機動戦士ガンダムΖΖ外伝三部作
作:銭湯犬
遭遇戦 〜 U.C.0088/02/24 Okhotsk
セイは、ドダイ改に愛機のGMIIを搭乗させ、戦闘哨戒飛行中だった。
本来は2機一組で行うべき任務だったが、その原則を破らざるを得ないほどに、部隊の戦力低下は極みに達していた。
オホーツクの沿岸は、流氷に覆われていた。冬期迷彩で白く塗られたGMとドダイは、上空からはほとんど視認できないはずだ。
「哨戒飛行を、こそこそ隠れて行わなければいけないなんてね」
セイは、誰に言うでもなくそう呟いた。ドダイは、無人で運行している。
敵、だ。
今、この地域で飛んでいるのは、自分以外には敵しかない。
ひとり。
孤独だ。
敵も1機。慎重に周囲を走査したが、たしかに1機だった。
セイはリアクターを待機状態から戦闘モードに立ち上げた。自機の赤外放射量が跳ね上がり、増加したノイズの中に、一瞬だけ敵の姿を見失う。
敵は地球連邦地上軍東アジア方面軍第53師団。ティターンズだ。
セイの属する海軍航空隊は、もともとティターンズの影響が薄く、当初連邦軍の内戦には与しなかった。しかし、時局はそうした姿勢を許す状況にはなかった。政治的に中立を保とうとした海軍は、ジャミトフ・ハイマンから「日和見主義」として糾弾された。
指揮系統の独立を至上の目的として考えた上層部には、現状の維持を願う保守派と組むしか選択肢はなかった。つまり、地球の既得権益を脅かすティターンズの暴走を押さえるために、エゥーゴ=カラバ・ラインという、反地球連邦運動と手を組む羽目になったのである。
それは、議会工作によって連邦軍の指揮権を手に入れたティターンズに対する、海軍のカウンター・クーデターと言えた。しかし結局は、正義は戦争に勝った側に輝く。負けなければいいのだ。
敵は、一度すれ違うまで戦闘行動に出なかった。
元戦友への配慮というわけだった。
一騎打ち。第一次世界大戦以来、絶えて久しい飛行機乗りの伝統が、馬鹿馬鹿しい内戦の中で復活していた。
「アンノウンを目視で確認、下駄履きのマラサイ1機。53Dのものと思われる。これより交戦に入る」
レコーダーにそれだけ吹き込む。
爆装していた敵が、装備を海に投棄して重量を軽くしているのが見えた。
二機のMSは、上昇旋回しながら、もう一度だけすれ違った。
セイは、敵の右肩にマウントされたシールドに描かれたエンブレムを見た。
(サンドイエローにハートのジャック? ……まさか……)
思うと同時に、共用回線に、割り込みがかかった。
「バレルロールのふらつきが直ってないな。君の悪い癖だ」
「ミッシェル!? フォックス大尉!?」
ミッシェル・ホーキング・フォックスは、セイがまだティターンズにいた頃の上官であり、はじめての男でもあった。有能な軍人であり、優秀なパイロットだった。若い女が、惚れるのも不思議のない。
自分のことなのに、まるで他人のことのようなのが不思議だった。
(眠れない夜もあったのにね……)。
セイの心の防衛機制は、思い出したくない過去の記憶をブロックした。
「なんで、今頃!」
「私は軍人だ!」
マラサイのビーム・ライフルが、殺意と共に放たれた。決闘の始まりだった。
「それがあなたの勝手さなのよっ!」
セイは、叫んでいた。
必ずしも遵守されているわけではなかったが、部下と愛人関係になることは、軍の内規によって厳しく禁止されていた。刃傷沙汰を防ぐための処置だ。そして内規違反の露呈は、
将校としての未来の途絶を意味した。
少壮の青年将校、ミッシェル・フォックス中尉は、女よりも自分の未来を選んだ。
そしてセイ・カヌマ少尉は、無断欠勤による勤務評定の低下により、ティターンズを逐われ海軍に転出した。
パワーの無い下駄履き機の空戦は、勢い、古典的な巴戦になる。むかし、巴戦でのクレイの実力は、常にセイを上回っていた。
セイは次第に追いつめられ、高度を落としていった。
勝てる気がしない。
(殺されるのかな、あの男に……)
そう思った瞬間、セイは猛烈に怒りを感じた。
「冗談じゃないっ!」
弄ばれて捨てられたあげく、何の大義もないような馬鹿馬鹿しい戦争で、アザラシを観客に大時代的な決闘ショウを演じたあげくに殺される!?
自分でも、被害妄想的な感覚だとはわかっていたが、納得できないことは理屈を並べても納得できない。
″いきることは、捨てること……″
セイは、クレイに捨てられた直後の、昔の自分が語りかけてくるのを聞いた。
「そう、私はあなたを、そして自分を、捨てる!」
セイは、自機の姿勢急上昇角に入れ、失速させた。クレイをオーバーシュートさせようとしたのだ。
しかし、クレイはそれを見越していた。マラサイはビームライフルを背後に向けて連射した。極低速で失速している状態では、避けようがなかった。
「しまった!?」
セイのGMは、バックパックと動力系統の一部をRX-178のものと同等品に換装したPAC3だったが、マラサイとでは、リアクターの出力が違いすぎた。ビーム兵器による攻撃の威力を和らげる、場の力が弱すぎるのだ。
ドダイを背面から貫いたメガ粒子の束は、そのままGMの左足をずたずたにし、左腕を肩から脱落させた。
横転して墜落を始めたGMの顔面に、何故かマラサイがいた。
近接防御用のバルカンが、数十発の徹甲弾をばらまいた。
クレイのマラサイは、地球で製造された品質の低い装甲を使用していたが、直撃に良く堪えた。
しかし、炭素繊維でつくられたベース・ジャバーの薄い翼は、10mmのタングステン弾芯にたくさんの破孔を空けられ、瞬間的に弾け飛んだ。
そして安定を失った機体から、クレイのMSが投げ出された。
2機の機影が交錯し、一瞬の共感があった。しかし、それは不快なものだった。不本意な性交の後の後悔に似ていた。
″俺が! そんなに役立たずかっ!″
″なのよっ!!″
ビーム・ライフルのトリガーを押し込むセイの指に、過剰な力が掛かった。
貴重なパーツを奪い合うジャンク屋たちに、マラサイの機体は半ばバラされていた。その姿は、屍肉に群がるハイエナの群を連想させた。
ハイエナ達は、セイの右手に下げられた大型拳銃を見ても、表情一つ変えずに作業を続けた。
クレイの死体は、何枚かのゴミ袋に包まれて横たえられていた。それは、死者に対する彼らの最大限の敬意と言えた。ゴミ漁りが、彼らの生きる糧なのだ。
その隙間には、はやくもびっしりと蠅がたかっていた。
「なんであんなもの、見せたの……」
セイは死体に話しかけた。
クレイのマラサイが、海岸に激突した瞬間に、見えた光景。
あり得たかも知れない2人の未来。クレイの愛。中絶した子供の笑顔。
クレイは、私を墜落から救おうとしていた?
「好きだったのよ、本当に」
セイは、死してなお端正なクレイの顔に、発砲した。
過去が砕け散る音が、いつまでもセイの耳に残った。
※本コンテンツは作者個人の私的な二次創作物であり、原著作者のいかなる著作物とも無関係です。