若き鷹の羽ばたき
作:澄川 櫂
6.邂逅(2)
「間違いなく、一隻なんだな?」
「ムサイ級です。警戒ラインぎりぎりの宙域を、本艦の進路を横切るように移動しています。付近に他の艦影はなし」
「サスカトゥーンからも同様の報告が入っています」
「目標に光! 総数四、高速で接近中!」
通信士の報告に被せるように、ルース軍曹の声が響く。
「モビルスーツか。迎撃は?」
「A、C小隊、上がりました。B小隊も間もなく」
『A小隊、前へ出る。B、C小隊は艦隊を守れ』
ガーランドが命じるより早く、同じ内容の指示がパウエル中尉の声で無線を伝った。中尉の機体を筆頭に、A小隊の三機が弾かれたように加速をかける。入れ替わりに視界に上るB小隊各機の後ろ姿を見やったガーランドは、艦長席備え付けのインターカムを取った。
「各銃座、迎撃用意。機雷散布の恐れもある。警戒を厳にせよ」
「艦隊、ジグザグ回避運動に入ります」
「任せる」
操舵士のサリバン中尉に短く応えつつ、回線を主砲を預かる後部砲術指揮所へと切り替える。
「ステファン中尉」
『はっ、いつでも撃てるようにしておきます』
「恐らく対艦戦にはならんだろうが、敵艦が射程に入った場合の砲撃判断は、君に一任する」
『了解しました。回避運動と同期取ります』
「頼む」
インターカムを置く手に、振動が小刻みに伝わってくる。それはヨークトンが変針を繰り返していることの証。「さて」と膝の上で手を組むガーランドは、前方で小さな光が瞬くのを認めた。
『スカート付き四。先頭の一機は新型』
敵の先制を難なく避けつつ、さらに前に出るデュラン機が報告する。ライフルを一射する曹長の声は冷静そのものに思えた。だが——。
『この機体は……!』
「どうした?」
続く言葉に滲む動揺の響きを聞き取ったパウエルが、すかさず尋ねる。しかし、曹長はその問いに答えなかった。
『モニカ、見えるか』
『間違いない、あいつよ』
デュラン機に続いてキヤノン砲を放つ、ガンキヤノンのコーレン軍曹が応じる。そのやりとりから、先代の第117モビルスーツ中隊を壊滅させた相手と判断したパウエルは、二手に分かれる敵機のうち、グレーの新型リックドムが率いる一隊に仕掛けるべく、自機を加速させた。彼の挙動に合わせ、デュラン機、コーレン機がすぐさま連携を取り始める。
(いいな)
そんな二人の反応に、つかの間満足したパウエルは、グレーの機体を一気に目指した。コーレン機の牽制砲火に踊る目標めがけ、マシンガンをセミオートで叩き込む。同時にサーベルを抜き、敵機の逃れる方位へ再加速。
随伴するリックドムは、デュラン機が完全に押さえ込んでいる。二対一なら——。
『隊長!』
「なにっ!?」
緊迫したコーレン軍曹の声と共に、けたたましい警戒音がコクピットに鳴り響いた。咄嗟に反転する鼻先を、ジャイアントバズの巨弾がかすめ飛ぶ。バーズカを放つリックドムの横合いから抜け出るもう一機が、サーベルを下段に構えて彼に迫る。
(別動隊……?)
予期せぬ攻撃に、一瞬、嫌な予感が脳裏をよぎる。が、二機のドムが飛び込んできた方位を知って、パウエルは即座にその考えを振り払うのだった。
「いや、片割れか!」
先に二手に分かれたにも関わらず、彼らは艦隊を目指さなかったのだ。グレーに彩られた指揮官機を向かわせる。それが彼らの目的なのだろう。恐らく。
後続機の放った砲弾がシールドを粉砕するのに構わず、ヒートサーベルの一撃をビームサーベルで受け流す。頭部バルカンを見舞いつつ、後続に備えるパウエル。それがコーレン機に牽制されるさまをちらりと見やって、当初の目標の姿を探すが、
「しまった!」
グレーのドムはラインを越えてしまっていた。再び切りかかってくるドムと鍔迫り合いを演じる間に、コーレン機の牽制を振り切ったもう一機がすり抜ける。
「ちぃっ!」
さすがに焦りを覚えるパウエルだが、直後に別方向から射し込む爆発の光は、彼に利するものだった。索敵モニターより敵機の反応が一つ消える。浮き足立つドムの片腕を落として振り向くと、加速するデュラン機の姿が見えた。シールドを三分の一ほど失った以外に、目立った損傷はないようだ。
「曹長!」
『追います!』
間髪入れずに返る曹長の声が、ヘルメット内で遠ざかる——。
『二機、抜けてきます!』
ノイズ混じりに届いたルース軍曹の声に、ミハイルは反射的に機を前へ出していた。やや遅れて前進するリー機から通信が入る。
『艦の防衛が最優先だ。いいな、ミハイル』
「りょ、了解」
知らぬ間に目一杯踏み込んでいたペダルを戻して、リー機と速度を合わせる。後続のヤン機と散開するボール小隊を見やりつつ、グリップを握り直す。グローブの中の手が僅かに汗ばんでいるのに気付き、ミハイルは思わず舌打ちした。
(始める前から……)
拭えないもどかしさを振り払うように頭を振ると、正面に視線を戻す。接近する二つの光点を視認。センサーもそれが間違いなく敵機であることを示している。
後方のボールが砲撃を開始。炸裂する砲弾をかいくぐる光跡の、先頭に浮かび上がるシルエットに狙いを定める。と、その挙動に気付いたのか、前を行くグレーのドムタイプが、グリーンの一つ眼を彼に向けた。
「ここで足を止める!」
気圧されぬよう、声を張り上げるミハイル。だが、グレーのドムの瞳は、彼の存在など歯牙にもかけていないのであった。
「やはり、あの時の艦か」
ヨークトンの姿を認めたバーンシュタインは、グレーのドム——リックドムⅡのコクピットで快哉を叫んだ。一度逃した獲物と再び巡り会えるとは。半ば予期していたこととは言え、実際にこうして目にしてみると、喜びを通り越して痛快ですらある。
バーンシュタインはそこで初めて、周囲に目を配った。割に動きの良いのが二機。少し離れてバズーカを構えるのが一機。うるさい玉野郎は放っておけばいい。
「あそこが穴!」
バズーカ装備のジムに目を付けるや、バーンシュタインは一気に加速した。複雑な挙動で前衛の新型ジムを翻弄しつつ、目標との距離を一気に詰める。
「速えぇぇっ!」
ヤンが夢中でバズーカを放つが、ツヴァイには掠りもしない。やがて交錯する二機のモビルスーツ。
バーンシュタインにその気があれば、ヤンは間違いなく撃墜されていただろう。だが、彼の狙いはあくまでも艦艇にある。強烈なショルダーを見舞ったツヴァイは、ジムを突き飛ばす勢いそのまま、真っ直ぐにヨークトンを目指した。
逃した獲物は大きいと言う。強行偵察のつもりだったが、再び巡り会った上物に、バーンシュタインの戦意は否応なく掻き立てられた。見慣れぬ形状のサラミス級は、モビルスーツの運用に特化した改装がなされていると見受けられる。その手の艦艇は、連邦ではまだ少数派のはずだ。
隙あらば敵の勢力を削ぐというのは、軍人の鉄則である。その上で質の高い戦果が狙えるのであれば、見逃す理由はどこにもない。
「我らが糧になってもらうぞ」
ジャイアント・バズを握り直して加速するツヴァイ。その行く手を阻むものは、もはやないかに思えた。
だが、
「何っ!?」
唐突に鳴り響く警戒音。咄嗟に機を右へ流したバーンシュタインは、至近を貫くビームに顔をしかめた。続けざまに迫る光弾を回避しつつ、その根元を探る。
「……当たらないっ!」
不規則な機動を見せるグレーのドムに、トリガーを押すミハイルは苛立った。せっかく回り込んだというのに、手傷を負わせることすらできないとは。
ミハイルがヤン機を援護するのではなく、その背後に回ることを選んだのは、艦を守るという使命を愚直に果たそうとしたからに過ぎなかった。目標に固執するあまり、ヤン機の存在を半ば忘れたのだが、今回ばかりはそれが幸いしたと言える。もっとも、ここで撃退できないことには意味がない。
ビーム残量僅かの警告に舌打ちするミハイル。撃たされすぎだ。己の迂闊さを罵るが、それで事態が好転するはずもない。思案する間もなく機を加速する。
敵機に接近しつつ、撃てるだけ撃ってビームガンを放り投げるジム。すかさず右手を腰にやり、ビームサーベルを抜き払う。左手にしたシールドを軽くかざし、バズーカの一撃をいなして間合いを計る。
「ほう」
その思いきりの良さに、思わず感嘆の声を上げるバーンシュタインだったが、「だが」と続ける口元に浮かぶのは、余裕そのものの笑みだった。
手早くスイッチを切り替え、グリップを握り直す。
「——これはどうだ?」
サーベルの間合いに入る寸前のところで、彼はトリガーを押し込んだ。
「しまった!」
ドムの胸元が光ったと思ったときには遅かった。シールドをかざしていたとは言え、低出力ビームをまともに目にしたジムのセンサーは、大半がその機能を失い、沈黙する。ブラックアウトする正面モニターに、ミハイルは戦慄した。
「いただく!」
至近距離であるにも関わらず、ジャイアント・バズを構えるバーンシュタイン。
「このぉっ!!」
一方のミハイル、脚部スラスターを噴かして制動しつつ、無我夢中でジムに左足を蹴りあげさせる!
「なんと!?」
バーンシュタインは目を見張った。絶妙のタイミングで繰り出されたキックが、ツヴァイの手から見事に得物を蹴り飛ばしたのだ。
サーベルを振るって牽制しつつ、彼と距離を取るジムの、頭部バルカン砲が唸る。めくら撃ちの割には良い線を行っている。先ほどの蹴りと言い、センスのあるパイロットなのだろう。
「面白い」
口元に笑みを浮かべるバーンシュタインは、モニターの端で数値を刻むタイマー表示をちらりと見やると、愛機に新たな指示を与えた。
辛うじて生き残ったサブカメラが、不鮮明ながらも、側面ディスプレイに抜刀するドムの姿を映し出す。白熱するサーベルの輝きから身を守るべく、乗機にシールドを突き出させるミハイル。コクピットを伝う衝撃が、盾の損害の程度を彼に告げる。
とは言え、今はそれを繰り出すほかに手だてはない。頭部バルカンの残弾は、ごく僅かだ。
「くっ……!」
立て続けに叩き込まれる斬撃に、僅かな視界を守るシールドの陰が減って行く。その隙間に覗くドムがモノアイを輝かせる。と、次の瞬間、サーベルの切っ先が真っ直ぐに、彼に向かって差し込まれた。
咄嗟にトリガーを押し込む。ジムの頭部より放たれる光弾がグレーの機体で跳ねるものの、コンマ数秒で尽きるそれに敵を押し止めるだけの威力はなく、灼熱の刃はジムの左肩を一気に貫いた。微かに跳ね上げる挙動が肩アーマーのバーニアを切り裂く。
推進剤に引火、爆発。ミハイル機は瞬く間に左腕をもぎ取られた。
激震に歯を食いしばりつつ、ミハイルはツヴァイとの距離を取る。同時に右手を腰に回すジム。取り落としたサーベルの代わりをすかさず抜かせるが、
(——間に合わない)
間近に迫るツヴァイの気配に、彼は悟った。ツヴァイの振り上げるサーベルは、刀身を僅かに失ったとはいえ、未だ鮮やかな輝きを宿している。
だが、その刀がミハイルに向かって振りおろされることはなかった。
「新手!?」
接近警報が鳴り響くと同時に、バーンシュタインは反射的に機を退いていた。至近をかすめるビームの光跡。今まさに仕留めようとしていたのと同型のジムが、彼に狙いを定めつつ迫るのが判る。
「チィッ!」
手近に浮いていたバズーカを左手に掴ませ、無照準で放つ。が、相手もそれを解っているのだろう。躊躇なく飛び込んでくる。ビームガンを一射すると同時にシールドを投げ捨て、空いた左手で腰からサーベルを抜き、横凪に振るう!
しなるビームの刀身を、ツヴァイのヒートサーベルが束の間受ける。だが、切っ先を欠いたそれは規定の出力を失っており、プラズマの綻びは光刃を退ける役目をもはや果たさなかった。
僅かな間を置いて鋼剣を断ち切るビームの刃。勢いそのままに、左手にしたジャイアントバズをも斬り裂いた!
「——やる!」
自機が腰部ウェイポンラックからマシンガンを引き抜く間に、AMBACで素早く振り向くジムの姿を目にしたバーンシュタインは、素直に感嘆した。連邦にも慣れたパイロットはいる。このまま手合わせできれば、どんなに楽しめることだろう。
が、モニターの端で刻まれる数字は、それが叶わないことを彼に告げていた。
『少佐、そろそろ回収限界です!』
「解っている!」
ノイズ混じりに響く部下の呼びかけに声を張り上げつつ、機を流して敵の一撃をやり過ごす。正確なだけに読みやすい。
目眩ましのビームを放って反転。同時にプロペラントを切り捨て、加速する。
「いずれまた、機会があれば」
遠ざかる同型の二機に向かい、名残惜しそうに呟くバーンシュタイン。一方のミハイルは、漆黒の宇宙へ消えゆくバーニアの光に命拾いを実感し、ようやく胸をなで下ろすのだった。
「見事に持っていかれたなあ」
優先着艦でいち早く収容されたミハイルのジムを前に、整備班長のレイモンド・ターナーは感嘆の声を上げた。左腕がまるで肩口から引き抜いたかの如く、綺麗になくなっている。見ていて清々しいくらいだ。
「すみません」
「おいおい、ヨークトンを守った殊勲じゃないか。もっと胸を張れって」
思わずうなだれたミハイルに、中年に差し掛かったばかりと思しき班長は、少し膨らみ始めた腹を揺らしながら笑って見せた。掌でドンと一つ、ミハイルの背中を叩く。
「ま、胴体側には大した損傷もないし、すぐ直してやるよ」
自信たっぷりに言ってのけるターナーだったが、そこで不意に笑みを消すと、
「……幸い、こいつのスペアには余裕があるからな」
と続けるのだった。
ミハイルのジムは先代の117中隊が最後に使っていた機体と同じタイプである。デュラン機を除く三機が失われたため、ストックは確かに多いだろう。
ターナーの心情を察して黙していると、デュラン機が戻ってきた。見事なアプローチで降り立つ挙動が前にも増して気になるのは、先ほどの戦闘で彼に助けられたからだろうか。
と、続いて帰投したガンキヤノンのコクピットから、コーレン軍曹が慌てた様子でデュラン機に向かって流れる姿が目に入った。つられて視線を転じると、ジムのコクピットに取り付いた若いメカマン——ロドニー・マコーミック軍曹とデュラン曹長が、なにやら言い合っている。
「すみません。頼みます」
ターナーに言って床を蹴ったミハイルは、デュラン機に向かって流れながら、無線のチャンネルを切り替えた。少し落ち着きを取り戻した彼らのやりとりが、ミハイルの耳にもようやく届くのだった。
『……マジかよ』
『どうしたの?』
『“グリズリー・オブ・ザーン”を見たって』
『え……?』
マコーミックの言葉に、コーレン軍曹は耳を疑ったようだ。一瞬の間をおいて、「それ、本当?」と訝しげな声が伝う。
『——冗談で言うと思うか?』
静かな声が響き、奇妙に張りつめた空気が漂い始める。
『それは……』
彼女が再び言葉に詰まったところで、不意にデュラン曹長がこちらを向いた。まっすぐに流れるミハイルとまともに目が合う。バイザー越しにも、曹長が怪訝な表情を浮かべるのが判った。
「どうかしました?」
「あ、いや……。その、礼が言いたくて」
「礼?」
慌てて言い繕うミハイルに、彼は不思議そうな顔をしていたが、ほどなく気付いて「ああ」と表情を和らげる。
「ありがとう。おかげで助かった」
「いえ。准尉殿が足止めしてくださったおかげで、何とか追いつくことができました」
差し出した右手を握り返しながら、曹長はそう応えた。まんざら世辞とも思えない様子に、なぜかしら居心地の悪さを感じたミハイルは、
「ミハイル、で構わない」
思わずそう続けていた。
「宇宙では君らの方が先輩なわけだし、歳も大して変わらないだろ? だから、何というか、敬語を使われるのはちょっと……」
口をついて流れる軍人らしからぬ言葉に、我ながら何を言っているのかと思う。相手も同様に呆れていることだろう。が、ミハイルの想像とは裏腹に、彼らは揃って笑みを浮かべたようだった。
「自分のこともアルバート、と」
改めて手を握りながらデュラン曹長が言う。そこへ割り込むようにして、私も、とばかりに手を差し入れるコーレン軍曹。ミハイルが苦笑混じりに握り返すと、彼女はしてやったりの表情で傍らのマコーミック軍曹を見やった。
「ほら、私の言った通りでしょ」
「やっぱ、モニカの見る目にゃかなわねぇな」
「とは言え、もう少し節度をわきまえた方が良いんじゃないか?」
「あら。短期間に親睦を深めようと思ったら、あれくらいはしないと」
やんわりとたしなめるデュランを軽くいなしたコーレンは、「ねえ?」とミハイルに同意を求めた。反応に困ってデュランを見ると、こちらはこちらで渋面にため息を添えている。
そんな同僚の姿に、彼女は笑った。ほんの少し前まで場に漂っていた緊張感が嘘のような、朗らかな声が辺りを包んでゆく。と、それが唐突に止んだのは、パウエル隊長からのコールが入ったからだ。
『アルバート、モニカ、確認したいことがある。来てくれ』
思わず顔を見合わせる一同。今のやりとりを聞いていたが故の呼びかけだろうが、あまりに見事な順応ぶりである。
「でもま、ようやくチームらしくなったっつーか、以前の活気が戻りそうでなによりだな」
パウエルを追ってエアロックに向かうアルバートとモニカを見送りながら、マコーミックはそう口にした。
「ええと……」
「ロッドでいいよ。ここじゃみんなそう呼ぶんで」
言葉を探すミハイルに軽く応え、コクピット周りの整備に取りかかるが、会話を拒絶する風ではない。ミハイルは彼の邪魔にならないよう気を付けつつ、尋ねた。
「以前の活気って、そんなに違ったのかい? ロッド」
「就役してからこっち、生え抜きの軍人さんは少なかったからね。この艦。先代の隊長さんの理解もあってゆるーくやってたのが、ある日突然、根っからの地球の軍人ばかりになったら、しおらしくもなるだろ?」
「はあ……」
「もっとも、モニカは初日でころっと態度変えてたけどな。あんたと厳ついおじさんなら絶対平気。間違いない。とか言って。そーゆーとこ鋭いんだ、あいつ」
「……なるほど。敵わないな」
すっかり見透かされていたわけだ。これまでの彼女との会話を思い出しながら、ミハイルは嘆息した。隔てなく接してくれていることを嬉しく思う反面、からかわれていたのもまた事実と知って、軽くショックを受ける。
と、ロッドが整備の手を止め、こちらをまじまじと見つめているのに気付いた。
「……なんだよ」
「地球のエリートさんはお堅くて横柄なもんだとばかり思ってたけど、意外に俺らと変わらないんだな」
まじめくさった顔でしみじみと語るロッドの様子に、思わず苦笑するミハイル。それはこっちも同じだよ。宇宙に住む人々はもっとぎすぎすしているもんだと思ってたけど、自分らと変わらないじゃないか。
が、口をついて出た言葉は別のものだった。
「エリートなんて柄じゃないよ、僕は」
「どうやらそうらしい」
にやっとロッドが応える。二人は笑った。
「コーネリアもさ」
「え?」
「別に悪気があってのことじゃないんだ。許してやってくれな」
唐突に出たオペレータの名前に、ミハイルは虚を突かれた。あのつっけんどんな態度を指して言っているのだろうが、どうしてこのタイミングで?
そこでようやく、ミハイルはロッドのノーマルスーツの襟元に、ハッテ義勇軍の小さなエンブレムが縫いつけられていることに気付いた。義勇軍メンバー同士、何か知っているのだろうか。
だが、ミハイルがそのことについて問いかけるよりも早く、
『ミハイル、遊んでいるとミーティングに遅れるぞ』
リー少尉の声が無線を伝った。振り向くと、エアロックに向かって流れる少尉が、「上がれ」と手振りで示している。
反射的に機体を蹴るミハイルだったが、そもそもここに寄った理由を思い出し、咄嗟にコクピットハッチを掴んで流れかけた体を止める。そうして逆さまの姿勢のままコクピットを覗くと、中で作業を続けるロッドに訊いた。
彼とアルバートが言い争うきっかけとなったと思しき単語の意味を。
「ところでロッド、“グリズリー・オブ・ザーン”てなんだい?」
今度は彼が虚を突かれたようだった。ケーブルを繋ぎかけた姿勢のまま、驚いた様子で顔を上げる。
ややあって、視線を手元に戻したロッドは、ぽつりと呟くように答えた。
「……かつての英雄だよ。今じゃすっかり鬼門筋らしいけど」
「鬼門?」
耳慣れない単語に問いを重ねるが、作業を続けるロッドは黙然として、それ以上語らないのであった。
※本コンテンツは作者個人の私的な二次創作物であり、原著作者のいかなる著作物とも無関係です。