前哨戦
作:澄川 櫂
SCENE. 1
——宇宙世紀〇〇七九年一二月三〇日早朝
「おはようございます、中尉」
「お、コーヒーか。気が利くな」
愛機ザクのコクピットで、物憂げに天井を見つめていたオリゾンは、いささか場違いとも思える少女の声に、思わず相貌を崩した。
「よく判りますね」
ストロー付きのカップを手渡しながら、少女——コスティ伍長が驚いたように言う。
「そりゃあ、ここにはそれくらいしかないからな」
「でもそれ、インスタントじゃないですよ」
「え?」
と、今度はオリゾンが驚いてみせると、
「ここへ来る前に入れてきたんです。注ぐのに苦労しましたけど」
我が意を得たとばかりに、腰に下げた魔法瓶を叩きながら笑うコスティ。
「そりゃまた豪勢だなぁ。僕の分もあるのかい?」
「もちろん!」
カーチス曹長の声に応え、彼のドムの方へと流れていく小柄なノーマルスーツを見送るオリゾンは、再び物憂げな表情でシートに腰を落とした。
コスティという少女が彼の指揮するジオン公国軍第318哨戒中隊に配属されたのは、連邦軍がア・バオア・クー要塞への進路を取りつつあると知れた、つい十数時間前の事。ソロモン戦で消耗して以来、事あるごとに上申してきた兵員補充が、瀬戸際になってようやく叶ったのである。
だが、それは最前の防衛衛星行きという、3等切符との引き替えであった。彼らばかりでない。ソロモンを生き延びた戦友のほとんどが、同じように防衛ラインの最先端へと散っていったのである。軍上層部がソロモンの敗兵をいかに嫌っているか、指令を告げるラコック大佐の顔色を見ずとも明らかであった。
もっとも、モビルスーツ四機を失った身としては、多少複雑な気分である。生命を賭して戦った者に対する最低の扱いに憤りを覚えるが、反面、四人の部下を死なせたことへの、当然の報いのようにも思える。
が、
(——あんな娘を送り込むなどと、上層部は正気でものを考えているのか)
ことコスティの件に関して言えば、彼は批判的であった。
トーチカという所は、戦場でも特に異質な空間である。岩と金属とで構成された密閉空間。いつ来るとも知れない敵を、恐怖や圧迫感と戦いながらひたすら待ち続ける日々。まして宇宙ともなれば、地上のそれとは違い、三百六十度全てに気を配らなければならない。
そんなところに少女が一人で放り込まれればどのようなことになるか。幸いにもオリゾンは妻子持ちであり、若いカーチスもまた、同じ年頃の妹がいるとのことで、羽目を外す心配はまずない。
あるいは、それを踏まえた上でのことかも知れないが……。
「邀撃と言えば聞こえは良いが、たった三機で何が出来る。我々は所詮捨て駒だ。……いや、戦略的にはそれも仕方なかろう。だが、俺のような老いぼれならまだしも、女子供まで盾にして良いわけがない」
他の部隊にも配属された学徒上がりの童顔を浮かべつつ、彼はこぼした。長引く戦争でルウム以来のエースの大半を失ったと言っても、パイロットの全てを失ったわけではない。本気で敵の戦力を削ぐつもりなら、まずそれらの兵を充てるべきではないのか?
(——機械の性能だけで、戦闘は勝てんよ)
コスティの乗機を見やるオリゾンは、つくづく思うのであった。
先行配備であるガルバルディという機体は、ビームライフルを装備できるばかりか、機動性と格闘能力に長けているという。が、それも扱う人間の腕があってこその話だ。戦力という観点からすれば、彼の操る高機動型ザクの方が上だろう。
「ギレン閣下には何か大きな策があるらしい、とのことだったが……」
「隊長!」
オリゾンの思考を妨げたのは、カーチス曹長の緊迫した声であった。普段は穏やかな彼が、そんな声を上げる理由はただ一つ。
「敵か!?」
言いつつ、衛星のレーダーに接続するオリゾン。
「艦艇らしき光が二つ、こちらへ向かっています」
「確認した。規模からして、索敵部隊のようだな」
「出るんですか?」
とはコスティ。
「当然だ」
さすがに緊張している感じの彼女に一言答えたオリゾンは、捨てかけたカップの中身がインスタントコーヒーでないことを思い出し、慌ててそれを流し込む。
「敵はまだ、こちらに気付いていないはず。一気に叩くぞ」
ほのかなコーヒーの香りを漂わせつつ、オリゾンの指示が、エア・ロックにこだました。
※本コンテンツは作者個人の私的な二次創作物であり、原著作者のいかなる著作物とも無関係です。