GUNDAM SHORT STORY

作:澄川 櫂

八年目のカミーユ

「またか……」
 頭上を抜けていくベースジャバーに、青年は漁をする手を休めて呟いた。風圧に飛ばされぬよう、帽子を片手で押さえながら見上げる彼の瞳は、穏やかながら憂いの色を湛えている。
「……船を島へ戻していただけますか?」
 ややあって、青年は船縁に腰掛け一服している老人に、視線を変えず静かに言った。
「また、ゲリラの方々ですかの」
「ええ……」
「しつこいですな、連中も」
 老人は無造作に煙草を放ると、靴先でそれを踏み消した。そして操舵室へ入り、エンジンを始動させる。ブルッという振動が、船体を包み込んだ。
 ゆっくりと回頭する漁船の先で、ベースジャバーが着水した。

「……やはり、考えは変わらないのですね、ビダンさん」
「ええ、あなた方に協力するつもりはありません」
 それまでほとんど言葉を発せず、ただ腕を組むばかりであった青年は、そう言われて初めて明確な意志表示をした。もっとも、それはもう何度口にしたかも判らない答えなのだが。
「なぜです?グリプス戦争で連邦と戦ったあなたが、なぜ我々に協力して下さらないのです!?」
「まさか君は、現行の連邦政府が正しいとでも言うのか?」
 若干の間を置いて、二人のゲリラは自らの不満を露わにした。だが青年は、
「そうは言いません。ただ、無意味な殺し合いには手を貸せないだけです」
 と、慣れた様子で静かに語るのだった。
「なっ……!」
「我々の戦いが無意味だと!?」
「いたずらに人々の生命を奪うことに、意味などあるはずがないでしょう?」
 いきり立つ二人に、彼は言った。それは、不思議と重みのある言葉であった。
 二人が属する組織は、グリプス戦争時にカラバの一員であった集団である。カラバの中では最右翼に位置し、エゥーゴが軍を掌握した後も、反地球連邦の立場を取り続けていた。
 彼らはまた、シャアの反乱を支持し、地球において間接的な支援を行った部隊でもある。だがその実態は、ほとんどテロであった。さらに支持したシャア一派が地球への隕石落としを行ったこともあり、彼らのイメージはあまり良くない。
 ゲリラの一人が顔を曇らせる。あれから既に二年が過ぎるが、当時の行動は、彼らの中にも今だ、大きな影を落としているようだ。結果として、罪のない市民を数多く死に追いやってしまったのだから。
 が、残る一人は何を思ったか、
「これは……グリプス戦争で名を馳せた、カミーユ・ビダン殿の言葉とも思えない」
 皮肉るような視線を青年に向けたのであった。
「なに……」
「いや失礼。撃墜スコアから想像していた人物像と、あまりにもかけ離れていたものですから」
 男は薄ら笑いを浮かべながら言った。彼は今日初めてここを訪れたのであるが、まるで遠慮というものを知らず、なにやら危険な雰囲気を漂わせている。それは同席する、ファ・ユイリィの癇に触った。
「あなたは! カミーユを侮辱する気!?」
「侮辱? 私はただ、事実を述べているだけだが?」
「実際に見もしないで、何が事実よ!」
「止さないか、ファ」
「でも……」
「いいから」
 やや興奮気味の彼女を目で制すと、カミーユ・ビダンはゲリラ達に向き直った。ゲリラ——特に初顔の男の言には彼も憤りを覚えたが、決してそれを表に出すことなくきっぱりと男に言う。
「とにかく、どんなに言われようとあなた方に協力するつもりはありません。ですから、二度とここへは来ないで下さい」
「——我々に協力していただけないとなると、極めて残念な結果を招くことになるが?」
 男の目が鋭く光った。声の調子と言い、明らかに脅迫である。
 だが、カミーユは全く意に介さなかった。
「その時はこちらも容赦しません。どうかお忘れ無く」

 ——翌払暁、島の南岸から上陸しようとする、二つの影があった。モビル・スーツと呼ばれる、全高18メートルの鉄の巨人だ。
 一機はブルーを基調としたアクア・ジム。もう一機は、全身濃いグリーンに塗られたメタス・マリナー。いずれもグリプス戦争当時、カラバによって運用されていた機体である。そのところどころに錆が浮いているのは、水陸両用マシーンであるせいばかりではないだろう。
『……中尉、本当にやるんですか?』
「何だ、怖じ気づいたのか」
 例の危険な雰囲気を持った男が、ジムのコクピットでせせら笑った。
『いえ、ですが……』
「漁師共のことなら気にするな」
 オートで機を歩ませながら彼は言う。
「どうせ誰も出てきやしないさ」
 それは恐らく、カミーユ・ビダン以外の人間を巻き込むわけなど無いと言いたかったのだろう。が、もう一人のパイロット——カミーユの言葉に声を失った男——の心配は、全く別のところにあった。
(こんなことをしていては、民衆の支持など得られるはずもない……)
 けれども、彼はそれを口にすることが出来ない。なぜなら、これまで彼のやってきた全てを、否定することにもなるからだ。
(……俺は一体、今まで何を?)
『着いたぞ』
 彼の感傷はしかし、すぐに打ち消された。目的の民家へとたどり着いてしまったのだ。彼にはもはや悩むことすら許されず、メタスの銃口を、ただ茅葺き屋根へと向けるしかないのである。
「聞こえるか、カミーユ・ビダン!」
 中尉が吠えた。
「我々は君の腕が惜しい。だから今一度問う! 我々に協力するか!?」
 彼にしてみれば、それは不意をついた脅迫のつもりだった。ファ・ユイリィとかいう女性が一緒にいるのを見れば、彼女を盾に協力を強いることもできよう。
 だが、
「何度来ても答えは同じだ! 協力するつもりはないっ!!」
 意外にも、答えは即座に返ってきた。まるで用意されていたかのように。そして次の瞬間、中尉のジムは宙を舞った。

「——なにっ!?」
 森の中から突如として現れたモビルスーツが、アクア・ジムを吹き飛ばす。メタスのパイロットが慌てて銃口を向けるが、かえってそれが命取りとなった。
「ディジェ!?」
 彼が淡いグリーンの機体を知ったとき、その姿は鬼神のような速さでメタスの間近にあった。コクピットハッチに柄を当て、ディジェがサーベルのスイッチを入れる。悩めるメタスのパイロットは、灼熱のビームに焼かれて消失した。
「…………」
 ディジェを操るカミーユ・ビダンは、内心沈鬱であった。彼は戦う意志のない者の生命まで奪うほど無慈悲な人間ではない。だが、自分に銃を向ける者に対しては容赦しないこともまた事実である。
 それ故、彼はメタスを一撃の下に葬り去った。が、そのメタスの動きが、単なる反射行為であったかもしれないことも理解している。そう考えると気が重くなるのだ。
「また、無駄な殺生をさせる……」
 無力化したメタスを海に投げ捨てながら呟くカミーユ・ビダン。メタスの爆発が海水を押し上げ、滝のような飛沫が辺りに降り注ぐ。
「き、貴様!」
 ようやく立ち上がったジムが、怒りを露わにライフルを撃ち鳴らした。まさか相手がMSを所有しているとは思わなかったので、混乱しているのかもしれない。
「言ったはずです、容赦しないと」
 ディジェがモノアイを光らせる。銃火の雨をすり抜けて、洋上へ逃げるジムを真芯で捉えた。ビームの刃が胴を薙ぎ、上半、下半の順に火球を作る。暁の日の光より眩いそれに照らされて、ディジェの機体が赤く染まった。
「無益な戦いを挑むから……」
 砂浜に機を落ち着かせると、カミーユ・ビダンはハッチを開けて小さく漏らした。ディジェの肩に立つ、彼の瞳が哀しげに揺れる。
 グリプス戦争時代、カラバに参加した伝説の男、アムロ・レイに用意されたディジェがカミーユの手に渡ったのは、様々なグループから狙われる羽目になった彼の身を案じるカラバの有志が、気を利かせたためであった。
 密かに運び込まれたこの機体の受け取りを一度は断ったカミーユだが、彼を取り巻く状況がそれを許さず、結果として、彼は未だに戦い続けている。安住の地を求めて……。

「……ここもそろそろ終わりかな」
 朝食の席で呟くカミーユを見つめるファ・ユイリィは、彼以上に哀しい目をしていた。幼なじみとして、そして恋人として彼を追い続けてきた彼女は、悲劇を越えてなお報われないカミーユ・ビダンの姿に、常に心痛めるのである。
「ごめんよ、ファ。助けてもらった恩も返せず、僕はただ君を巻き込むばかりで……」
「カミーユ……」
 ファ・ユイリィの瞳が揺れる。膝を折り抱きつく彼女の体を、優しく抱き留めるカミーユ・ビダン。
 やがて二人は、淡く射し込む光の中で、どちらともなく互いの唇を重ねるのだった——。

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