魂の還るところ 〜Return to the Earth〜 ゆりかごの記憶

作:澄川 櫂

12.星を探しに

「ニコルがやったの?」
 敵艦の画像を最大望遠で捉えたコレットは、噴煙を目にして口にした。アントニー機が敵機と交戦中であることは確認しているので、事故でもない限りニコルの攻撃に違いない。
 だが、敵艦の動きを見る限り、致命傷では無いらしかった。一方、後方カメラに映るヘーゼル・グラウスは、艦体から盛大な炎を上げている。
養母かあさん……。みんな……)
 ヘーゼル・グラウスからの信号は健在。他ならぬハリエットから「気にすることのほどじゃ無いよ」との通信を受け取ったばかりなので、こちらもまだ大丈夫なのだろうが、長年馴れ親しんだ母艦いえだ。心配するなという方が無理だった。
 とは言え、コアファイター一機が戻ったところで何ができるわけでも無い。
 後方カメラの映像を切って、大きく深呼吸するコレット。今はアントニーおやじとニコルの支援に専念しよう。それがひいてはヘーゼル・グラウスを、家族を助けることに繋がるのだから。
 フットペダルを踏み込むコレットの操作に呼応して、コアファイターが鮮やかな軌跡を描く——。

(とらわれ過ぎたか)
 シーガルの被弾を知って僅かにほぞを噛むツルギ。蛮勇が生んだまぐれであり、二度は無いはず。そう判断するものの、やられた感は否めない。
 再度の対艦攻撃を諦め、ドラッツェの援護に戻ろうとする“ズサッツェ”の動きを、忌々しげに追う。そして、それに呼応して機動を変えるドラッツェを正面に捉える。
「……中途半端な機体のくせして。海賊風情が!」
 そう吐き捨てて、ツルギはドラッツェに突進した。マシンガンの応射をシールドで受けつつ、ブースターに取り付く。
「しまった⁈」
「この状態では反撃できまい!」
 シールドを切り離し、逆手でサーベルを抜くノーチラス・ワン。
養父おやじ!」
 ようやく戦域にたどり着いたコアファイターのコクピットで、コレットが悲鳴に似た声を上げる。ドラッツェと敵機が近すぎて、コアファイターの武器では援護もできない。
 と、その時だった。
「させるかぁぁぁっ‼︎」
 横合いからニコルの“ズサッツェ”が飛び込んできた。振り下ろされるサーベルを肩口で強引に押し出す。狙いをそれたサーベルは“ズサッツェ”の右腕を肩ごと斬り落としながら、ノーチラス・ワンの手を離れた。
「うわぁぁぁっ!」
「なんだと!」
「ニコル‼︎」
 スパークを散らしながらきりもみ状態で彼方へ弾かれる“ズサッツェ”。バランスを崩す敵機の隙を逃さず、乗機を加速させるアントニー。コレットの放ったミサイルがノーチラス・ワンを直撃し、その衝撃でドラッツェのブースターが脱落する。仰け反り離れる敵機を後に、不規則な軌道を描くブースターは、シーガルに向かって落ちていく。
「高速飛翔体、急速に近付く。避けられません!」
 ハルカがそう告げた直後、ブースターはシーガルの甲板を貫いていた。
「直撃だと⁈」
 激しい振動に動揺するカルヴァン。
「このままでは“ホリー”が失われてしまう……!」
 研究対象を失うことほど、彼にとって怖いことはなかった。情動に突き動かされるまま、カルヴァンは“ホリー”を収めたユニットを実験機に抱えさせる。そして、力任せにそれを台座から引き剥がした。
「自律航法システムとのリンクロスト! 火器類も使用不能‼︎」
「……愚かな」
 事の次第を即座に理解したウォードは、口元に嘲笑を浮かべた。母艦の不調を知って戻るエゴン機の背中を視界の端に捉えつつ、十八年にも及んだレイモンド・ウォードとしての日々を思う。
 つくづくろくでもない歳月を過ごしたものだ。あの痛恨事さえなければ、ジャガー少佐のために用意された身分を名乗り、カルヴァンの下で働くことも無かったろう。そして、後悔と焦燥の狭間で擦り減ることも。
「案の定の結果になったわね」
 モビルスーツデッキのクレメンス・ワーナーから、直通通話が入る。彼女の計画があればこそ、自分はここまで耐え忍んできた。
「ゆりかごは全て異常なし。戦闘開始の直前にメールが入っていたわ」
「そうか」
「凌そう?」
「アントニーの相手は、エゴンには荷が重いでしょう」
 メリル・ハントの応えは迂遠なようでいて、ストレートだった。
「いよいよ清算の時、と言ったところかしら」
「巻き込んで済まなかった」
「いえ」
 幾分疲れを醸し出しながらも、穏やかな表情で返すワーナー女史。
「これはあの子を道具にしてしまった私の、せめてもの償い。あなたが気にすることじゃないわ」
 激震に膝をつく実験機の手からユニットが落ちる。ひしゃげるフレーム。慌てて乗機に抱え上げさせるカルヴァンは、その隙間から覗くものを見て目を剥いた。
「これは……! AIモデル⁉︎ まさか!」
 デッキに佇むワーナーをモニター越しに見やるカルヴァン。そんな彼を見つめる彼女は、静かに冷ややかな視線を送る。
「敵機、突進してきます!」
 爆散するエゴン機にハルカが悲鳴をあげる。ウォレスが腰を浮かす。正面に迫るドラッツェ。
「やってくれ、アントニー。因縁を断ち切るために」
「メリル……」
 激痛に朦朧としながらドラッツェを操るアントニーは、旧友の名を口にした。全ての責を背負って、孤独な戦いに身を投じた戦友。その苦しみを断てるのは、もはや自分しかいない。
「——風前の灯火でも送ることはできる。共に逝こう」
 シーガルのブリッジにドラッツェが突入し、湧き上がる爆光が艦体を包み込む。コレットの絶望は、散りゆくシーガルと共に、星の海へと広がって行った。

 気がつくと、コレットは狭い操舵室に横たわっていた。横を向くと、サッカーボール柄と赤い耳付きの二体の球体ロボが、忙しげに瞳を明滅させている。
 慌てて上体を起こすコレットを、見知らぬ女性とケビン・コロノフが笑顔で迎えた。
「良かった。体はなんともなさそうね」
「助けるのが遅れて済まなかった」
「ケビンさん……?」
 ぼんやりと口にするコレットの脳裏に、少し前の記憶がフラッシュバックする。爆散するドラッツェ、彼方へ弾かれる“ズサッツェ”。絶望にコントロールを失うコアファイター……。
養父おやじ! ニコル!」
 慌てて立ち上がるコレットに、コロノフは静かに首を横に振った。
「そんな……!」
 うなだれるコレットの両目から零れる涙が水滴となって、宙を漂う。悲しむのもつかの間、身を翻す彼女の腕をコロノフが掴んだ。
「離して! ニコルを探しに行かせて!」
「無茶だ。なんの手がかりもないのに」
「でも!」
 なおも行こうとするコレットに、コロノフはもう一度、首を横に振ってみせた。
「そんな……!」
 崩れ落ちそうになるコレットを、それまで少し離れたところで見守っていた女性が支える。涙顔を上げるコレットに、
「大丈夫。方法はあるわ」
 そう微笑んでコロノフを向くのだった。
「でしょ? ティレル」
「カチュア……?」
「戦うばかりがマシンじゃない。使い方次第で人を救うことだってできる。ティレルの口癖よね」
 にっこりと続ける彼女——カチュア・コーウェルをきょとんと見つめるケビン・コロノフ、いや、ティレル・ウェインは、やがて盛大なため息をついた。根負けしたように頭を掻き毟ると、懐から取り出したカチューシャのようなものを広げ、コレットの頭にはめる。
「これ……?」
「いいから、そのままメットを被って。弟を探しに行くんだろう?」
 スワローテール号の後部甲板、船名の由来でもあるツバメの尾羽を思わせる長い張り出しの間に、コアファイターは係留されていた。
「これでよし、と」
 先にコクピットに座ってコンソールを操作していたティレルは、そう言ってコレットに席を譲った。座った瞬間、心が宙に浮くような、不思議な感覚を覚える。
「僕の認識状態を継続するよう設定変えたから、しばらく違和感あるかも。でも、君ならきっと、遠からず自分のものにできるよ」
「……?」
 首を傾げるコレットに笑って見せると、
「今から舫いを解く。船を離れたところで、ニコル君の姿を心の中で思い描いて。そうすれば、この子は君の想いに応えてくれるはずだよ」
 そう続けて、彼はキャノピーを閉じた。カチュアに球体ロボ達も加わって、コアファイターを繋ぐワイヤーを手早く外して行く。
 ふわりと自由を得るコアファイター。親指を立てて合図を送るカチュアに促され、コレットはそろりと機体を前進させた。そうしてティレルに言われたように、弟の姿を思い描く。胸の前で手を組み、強く、強く……。
「これで良かったのか?」
「探しに行けない辛さはよく分かるから。出来ることがあるならやらせてあげたいじゃない?」
 ティレルの問いにそう答えて、遠くを見つめるカチュア。十六年前のティターンズの反乱で、生まれ故郷の18バンチと両親、そして弟を失った彼女は、しばし無言で目を伏せると、ティレルを向いて言う。
「私はケビンを迎えに行ってあげられなかった。そのための力も道具もなかったから仕方のないことだけれど、でも、悔やむ気持ちは今も消えずに残ってる。だから、少しでもあの子の力になれれば、それもいくらか和らぐ気がするんだ」
「カチュア……」
 コアファイターのエンジンに火が灯る。加速する機体を見送りながら、彼女は誰ともなしに言った。
「見つけられるかな?」
「さあねぇ」
 律儀に応えるティレルは、だが、ほどなく口にする。
「見つけたみたいだ」
 星の瞬く一角を目指して、迷うことなく飛んで行くコアファイター。スラスターの軌跡が、漆黒の宇宙に鮮やかな弧を描いた。

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