前哨戦
作:澄川 櫂
SCENE. 4
光点が瞬く星空に、ひときわ鮮やかな光が生まれる。それは、モビル・スーツの最後を示す、核という名の華である。ディスプレイ上の識別信号が一つ、時を違わず静かに消えた。
「チッ! あのバカ!」
二機のボールが戦闘空域にたどり着いたのは、ニール機撃墜のまさにその瞬間であった。毒づくコネリー。主力機が先走ったあげくにやられたのだから、当然である。
彼の乗るボールという機体は、元来が作業用ポッドに砲塔を取り付けただけの、ひ弱なマシンである。格闘能力など無いに等しく、戦場では主に”人型”ジムの後方支援的役割を求められていた。
今回、コネリーはそのつもりで出撃していた。別に楽をしようと思ったわけではない。ボール本来の働きをしようと思ったまでだ。そもそも第46索敵艦隊のように、ボールのみで編隊を組むことの方が珍しいのである。
そういう意味では、初めてジムとコンビを組んだ今回の戦闘は、彼らにとって待ちに待ったと言うべきものであった。同じ死ぬなら納得できる形で逝きたい。それが、配属以来抱き続けてきた、コネリーの偽らざる想いである。
彼のチームに加えられたジムのパイロット、ニールは、ソロモンにおいて四機を落としたという。だからこそ、人格的に問題のある彼を援護してやろうなどと思ったのだ。
が、コネリーの期待に反して、ニールはあっけなく死んだ。しかも、敵の”人型”は健在である。これほど腹立たしいことはない。
「カトウ、来るぞ! ザクとスカート付き!」
ほとんど怒鳴りつけるように、相棒に呼びかける。
『了解』
無線に低く応える声は、だが、普段と変わらぬ冷静さを保っていた。そうと知ったコネリーの口元に、小さな笑みが浮かぶ。
コロールのいま一人のボール乗り、カトウは、コネリーと同じく元建設作業員の出である。違うのは、彼がコロニー公社の職員だったということだ。
宇宙における構造物の建造というのは、重力下でのそれ以上に、職人的な技術と勘が要求される仕事である。上下の概念のない無重力空間で、便宜上の上下感覚をいかに保持できるか。それは、単に作業能率を上げる為ばかりでなく、己の身を守る意味でも欠くことのできない能力であると言えた。
搭乗機がどれほど優秀なコンピューターを積んでいたとしても、突発的な事態に対処するのは人である。ジャイロコンパスに頼り切っているようではやっていけないのだ。
かつてコロニー公社の作業員といえば、それら特殊技能に長けたプロフェッショナルの集団であった。が、実作業の下請け化が進んでしまった今では、公社の正社員といえば現場知らずなエリートの代名詞に他ならない。少なくとも、コネリーや流れの仲間達は皆、そんなふうに思っていた。
それが、カトウに限って違っていた。常に現場にあって的確な指示を出し、時には自らポッドに乗り込み作業をする。その手並みは、腕に覚えのあるコネリーから見ても驚嘆ものであった。
また、カトウの方でもいろいろ意見するコネリーを頼もしいと思ったのか、仕事上の様々な相談を持ちかけることが、次第次第に多くなっていった。いつしか二人は厚い信頼で結ばれ、幾多の難事業を成し遂げてきたのである。
そのカトウが隣にいる。これほど心強いものはない。
(まずは……)
コネリーは傷ついたザクに狙いを定めた。カトウもまた、彼に同調して乗機の向きを変える。それを確認して、コネリーは仕掛けた——。
「大尉!」
ニール機を葬ったカーチスが、真っ直ぐにオリゾンのザクに接触したのは、彼が若かったからだろう。顔に似ない大胆な操縦で、ソロモンでは多少の戦功を上げたカーチスだったが、今や父に近い存在となっていたオリゾンを放っておけるほど、太い神経を育て上げてはいない。
オリゾンの身を心配するあまり、彼は周囲の警戒を怠ってしまっていた。ここが戦闘宙域であることを一瞬忘れた。その僅かな隙が、戦場では致命傷となる。
センサーがボールを感知するのと、オリゾンが彼を突き飛ばすのはほとんど同時だった。
左腕を砕かれたザクが、くるくると回りだす。まるで踊っているかのようでもあったが、彼が浴びるのはスポットではなく、弾丸というの名のシャワーである。装甲を次々と剥ぎ取られて行く緑の巨人は、別方向からの砲弾を背に退場した。
右足だけをそこに残して。
「た、隊長っ!?」
スローモーションのような、しかし一瞬の撃墜劇に、カーチスはそう叫ぶしかなかった。フィルターのかかった、薄暗いモニターの向こうで、粉と散るオリゾンの機体。歴戦の勇士にしては、あまりにあっけない最期であるが、所詮こんなものだろう。
むしろそのあっけなさが、ここが戦場であることをカーチスに思い出させる。
「……っ!」
自機への着弾に顔をしかめつつ、それが小口径のものであると知って、彼は迷わず距離を詰めた。バズーカを捨て、ヒートサーベルを抜き払う。
そのボールは、ソロモンで相手にしたタイプとは異なり、頭頂部に機関砲を据え付けていた。連射可能なその武器は、ザクに対しては有用だったかもしれないが、ドムには無力であるらしい。実際、白兵に持ち込むまでの間の距離を、ドムの装甲は見事に耐えた。
「うおぉっ!」
忌まわしい機関砲に一刀を叩きつけるカーチス。灼熱の刃は機関砲を潰し、薄っぺらな装甲に食い込み、そのコクピットに座るカトウの肉体もろともボールを両断する。
血しぶきの如く飛び散るオイルに引火し、瞬く間に一個の火球と化すボール。が、その爆煙は、ニール機やオリゾン機のそれに比べれば、悲しいまでに侘びしい。
「カトウ……」
彼の最期を正面から目にしたコネリーは、さすがに年季が入っていた。取り乱すことも逆上せることもなく、僅かに目を伏せ冥福を祈る。
(……お前の方が先だったな)
同僚の死に対して、彼はある種の割り切りをもって接していた。二十年を優に超える土木人生の中で、不慮の事故によって仲間が命を落としたのは、一度や二度ではない。彼自身、生死の境を彷徨ったことがある。が、生きた。
死は日常と背中合わせである。そのことを、コネリーは過去の様々な経験から学んでいた。故に、彼にとっての戦場とは、生と死の境界が最も密接した、日常の延長に過ぎない。
結局、生きるも死ぬも運次第なのである。どんなに優れた人間であっても、神が欲すれば命は尽きる。それだけのことだ。
情がないと言う人もいるかもしれない。しかし、そうでも思わなければ戦えないだろう。罪に問われないとは言え、戦争は立派な殺人なのだから。
「結局、悪党は俺の方だったか」
生前のカトウが口にした言葉を思い出し、思わずそう呟くコネリー。
生き延びる度に、また一つ罪を重ねている気がするよ——
僅かな、しかし、それでいて深い感慨から目覚めたコネリーは、自機の速度を一気に上げた。ドムとボールとでは、機動力があまりに違いすぎる。懐に飛び込まなければ、勝負にすらならない。
格闘能力が皆無の機体で、接近戦を挑むことの矛盾は承知している。それでも、黙って的にされるのを待っているよりは遙かにましだった。
「カトウの仇とは言わんが……!」
鮮やかなテールノズルの尾を曳いて、空色のボールがドムに迫る。
「………! こいつ!?」
そのボールの動きに、カーチスは確かに虚をつかれた。作業用ポッドに毛が生えた程度の、まるで玩具みたいな機体で、モビル・スーツに白兵戦を挑んでくるとは思いもしない。
が、それが致命傷となるほどには、ボールは速くなかった。
「力比べなら!」
120ミリ砲の一弾を軽くいなして、砲身を鷲掴む。力任せにへし曲げ、基部に向かってサーベルを振り下ろす。辛うじて受け止めるボールであったが、その華奢な腕が折れるのも時間の問題だろう。
「コスティは……?」
その状態に至ってようやく、カーチスは妹と同じ年頃の少女のことが気になった。乗機の性能が優れるという、ただそれだけの理由で、一人陽動を任された後輩のことを。
カーチスは、速成でパイロットになったコスティとは異なり、正規の訓練を受けていた。
現役の大学生であった彼が、学徒動員開始以前にパイロットとしての道を歩み出したのは、軍属であった父の戦死がきっかけである。連邦軍の反攻作戦が伝えられる中、悲嘆にくれる家族を守るために、彼はあえて、戦いという激しい世界に己の身を投じたのだ。
にもかかわらず、敗退を続けるジオン軍は、コスティのような少女を第一線に送り込んでくる。それが彼女の意志に因るものであったとしても、どこか自分の非力を見せつけられた気がして悲しかった。
だから、せめてコスティだけでも守ってみせると、カーチスは密かに誓っていた。妹と同じ年頃であったこともあるが、彼女一人を守れないようでは、家族を守ることなど出来はしないと思ったからだ。
それでも彼女が囮になるのに反対しなかったのは、それが最も確実な選択であったからである。ビーム・ライフルで敵の注意を引きつけ、新鋭機の持てる能力をフルに使って逃げまくる。その間に母艦を叩いてしまえば、敵機も浮き足だって、落とすのも容易になるだろう、と。
しかし、事はそこまで上手く運ばなかった。ばかりか、隊長であるオリゾンがやられてしまっている。作戦が成功する見通しは限りなく低い。
となれば、コスティを助け、早々に離脱するのが得策であろう。ガルバルディの識別信号は、未だ健在なのだから。
「待ってろよ、コスティ。こいつを片付けたら、すぐに行くからな」
カーチスが背中に衝撃を覚えたのは、一人で奮闘しているはずのコスティに向かって言った、まさにその瞬間であった。
「よしっ!」
ドムへの着弾を確認したスティーブ少尉は、セイバーフィッシュのコクピットで快哉を上げた。
「ファーストより各機、旋回してもう一発叩き込むぞ」
部下に命ずる声も軽やかに、操縦桿を倒し込む。続く「了解」の響きが耳に心地よい。
スティーブは一週間戦争にも参加した、生粋の戦闘機乗りであった。あの一方的な戦闘の中で、対抗しうる技量を持っていた数少ないパイロットでもある。
そんな彼が、未だ時代遅れのセイバーフィッシュに乗り続けているのは、主にその年齢のためであった。四肢を備えたモビル・スーツに適応するには、歳を取りすぎていたのである。
連邦軍のモビル・スーツは、どれも戦闘機に似たコクピットを持っていた。だから、操縦そのものはスティーブにでもできる。が、一流の戦士として戦うには、18メーターの鉄の装甲服は彼に不向きであった。
誰でもない彼自身が、そのことを知ったのである。故にスティーブは、あれほど望んだモビル・スーツ乗りへの転向を諦めた。自分が納得できる戦いをするために、不利を承知でセイバーフィッシュを選んだ。
初めのうちこそ出番の多かった彼ら戦闘機乗りも、モビル・スーツの配備が進むにつれて、活躍の場を失っていった。今では索敵や早期警戒にかり出されるのが関の山。それも、モビル・スーツに余裕がない場合に限っての話しである。
だからこの戦闘は、彼らにとって、久々に腕を振るうことのできる貴重な時間なのであった。もちろん、戦争をそのように捉えることの過ちは理解している。けれども、それは誇りある職業軍人を志した者の、紛れもない理由なのであった。存分に戦うことこそが、武人の本質に他ならない。
ボールを突き飛ばして振り向くドムが、マシンガンを引き抜き乱射する。回避の遅れた一機がたまらず火を噴き四散するが、スティーブもいま一人の同僚も、それを一顧だにすることなく突き進む。
「うおぉぉぉっ!」
スティーブ機のバルカンが唸りを上げる。主翼を切断されはしたものの、気合いの一弾は巨人の目を砕き、部下の放ったミサイルは、その左足を基部から奪い去る。
そしてスティーブは、コネリーのボールがドムに取り付く様を見た。砲身が異様に短くなっているのは、ドムが背中に初弾を受けたとき、方向を狂わされたサーベルが切断したからだ。
驚愕のカーチス。口元に笑みを浮かべるコネリー。ドムのサーベルがボールを脳天から突き刺す前に、砲弾がその胸元を打ち砕いていた。
抱き合うように火花を散らす二つのマシンは、やがて最期の光を鮮やかに放った。
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