GUNDAM SHORT STORY
作:澄川 櫂
初陣、そして……
月面上をフォン・ブラウン市に向け、第一戦速で航行するエゥーゴの戦艦、ラーディッシュ。けたたましく警報音を奏でるそのグリーンの戦艦では、アルバート・デュラン中尉のリック・ディアスが、カタパルトデッキ上に引き出されるところだった。
『デュラン中尉は、アポリー中尉のディアス隊と共にアレキサンドリアへ!』
『了解。カール、聞いての通りだ。お前はクワトロ大尉の指示に従え』
『は、はい!』
彼に答えたその声は、まだ子供のあどけなさが残る若い少年のものでる。いかにも緊張しているという硬い返答だ。
『落ち着いて訓練通りにやりゃあいいんだよ』
「あ……」
無線機から流れる苦笑混じりの彼の言葉に、思わず漏らすカール伍長。が、そんな彼の反応など気にする様子もなく、
『アルバート・デュラン、リック・ディアス出るぞ!』
MS射出の振動が、モビルスーツデッキを包み込んでいた。
「参ったなぁ……」
襟元の階級章を撫でながら、カールはこぼした。まさか自分がこれほど緊張するとは思っていなかったからだ。実機訓練でゴミの中を飛んだときには、こんなに緊張しなかったのに……。
『カール伍長! カタパルトへ!』
「……やっぱり、初陣って違うんだな」
誘導員の指示に従って機を歩ませながら、彼は訓練中に聞いた諸先輩の話を思い出していた。たいていは自慢話なのだが、そこに同期の人間がいたりすると、初陣の汚点ばらしに花が咲いたものだ。なかにはどうしようもないほどくだらないものもちらほら。
(みんなに笑われないようにしないと)
つまらないことで後々笑われるのはまっぴらだ。カタパルトデッキに引き出されるまでの間、彼は密かに気合いを入れた。
ラーディッシュには彼と同期のパイロットが何人かいたが、実戦に出るのは彼がトップである。訓練成績が一番優れていたことがその理由だ。それだけに、些細なことでも長く笑いのネタにされることだろう。
『よーし、前方クリアーだ。カール、味方の砲撃に当たるなよ』
彼の思いを知ってか知らずか、管制官が冷やかした。
「了解。……笑われたくないですからね」
アーガマから射出されるメタスの光を見ながら、小さく呟くカール。
『なんか言ったか?』
「いえ……。行きます!!」
シグナルが青に変わるや、彼はフット・ペダルを踏み込んだ。加速によるG。そして、ふわっと浮くような感覚。ラーディッシュの艦影が、見る間に遠ざかっていく。
「クッ……」
めまぐるしく変わる感覚に耐え、彼は何とか編隊の後ろにつけた。すぐさま、
『ネモ各機、ドゴス・ギアを叩く。遅れるな』
百式から指示が入る。それに呼応して、一斉にテール・ノズルの灯を各機が伸ばす。全く息つく暇もない。その頃には、ビームが何条にも渡って編隊の合間を突き抜けていた。上下左右距離を問わず。シュミレーターで何度も見た光景ではある。しかしそれが訓練とは異なるのは、当たれば死ぬということだ。ビームがかすめるたびに、機体が小さく揺れた。
が、怖がっている暇すら彼にはない。前を見れば、迫り来る六機のハイ・ザック。ライフルを連射しながら、あっと言う間に距離を詰める。
「うわぁぁぁっ!」
闇雲にトリガーを引くカール。もちろん当たるものではない。ハイ・ザックが脇をすり抜ける。
『構うな! MSは直援に任せる』
「は、はいっ!」
『来るぞ!』
前方に、ドゴス・ギアのピンクの巨体。迎撃のビームを幾重にも重ねる様は、まるでハリネズミのようだ。その間を行き交う火線。それはティターンズのMSのものであり、そしてエゥーゴのものでもある。当たるようで当たらない、しかしいつ当たってもおかしくないビームの筋は、全て自分に集まっているような、そんな感覚を与えさえした。
「あぁぁぁぁっ!!」
——彼は飽和した。
アポジを噴かして姿勢を変え、艦に向かってライフル連射! 近付くことも引きもせず、ただひたすら撃ち尽くす。コクピットに響く絶叫。
『動け!!』
クワトロ大尉の声が聞こえたような気もしたが、それまでだった。彼の存在は……そこで途切れていた。
ドゴス・ギアから伸びた火線が、彼の座るコックピットを貫く。射線上に留まっていたネモは内側から膨らみ、鮮やかな火球となってその機体を飛散させた——。
U.C.0087
エゥーゴ、ティターンズの抗争は日に日に激化し、両者は若いパイロットを戦場に投入することを余儀なくされていた。それは“ニュータイプ”と呼ばれる新時代の戦士を生み出す土壌となったが、大半は経験の浅い未熟な兵士達であった。そして彼らのほとんどが、戦いの真の目的を見いだせぬまま、宇宙の藻屑と消えていったのである。
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