<今だ!>
コードは、ガルボ・エグゼに変形を命じた。今まで機体を覆っていた『三角形』のバインダーが背中へ。実際、モビルスーツとしては余り白兵戦向きではない。GMIVを、如何に改造出来るか、が趣旨なのだから。
変形が終わったタイミングで、コードはビームサーベルを持たせた。
「ジャン! テメエ、俺に刃向かうのかよぉ!」
「えっ?」
ビームガンを撃とうとしたジャンだったが、たしなめるような声が聞こえて、咄嗟にサーベルモードに切り替えた。
バチバチバチバチ!
サーベル同士が接触し、束ねられていたエネルギーが解放される。
「くっ!」
その衝撃は、かなりのものだ。反発し、機体は離れる。
ジャンは、迷う。この機体に乗っている人は、知っている人。しかも、戦ってはいけない人。
《エイト! 戦うのよ! 護って!》
迷う。そこへ、違う声が聞こえた。
《ジャン! わたし! わたしよ!》
「!」
通信に割り込む、この声は………………。
サーベルの衝撃で離れたコードは、やっと、この声を聞き、安堵すると共に、フェニックスの反応を窺った。
「上手くいったのか………?」
《私よ。戦わないで! コードおじさんなのよ! ダメよ! コードおじさんは、いい人なのよ!》
《いい人なのよ!》
ああ……。やっと、混乱が消えた。マインドコントロールの呪縛から逃れたい、と考えての脱走。そこでの心地よい暮らし。コードおじさん。メリィ。メリィ……。
姉と同様であり、彼女への思慕は、ジャンの初恋、と言ってよかった。胸がドキドキする女性。
《エイト!》
ナナの声も頭に伝わる。が、コードの息遣いと、メリィの声を聞いた今、『強化人間の呪縛から逃れたい』とするジャンの思念が、ナナを受け付けない。
《邪魔をしないで! エイトは私のものなのよ! どうして? あの女は何なの! お姉ちゃん、許さないから! 許さない! エイト! 戦うのよ!》
ヒステリックな思念は、ジャンにとって、耳障りなものだった。それはメリィに向けられたものだったが、彼女は、ガルダにいて、GMによって中継された通信を発していたに過ぎなかったのだから、伝わる筈はない。シーツリーが言っていた、『手筈通り』は、この通信中継の事を指していたのだ。
嫉妬の情念が、ジャンに嫌悪の気持ちをナナに向けさせる。そして、それは素直にナナに伝わる。
《どうして、どうして……?》
落胆が伝播するが、ジャンには何もしてやれない。ナナの声は、懐かしい二人の声を聞いた今、強化人間、というテーゼに反発するものの象徴でしかない。
やがて、ナナの思念が鳴き声に変わる頃、金色のフェニックスはゆっくりと、太陽が沈んだ大地へと着陸した。その金色は、泣いたような蒼に染まったまま………。
其の参 終わり
其の四 予告
更迭は免れないと悟ったテスは、最後の強権を使い、ニュータイプ研究所から、新たな強化人間を受領する。そこで判明するジャンの出生の秘密。
一方のジャンは、カラバの首領と出会うことになる……。ナナとメリィの間で未だ揺れる少年の心。その瞳には、何が映るのか!?
次回、機動戦士フェニックスガンダム『其の四』ミテクダサイ!
※本コンテンツは作者個人の私的な二次創作物であり、原著作者のいかなる著作物とも無関係です。