前哨戦

作:澄川 櫂

SCENE. 6

 発光筒の動きに気付いた艦艇が、その方角に向けようやく回頭する。肉眼で確認できる位置に迫ったそれが、間違いなく味方の掃海艇であると知ったクルトは、ホッと胸をなで下ろすと、ガルバルディに馬乗りになって擱座した自機を見上げた。
 サーベルを突き立てた姿勢のままで佇むジムの姿は、許しを請うているようであり、祈りを捧げているようでもある。が、それ以上に、疲れ果てた老人という印象をクルトは受けるのであった。恐らく、彼の今の心境が思わせることなのであろう。
 ゆっくりと近づく掃海艇に視線を戻すと、クルトは左肩に力を入れた。ずり落ちかかっていた少女の腕が、再び彼の肩に戻る。その振動に、彼女は顔を歪めたようだったが、何も言わなかった。吹き飛んだガルバルディの頭を、ただ見つめるばかりである。
 敵にとどめを刺すべく、乗機にサーベルを抜かせたクルトであったが、それを狙いの位置に降ろすことはしなかった。いや、出来なかった。サーベルを立てる降ろす動作に入っていたジムは、彼のとっさの操作に呼応して、その切っ先を胸ではなく、頭部に向けた。なぜそうしたのか、自分でも判らない。
 完全に動きを止めた敵機に爆発の恐れがないのを確認して、クルトは外に出た。外装の飛んだコクピットに降り立つと、拳銃を向けるでもなく、気絶しているらしいパイロットをシートから起こす。
 どこか痛めているのか、パイロットが微かなうめき声を上げた。その時になって、クルトはようやく、この敵パイロットが自分と同年代の少女であると知った。
 が、別段驚くこともしない。無言のまま、彼女の右足を圧迫しているものを除きにかかる。
 右足を断続的に襲う痛みに、コスティはようやく覚醒した。何者かが、足と内壁の間に挟まった物を引き抜こうとしている。視界がはっきりして来るにつれ、その人物の着ているパイロットスーツが連邦軍のものであると判った。
 さすがに息を呑むコスティだったが、一瞬顔をこわばらせただけで、こちらも沈黙を保つ。もっとも、彼が幾分手荒にそれを引き抜いたときには、思わず苦痛の声を上げてしまったが……。
 助け出されたときの経緯を思い出しながら、コスティは視線を、傍らで肩を貸してくれている少年に向けた。バイザー越しに見えるその表情は、はっきりとは判らないが、どこか複雑そうな印象を受ける。
「……一つだけ、聞いてもいい?」
 コスティが思いきって、しかし躊躇いがちに口を開いたのは、救助に来た掃海艇が、すぐそこにまで迫ってからのことだ。
 無言のまま、訝しげに自分を見る仕草を肯定と取ったコスティは、彼の視線から逃れるようにして、言った。
「どうして……助けたの?」
 クルトの表情が曇る。視線をにわかに変える。
「分からない」
 しばしの沈黙の後、静かに口を開いた彼は、さらに若干の間を置いて、ただ、と続けた。
「……生身の人間をさ、サーベルで溶かせるのかな?」
「それは……そうだよね……」
 自問するような彼の言葉に、コスティは力無く返すのがやっとであった。この戦闘で仕留めた敵艦の姿が脳裏をよぎる。後悔はしない。が、重苦しいものがこみ上げてくるのが分かる。
 ふと気付いて、クルトの視線の先に目をやるコスティ。青い星の輝きは、二人を温かく見守っているようであった。

「前哨戦」了

※本コンテンツは作者個人の私的な二次創作物であり、原著作者のいかなる著作物とも無関係です。