星のまたたく宇宙に
作:澄川 櫂
第八章 接触
『では、良い航海を』
「ありがとよ。少尉さん達も気をつけてな」
ボブ・ハーヴェイの言葉に右手を挙げて応えると、ネモを筆頭とする三機のモビルスーツは、シールドに大きく刻まれた地球連邦軍の軍章を煌めかせながら、後方へと去っていった。いずれも、サイド5に駐留する部隊の機体である。
哨戒任務の帰路にあった彼らは、単独で航行する民間輸送船の安全を心配して、推進剤が保つ限りのエスコートを申し出てくれたのだった。何でもこの付近では、数日前に所属不明機との戦闘があったばかりなのだという。息子のネッドと同年代と思しき若い少尉は、ひとしきり臨検を終えると、そう言ってこのオンボロ船の護衛に付いた。
恐らくエゥーゴの出身なのだろう。ボブは思った。「まだまだ物騒な世の中ですよ」と真に二人の身を案じる様子からは、彼が若いことを差し引いても、軍人らしさがあまり感じられなかった。人の良い警察官と言った方がしっくり来る。
それで、ボブは彼らの申し出を有り難く受け入れたのだった。いくら護衛と言っても、監視に近いようなものは願い下げである。が、案の定というか、時折ネッドと無線越しに談笑する彼らのそれは、受ける側にとって非常に心地良いものであった。
「気の良い連中だったじゃないか」
遠ざかる光点を見やって言うと、隣に座るネッドは「ああ」と一つ頷いた。あれだけ談笑していたにもかかわらず、あまりにも気のない返事だったので、何事かと訝しく思うボブ。が、程なくその理由に思い当たって、呆れたように口を開いた。
「結果をバラされたこと、まだ根に持ってるのか?」
サッカー・スターリーグ二位攻防戦のことだ。家業の都合でスタジアム観戦の夢を断たれた彼は、家に帰って録画したビデオを見るのを楽しみにしていた。寄港したフォン・ブラウンでも、普段は真っ先につけるスポーツニュースはもちろん、TVそのものにすら目を向けなかったほどである。
ところが、ひょんなところから、ネッドは試合の結果を知ることになった。先ほどの少尉さんである。何ともなしにスポーツの話題になり、バーセルが勝ったことを知らされたネッドは、目に見えてしょんぼりした。もちろん、何も知らない少尉に悪気があるはずもないのだが、その話題以降のネッドは、どこか会話を避ける風であった。故の言葉なのだが……。
「……そんなんじゃねぇよ」
窓の外に目を向けたまま、ぽつんと答えるネッドは、それでもはっきり否定するのだった。
いくらニュースを見てないと言っても、敵チームの本拠地に行けば嫌でも伝わって来るというものである。フォン・ブラウンでの買い出しの際、たまたま通りかかったスポーツバーに集う人々の雰囲気から、ネッドはだいたいの察しをつけていた。もちろん、楽しみは半減してしまったが、純粋にプレーを見るのが好きな彼にとって、結果を知らされたこと自体は、さほど不機嫌になる要因ではない。
この時、彼を憂鬱にさせていたのは、今し方分かれた部隊とは別の、いかにも軍人然とした人間のことであった。
「いや、あいつら、やっぱサイド2に向かったのかな、て思ってさ……」
「あいつら?」
息子の言に首を傾げるボブだったが、
「ああ、来るときに出会った奴らのことか」
思い出すや否や、こちらも不機嫌そうな顔になる。
サイド2から月へと向かう航路の中間を過ぎた辺りで、ハーヴェイ親子の輸送船は、双胴式の輸送艦を従えた軍艦の臨検を受けた。テロリストの探索が目的、とのことであったが、兵士達の船内探査は入念を通り越し、執拗に行われた。立ち会った士官の態度もどこか尊大で、二人の癇に障ったものだ。
だが、それ以上にネッドを苛立たせたのは、臨検した部隊の艦艇そのものだった。
「あれって、ティターンズの専用艦だろ? なんでそんなのが、サイド2に来るんだよ」
「さぁな。ただ、ティターンズったって、元は連邦軍の一部なんだ。同型の艦を使ってても不思議じゃないだろ?」
「けどよ、なにもこんな時期に来なくたって……」
その、どこか恨めしげな言いように、ボブはようやく、息子の苛立つ理由に気付いた。
「……たしか、今日くらいだったな」
一人漏らした言葉に、ネッドが頷く。
18バンチコロニーの数少ない生き残りであるカチュアは、サイド2政庁主催の合同慰霊祭に一度も参加したことがない。その代わり、毎年この時期になると、叔父のマイクに伴われて18バンチを訪れていた。私的な慰霊が目的だが……。
「今年は……?」
そう尋ねると、ネッドは小さく嘆息して首を振った。
「今度もティレルが行くってさ」
「そうか……」
表情を曇らせると、ボブは船外に目をやった。恐らくは同じように見ているであろう、少女のことを思いながら。
漆黒の宇宙の深淵で、明滅を繰り返す無数の星々。生命の輝きにも喩えられるその光景を、息子の幼馴染みである彼女は、いったいどんな気持ちで見つめているのだろうか。
仕事柄、家を離れることが多いボブであるが、曲がりなりにも家族ぐるみの付き合いをしてきた仲だ。事件の日から四年を過ぎ、だいぶ明るさを取り戻したように見えるカチュアの、それでも現実と正面から向き合うことの出来ない心中は、察するにあまりある。
やるせない思いを抱きながら、二人は星々の輝きに紛れて光を放っているに違いない、サイド2のコロニー群に向けて舵を取るのであった。
“河”にぽっかりと開いた大穴をくぐり抜けたティレルは、メッドのキャノピー越しに広がる光景に、毎年のことながら息を呑んだ。
闇の向こうに浮かび上がる、主を失った建物達。メッドと彼らの間には、無数の細かい塵が雪のように舞い、干からびた樹木が一本、根に土を絡ませたままの姿で漂っている。
目に見える範囲の建物は概ね、原形を保っているようであったが、よくよく目を凝らしてみれば、基礎の浮き上がっているものが多く見受けられた。自転することを止めたコロニーは、想像以上に荒れるものらしい。
『……また随分と荒廃が進んだな』
無線機にスワローテール号のマイクの声が伝わった。メッドからリアルタイムで送信される画像を見ながら、ティレルと同じ事に気付いたのだろう。定期的に整備・補修されているにもかかわらず、こういう状態にあると言うことは、実態は相当痛んでいるのだ。
そのことを暗示するかのように、フロントガラスの割れたエレカが数台、右手のビルを浮きながら囲んでいた。
『お前のことだから大丈夫だと思うが、気をつけて行けよ』
「はい」
心配するマイクに短く答えると、ティレルはヘッドライトの明かりを一段強めた。バッテリーの減りは早まるが、事故を起こすよりはマシだろう。もっとも、長時間の作業を行うわけではないから、フル充電のメッドであれば、それで困ることはないはずだ。これで三度目ともなれば、道に迷うこともない。
傍らに置いた花束をちらりと見やると、ティレルは無言でフットペダルを踏み込むのだった。
18バンチコロニーは、先のティターンズの反乱に際して、コロニーレーザー砲による惨禍を直接被った、唯一のコロニーである。直径二百メートル強の横穴を開けられたコロニーは、五百万近い住民と共に、その営みを永遠に停止した。被弾ポイントを逃れた人々は、消滅こそしなかったものの、流出する空気と共に宇宙に投げ出され、数分のうちに息絶えたのである。
傾いた道路標識を巧みに避けながら、ティレルはマイクと共にスワローテール号に待つ、カチュアのことを思った。
この先に建つ慰霊碑を過ぎて左に曲がれば、カチュアの暮らした家はすぐそこである。彼がこうして目にしている光景は、メッドに取り付けられたカメラでもって、スワローテール号にもライブで送信されている。変わり果てた近所の様子を見ながら、カチュアは何を感じているのだろうか。
いや、見ていないかもしれない。そう思い直して、ティレルは表情を曇らせた。過去二回の“墓参り”が、共にそうであったように。
コーウェル家の赤い屋根の家は、見た目には在りし日と変わらぬ姿で建っている。だが、そこにいるべき家族の姿はどこにもなかった。恐らくは外出していたであろうカチュアの家族は、揃って漆黒の宇宙に放り出されてしまったらしい。そのことが、彼女を18バンチから遠ざける要因となった。
公式には死亡と認定されているのだが、家族の遺体すら確認できないカチュアにしてみれば、それは認めがたい話だろう。何しろ家が、そのままの形で残っているのだから。
前庭にメッドを着地させたティレルは、庭に面した窓の一つを覗き込ませるような形で機体を固定した。カチュアが画像を見ていれば酷なことだと思ったが、メッドのヘッドライト以外に光源がないのだから仕方ない。
機外に降りたティレルは、メッドの指の間に花束を差し込むと、まずは片付けをするために、重く閉ざされたコーウェル家の扉を開けた。
部屋中に散った小物を片付けるティレルをモニター越しに見守るマイクは、横目で姪の様子を伺うと、彼女に気付かれぬよう、そっと嘆息した。船外に視線を向けたまま、モニターを見ようとしないカチュア。その瞳は、どこか遠くを見つめている。
(やはり、まだ無理か)
昨年と変わらぬ彼女の様子に、マイクは落胆の色を隠せなかった。ある程度予想していたこととは言え、四年を経てもなお、現実から目をそらし続ける態度に、多少の憤りを覚える。その心の内は痛いほど理解できるが、いつまでも事実を認めないというのは、ある意味、死者を冒涜してはいないだろうか?
カチュアの母親は、彼にとっての妹に当たる。彼もまた、かけがえのない肉親を失ったのである。四年前のあの日、彼が取り乱さなかったのは、たまたま自宅を訪れていた姪の存在があったからだ。カチュアの悲鳴が真っ白に染まりかけた意識を現実世界に引き戻したとき、彼は悲しみを胸の内に秘める決意を固めたのだった。
むろん、その時に全てを飲み込めたわけではない。実感の伴わない喪失感は、時が経つに連れて、徐々にその重みを増していった。遺体が見つからないことへの苛立ち。それは、ひょっとしたら生きているのではないか、という淡い期待とせめぎ合い、精神の平衡を奪おうとする……。
そんな不安定な状態から脱却できたのは、18バンチという現実の遺構を目の当たりにしたからだった。
側面に大きく穿たれた穴。全ての大気を失い、深淵の闇の底に沈む街並み。命あるものの姿は影もなく、ただ、静寂だけが支配する死の世界——。
その光景を直に捉えたとき、彼は妹の死を既定の事実として受け入れたのだった。そして、妹の忘れ形見であるカチュアを引き取り、彼女に代わって育て上げることを誓ったのである。
事実を受け入れなければ、人は、先に進むことは出来ない。いくら拒否したところで、失われたものが戻ってくることはないのだから……。
(生きていくためには、人は先に進まなければならない。だからこそ、現実から目を背けてはいけないんだ。そのことだけは解ってくれ)
船外を見つめるカチュアに向かい、彼は声には出さず呼びかけた。自分の経験から、口で言って理解できることではないと知っているからだ。こればかりは、本人が気付くまで黙って見守るしかない。
だが、無言で星空を見つめるカチュアは、伯父が思うような理由でそうしているのではなかった。
(母さんも父さんも、あそこにはいない……)
18バンチの外壁をちらりと見やって、小さく呟くカチュア。
(もちろんケビンも。だって、みんなはここに、宇宙に眠ってるんだから)
漆黒の闇の彼方で、目まぐるしく明滅を続ける星々の光。カチュアには、それが失った家族からの便りのように思えるのだった。
彼女は昔から、こうして宇宙を眺めるのが好きだった。理由は自分でも分からない。子供心に綺麗と感じたからか。あるいは、一頃抱いていた、パイロットへの憧れからか。
でも、今は違う。カチュアは思った。こうしていれば、いつの日か感じることが出来るかも知れない。この星空のどこかで、自分を見守ってくれているに違いない、家族の魂を。だから宇宙に出て、星を眺めるのが、自分は好きなのだ。
家や街を見たくないのは、家族と住んでいた頃を思い出してしまうから。もう泣かないって決めたのに、涙が出てしまいそうで怖いから……。
だが、そんな思いでいることに、伯父やネッドが気付くことは、たぶん、ないだろう。仮に説明したところで、この気持ちが正しく伝わるとは思えない。
当然である。他人の心を察することは、理解することと同意ではないのだから。当の本人ですら、ときに解らなくなるようなものを、他者が理解できるとは思わない。人の心が正しく解るのは、せいぜい神様くらいなものだろう。
いや、神様にだって解るもんか。カチュアは無言で呟いていた。この気持ちが本当に解るのなら、自分から家族を奪うなんてことは無かったろうに……。
そう続けたカチュアは、ふと、ティレルのことを思った。今の自分と同じ気持ちを、もっと幼い時分に味わったであろう、少年のことを。
ティレルは過去を話さない。少なくとも、彼の口から直接聞いたことは、これまで一度も無かった。
だが、彼女は知っていた。ティレルの過去を。伯父のデスクで見つけた経歴調査票。そこに書かれていた彼の生い立ちは、カチュアの目を惹くには十分であった。
一年戦争の当事国であるジオン、サイド3に生まれ、戦乱の中で両親と生き別れたこと。戦後、サイドを転々としながら、残された唯一の血縁である祖母を看取ったこと。普段はそれと感じさせないが、ティレルもまた、自分と同じような体験を経てきたのである。
(そういえば)
不意にカチュアは思い出した。あれは確か、ティレルが来て間もない頃の話だ。非番の日を港の展望ロビーでぼんやりと過ごす、彼の姿を見たことがある。声を掛けようと——結局は掛けられなかったのだが——側に寄ったカチュアは、口を開くより先にぽつんと言われて、面食らったものだ。
——こうやって船を見てるとさ、不思議と落ち着くんだ
展望ガラスの外を向いたまま漏らした言葉は、今思うと、心の奥底から発せられた、彼の偽らざる想いそのものだったような気がする。
眼鏡の奥の黄色い瞳が、何を見ていたのかは分からない。だがカチュアには、今の自分と同じものを見ていたような気がしてならないのだった。
ティレルはどうやって乗り越えてきたんだろう? 普段の彼の様子を思い描きながら、カチュアは思った。
到着することのない両親の船を、来る日も来る日も待っていたであろう、幼少のティレル。その頃の彼はきっと、船を嫌いになったに違いない。面と向かって確かめた訳ではないが、多分そうだろうと思う。なぜなら、他ならぬ自分がそうだったのだから。
カチュアは宇宙で働く機械が好きだった。伯父の職場にちょくちょく遊びに来ていたせいもあるかもしれない。なかでもモビル・ワーカーは一番のお気に入りで、せがんではよく乗せて貰ったものだ。そのうちに操縦の仕方をなんとなく覚え、気付けばライセンスまで取っていたのである。
それが、あの日を境に一変した。宇宙で働く機械の一種である兵器が、家族のいたコロニーを砕いたと知ったとき、見るのも嫌になってしまったのである。残された唯一の肉親である伯父に、当然のように引き取られた彼女は、正直なところ、職場兼用の住居で寝起きする生活が苦痛でならなかった。
そんな状態から立ち直るきっかけとなったのが、ティレルだった。履歴書片手に事務所前に佇む彼と会った瞬間から、カチュアの心は徐々に元の姿を取り戻し始めたのである。弟のケビンとよく似た面影を持つ少年、ティレルと出会ってから。
ケビンと違って眼鏡をかけ、歳も離れているなど、異なるところはたくさんあるのだが、全体の雰囲気というか、そういったものが弟を思わせる。だからカチュアは、ティレルの住み込みでのバイト採用を、半ば強引に決めさせたのだった。
その後の変わり様は、自分でも驚くほどだ。ネッドのサッカー観戦の誘いにも応じるようになったし、なにより、伯父を手伝ってワーカーを操るようになった。もちろん、不意に寂しさが込み上げてくることもあったが、最近ではめっきり少なくなっている。今年こそはあの場所を訪れることが出来るかもしれないと思っていた、カチュアである。
が、あのモビル・スーツとの一件が、彼女を後退させた。キャノピー越しに駆け抜けていったビームの光芒。そこにコロニーレーザーの光を重ねてしまったカチュアは、久しく忘れていた宇宙に溺れる家族の悪夢を思い出してしまった。
先日のサッカー観戦に燃えたのも、結局のところ、それが理由かもしれなかった。少しでも気を紛らわせたかったのだ。
それでも、ふとした瞬間に思い出す、家族との記憶に泣いてしまいそうになるカチュアは、より気合いを入れて応援に励んだ。帰りのシャトルの中でも、顔見知りのサポーター仲間と、勝利の興奮を必要以上に分かち合った。
……結局、あそこに行くのが怖いのだ。18バンチの痛み始めた外壁を見ながら、カチュアは自身の心を顧みた。全てが抜け殻と化したかつての住まい。家族と過ごしたときさえも、幻と思えてしまう光景を目にするのが、とてつもなく恐ろしい。
18バンチを訪れることが、未だ不安定な自分に区切りをつける行為に繋がると言うことは、カチュアにも分かっていた。心配してくれている伯父のためにも、早いところそうしなければと思ってはいる。でも、ダメなのだ。家族の苦しみを夢に見るうちは。
自分なりの心の分析を展開するカチュアは、ふと、このところ様子のおかしかったティレルのことを、不審に感じた。現実をきちんと受け入れていると思えるティレルが、なぜ、あんな表情を見せていたのか。
贔屓のチームの勝利に沸き立つシャトル内で、一人無言のまま、船外の風景を見つめ続けていたティレル。ちらりと目に入った横顔は、何かに耐えるように、口元をきつく結んでいた——。
(……何があったの? ティレル)
その時、カチュアの目は、星空の向こうで起こった異変を確実に捉えていた。驚いた調子でティレルが声を上げたのと寸分違わなかったのは、自分と重ねて想っていたからだろうか。
「ティレル、どうした?」
マイクが無線に呼びかけたとき、スワローテール号の目前には、一つ眼を輝かせる旧式モビルスーツの姿があった。
「なんでっ……」
メッドに乗り込むティレルは、閉まるキャノピー越しに薄桃色のモビルスーツを見ながら、そう口にしていた。ビルの陰から姿を見せたガザと呼ばれる機体が、こちらの様子を伺うようにモノアイを輝かせている。
キャノピーが閉まるや否や、メッドをジャンプさせたティレルは、ガザを正面に捉える形で機を後退させた。機動力がまるで違うので、後ろから追いかけられたら対処のしようがない。だが、予想に反してガザは動こうとはしなかった。
不審に思うティレルだったが、程なく背中にショックを受けて、大きく呻いた。見ると、濃緑に彩られた別のモビルスーツが、メッドの機体を後ろから抱え込むようにして抑えつけている。
「くそ!」
何とか逃れようとメッドを動かすティレル。と、その耳に、パイロットの声が伝わった。
(え……!?)
驚いて顔を上げる彼の様子を、ピンクの一つ眼がじっと見つめていた。特に危害を加えるつもりはないのか、濃緑のモビルスーツは何をするでもなく、メッドを抱えた姿勢のままで佇んでいる。
だがそれも、頭上の“河”の底から閃光が射し込むまでの間だった。そっとメッドを放したモビルスーツは、肩口をチカチカと点滅させると、“河”に向かって去って行く。前方に向かってビームを放つと、飛び散るガラス片を煌めかせながら、漆黒の宇宙へと消えるのだった。
無言で見送ったティレルの視界に、薄桃色のガザの機体がゆっくりと入ってくる。しかしティレルは、それに気を取られることなく、呆然と呟いていた。
「……どうして」
「きゃあっ!?」
「ええいっ!」
揺れるスワローテール号の船内に、カチュアの悲鳴とマイクの怒号が響く。閃光に続いて押し寄せる、無数の金属片。それは彼らに接触した、ジオン残党と思しき旧式モビルスーツの、断末魔の叫びである。
「……離れてくれたおかげで助かったか」
何とか船体を立て直したマイクは、手早く救難信号を発すると、冷や汗を拭った。
いかにも船内を覗いているといった感じのモビルスーツ——確か、ゲルググとか言ったか——がスワローテール号から離れたのは、現れたときと同様に、唐突だった。今思えば、それは連邦軍機の接近に気付いての行動だったのだろう。軍艦と違い、薄い外装しか持たない民間船の間近で爆発でもすれば、巻き添えにするのは目に見えている。
そういう意味ではまともなパイロットだったのだ。ゲルググが撃たれたときの様子を思い浮かべながら、彼はむしろ、連邦のパイロットに対して腹を立てた。
スワローテール号との距離を出来るだけ取ろうとしたゲルググは、手にしたライフルを構えてすらいなかったのである。位置的にまだ撃っては来まい、そう判断したのだろう。迂闊といえば迂闊だが、民間船への当然の配慮を反故にしかねない、連邦パイロットの処置もどうかと思う。
メッドとの通信が切れていることを知ったマイクは、一つ舌打ちして船外に視線を移した。連邦軍のモビルスーツが、ジグザグに退避行動を取る敵機を追い回すのが見える。素人目に見ても、腕は連邦のパイロットの方が立つようだ。中でも、大きなバックパックを背負った機体の動きはめざましいものがある。
逃げる敵機の鼻先を押さえ込むと、まず一機、次いでもう一機をそれぞれ一撃で仕留めてみせる。横合いから別の、割に動きの良い機体が迫るが、軽くいなしてサーベルを抜く。ややあって、新たな火球が、二つ眼を灯したシルエットを浮かび上がらせていた。
「ガンダム……か?」
こちらに近付いてくる機体を見ながら、マイクはその名を口にした。先日、カチュア達が遭遇したのと同じ機体だろうか。
『損傷の具合はどうか?』
「……航行に支障はないと思う」
接触回線で尋ねてきたパイロットの、高圧的な口調に、思わず眉をひそめるマイクだったが、差し障りない答えを返して話を変える。
「それより、18バンチに降りた作業員との連絡が途切れたままなんだ。出来れば探してもらいたいんだが」
『それについては問題ない』
ガンダムタイプの男は、さらりと言って乗機の腕を動かした。指差す先には、二機の連邦軍機に両腕を抱えられた、薄桃色のモビルスーツ。
その足もとに、黄土色をしたメッドの小さな姿があった。
※本コンテンツは作者個人の私的な二次創作物であり、原著作者のいかなる著作物とも無関係です。