GUNDAM SHORT STORY

作:澄川 櫂

単眼のガンダム

 U.C.0087.3.1
 月面某所

 ヴィーッ! ヴィーッ!

 地下に埋設された仮設MSモビル・スーツデッキに、スクランブルを告げるサイレンが轟く。整備員の罵声が飛び交い、各パイロットはそれら喧噪に追い立てられるように、自分の機体を目指して駆けた。
 と、その流れに逆らうようにして下士官が一人。
「少佐!」
 彼はパイロットスーツの一人と話す基地指令を見つけると、それを大声で呼び止めた。怪訝そうな中尉を尻目に、指令に向かって踵を合わせる。
「ん、ご苦労! 敵の数は?」
「はっ! モビルスーツ3、揚陸艇2。いずれも、ティターンズ所属のものと思われます」
「MSが三機? 少ないな……」
 初老の少佐は、その報告に眉をひそめた。
「機種は?」
「それが……」
「どうした?」
 口ごもる下士官に、横から中尉が尋ねる。
 少佐は「早く言え」と目で彼を促した。
「実は……二機はハイザックなのですが……その……」
 それでも言い淀む下士官であったが、二人の上官の視線に、一呼吸置いて静かに報告した。
「もう一機は、ガンダムタイプであると思われます」
「ガンダム……! まさか、噂のマークⅡ!?」
 その報告に、少佐は見る間に血相を変えた。
 一年戦争屈指の名機と謳われるMS、ガンダム。連邦軍にとって、その名は勝利の象徴であり、敵対勢力にとっては恐怖の代名詞である。ガンダム神話はいまだ根強い。
 加えて、彼らが戦うティターンズが、より高性能なMSとしてのガンダムを開発しているという情報が未確認ながら存在した。
 ——弱気になるのも無理はない。
 が、
「いや、実験機のなれの果てでしょう」
 パイロットスーツ——アルバート・デュラン中尉は冷静だった。
 彼は見慣れぬMSとともに、先日赴任してきたばかりのパイロットである。腕はいいともっぱらの評判だが……。
「それなりに手は入れてあるでしょうが、ガンダムと言えども所詮は旧式。ものの数ではありませんよ」
 自信に溢れた声でデュラン中尉が言う。
「しかし中尉」
「ご心配なく」
 不安げな少佐に、彼は傍らの黒い愛機を見上げつつ、力強く言った。
「ガンダムなら、我々にもあります」

 丸みを帯びたグリーンのMS、ハイザックを後ろに従え、青と白のツートンに彩られたガンダムが月軌道上を行く。
 そのコックピットに座るのはラディ・バートン大尉。ティターンズの若き戦士だ。
「フッ……。エゥーゴめ、ガンダムと知って慌ててるな?」
 エゥーゴの無線を傍受しながら、彼はククッと喉を鳴らした。
『大尉、なんでまたそんな機体を持ち出したんです?』
「ばーか。ガンダムだからだよ」
 部下の通信に、バートンは鼻で笑ってみせた。
「反乱軍の阿呆どもに、正義がどちらにあるか見せつけてやるのさ」
『はぁ……』
「それにな、こいつはもともと、あのアムロ・レイ用に開発されたっていう話じゃないか。そのせいか、出力だってハイザックに劣らねぇ。間違ってもジムごときに敗れはせんよ」
 カラカラと笑うバートン大尉。と、
『敵機補足!』
 もう一機の部下から無線が入った。
「来やがった」
 索敵モニターを拡大すると光が四つ。
 機種照合。いずれもジムタイプだ。バートンは舌なめずりすると、
「こいつらは俺が片づける。お前達は降下部隊を援護しろ」
『ラジャー』
「行くぞ!!」
 一気にフットペダルを踏み込んだ。軽いGとともにガンダムは加速し、ジムのまっただ中へと躍り込む。
「遅いなっ!」
 ガンダムの姿にかすかな動揺を見せるジムの動きを見逃さず、ガンダムのライフルが色鮮やかな火を放つ。瞬く間に、光の花が二つ咲いた。
 その脇をすり抜ける合間に、一機のジムが果敢に斬りかかるが、

 ギャァァァン!

 背中から走るビームサーベルが、袈裟懸けにそれを斬って捨てる。これでもう、残るは一機。
「ふん……」
 後退に移る最後のジムを、ハイエナのような目で追うバートン。
 不意に、別の光が彼の視界に飛び込んできた。それも立て続けに二つ。部下の向かった方角だ。
「ん……? まさか」
 なにやらいやな予感に機の向きを変えたその時!
『あぁぁぁぁっ! 大尉!!』
 部下の絶叫とともに、ひときわ大きな花が咲いた。
「ハインツ!」
 その名を呼ぶ間にも、もう一機のハイザックが腹を貫かれて四散する。そして、ガンダムのセンサーも、ついに敵影を捉えたのであった。
「……!? データに無い機体」
 黒い重モビルスーツが、ガンダムの脇を一気に抜ける。そのシルエットは、バートンに一年戦争時の“ドム”を連想させた。
「——!? エゥーゴの新型か?」
 にわかには信じられないバートンだが、

 ビュゥッ!

 迸る火線は、彼に詮索する暇を与えない。バートンはAMBACで向きを変えると、素早くライフルを構えさせた。しかし、
「速いっ!」
 相手の動きはさらに上だった。瞬時に間を詰め、ビームサーベルを振り上げる。

 ギンッ!

 ガンダム手からライフルが飛び、小さな火球を作り出す。
「チィィィッ!」
 こちらも負けじとサーベルを抜くが、今度は正確な射撃がガンダムを襲った。謎の黒いMSの前に、ガンダムは次々と装甲版を削がれて行く。
「なぜだ!? なぜガンダムが敗れるのだ!?」
「——こいつもガンダムだからさ」
 黒いMSのモノアイがグリーンに輝く。サーベルの軌跡を残して駆け抜けたとき、ガンダムは二つのまばゆい光の球と化していた。

 RMS-099、通称リック・ディアス。後に MSA-099 と改番されるこのMSは、その開発コードを「γガンダム」と言った。
 新素材ガンダリウムγを始め様々な革新的技術を初めて採用し、第二世代MSの先駆けとなった記念すべき名機である。

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