星のまたたく宇宙に

作:澄川 櫂

第十一章 ティレル(前編)

「ようやく切り替わった」
 順々に瞬いて行く蛍光灯の明かりを見上げながら、ティレルは口を開いた。眩しそうに目を細める。
「さっき、ここの発電システムを立ち上げたんだ。もっと早く切り替わるかと思ったけど……。非常用バッテリーだけでも、意外と保つもんだね」
 さほど感心しているとも思えない口調で続ける彼の横顔を、カチュアは無言のままで見つめていた。
 どうしてそんなことを口にするのか分からない、というのもある。だが、それ以上に、天井で淡い光を灯す蛍光灯を仰ぎ見るティレルの、どこか冷めたような表情に戸惑っていた。彼の視線は、青白い輝きの向こうにある、遠い何かを見つめている。
 と、そのティレルが不意に振り向いた。
「どこまで知ってる?」
「え?」
「僕のこと。経歴調査票、見たことあるんでしょ?」
「え、えっと。うん。それは……」
 急に問われて、わけもなく慌てるカチュア。それをどう捉えたのか、
「大丈夫、アクセス履歴は消しておいたから」
 ティレルが淡々と言い添える。黙って伯父のパソコンに触れたのは事実だったから、あながち間違いでもないのだが、そこまで意識があってのことではない。まさか向こうから尋ねられるとは思ってもみなかったのだ。
 大きく息を吐いて気を落ち着かせると、カチュアは正直に話した。経歴調査票に記されたティレルの過去を諳んずる。
「74年生まれのサイド3出身。79年のジオン独立戦争でご両親と死に別れた後、お祖母ちゃんと二人でサイド2に移住。そのお祖母ちゃんも、五年くらい前に亡くなって……」
 そこまで言ったところで口を噤んだのは、ティレルがいつになく冷ややかな目をしていたからだった。まるで他人事のように。
 逡巡するカチュアの理由に気付いたのか、口元に自嘲とも取れる笑みを小さく浮かべると、ティレルは言った。
「僕がサイド3生まれなのは事実。父ちゃんと母ちゃんが戦争で死んだのも本当のこと。でも——」
 再び遠い視線を虚空に向ける。
「婆ちゃんのことは嘘。だって僕は、婆ちゃんにすごい嫌われてたし、だいたい僕はあの人に捨てられて、施設に入ったんだから」
「えっ……」
「“ウェイン”は僕を養子にした軍のお偉いさんの名字なんだ。終戦間際に死んじゃったから、顔もほとんど覚えてないんだけど、その人のおかげで、僕はアクシズに行くことになって……」
 こうしてティレルは、カチュアに向かって初めて、自身の過去を語り始めるのだった。

 ティレルは、軍属の父と民間の技術員だった母との間に生まれた。彼の記憶に残る限り、父と母の愛情は確かなものだったが、籍は入れていなかったという。今となっては、確かな理由は分からない。
 後に知ったことだが、父の家系はサイド3ではそれなりの名家だったらしい。祖母——父の母——のティレルに対する接し方を見る限り、どうもそのあたりに原因があったようである。
 まだ幼かったこともあって、ティレルが覚えている両親との思い出は、ひどく断片的なものだ。父の日に描いた似顔絵を褒めちぎって、ちくちくする無精髭を頬にすり寄せた父。誕生日にもらったペットロボットに大はしゃぎする息子を宥めながら、名前を登録してくれた母。近くの公園で敷物を広げたピクニックのランチは、格段に美味しかった。
 だが、もっとも強く印象に残っているのは、母との別れの光景である。銃を背負った憲兵に、半ば引きずられるようにして連れ去られる母を、泣き叫びながら見送ったあの日。嘲笑混じりに見つめる祖母に対し、幼心に憎しみを抱いたことを覚えている。
 父と母が連邦への亡命を考えていたのは、あながち嘘でもなかったらしい。が、そのために何か具体的な行動を起こしたわけではなかったようだ。にもかかわらず、祖母はティレルの母憎さに当局へ通報し、結果として、両親は共に戦場の最前線へと送り込まれた。
 祖母に身柄の引き受けを拒絶されたティレルは、軍管轄の養護施設に放り込まれた。そこで両親が「船に乗って仕事に出かけた」と教えられた彼は、毎日のように港へと通ったものである。
 両親の帰りを待ち侘びていた彼の元に、相次いで戦死の報がもたらされたのは、戦局が連邦に傾きかけた頃のことだ。使者の言葉を神妙な面持ちで聞き入るティレルの姿は大々的に報じられ、戦意高揚のために利用された。そして、それと前後するように、彼はウェイン家に引き取られたのだった。
 養子の件は、一見すると単なる人気取りのようにも思えるが、今はもう顔も定かでない養父は、意外にも、彼の行く末を真に案じてくれていたようである。終戦の時点でグラナダに住んでいたティレルは、アクシズへと逃亡する艦隊に招き入れられた。ア・バオア・クーへの増援の任に就いていた養父が、そのように取り計らったのだという。
 逃亡艦隊への民間人の乗船は、ごく狭い範囲に限られていた。その一点をもってしても、独身だった養父の彼に対する心遣いが察せられる。
 が、そんな養父も、逃亡艦隊の後衛を務めた末に戦死した。再び孤児院預かりの身となった彼に、心を許せる人間などいるはずもなく、ただ孤独な毎日が過ぎていった。ゲームセンターに入り浸り、ひたすらシューティングゲームをやり込んだのも、その孤独を紛らわしたいがためだった。そして、それが彼の転機へと繋がったのである。
「どうしてかは知らないけど、ある日、軍の人がやってきて、僕はパイロットをやることになった。最初はとても不安だったけど、でも、隊のみんながいい人達ばかりだったから、そのうちに訓練も楽しめるようになった。誕生日には盛大なパーティを催してくれたし、普段も家族みたいに接してくれて……。だから僕も、みんなの役に立ちたい、みんなを守りたいって、本気で思ったんだ」
 独り言のように、淡々と語るティレル。
 全てが不足していたアクシズは、身寄りのない子供が一人で暮らして行くにはあまりに過酷な環境だった。それなりの高級将校だったらしい養父の威光も、死んでしまってはさしたる効果を生むわけもなく、無駄飯食いのお荷物でしかなくなった彼に与えられたもの言えば、満十二歳までの施設入居権くらいなもの。「資質がある」という理由で早すぎる入隊を持ちかけたスカウトマンの誘いは、そういう意味では、まさに渡りに船だったのである。
 否応なしにパイロットとしての訓練を受けることになったティレルだったが、結果として、それがいい方向に働いた。
 様々な理由により、歴戦の勇士の大半を欠いたアクシズ軍は、学徒上がりの兵士が中核を為す未熟な組織であり、表向きはともかく、内実はどこかクラブ活動的な気易さがあった。飛び抜けて最年少の部類に属するティレルは、それだけで人気者たり得たのである。
 彼のために設立されたと言っても良いN37特機中隊は、特にその傾向が強かったようだ。隊長の人柄もあったのだろうが、決して特別視することなく、一人の仲間として扱う姿勢に家族的な暖かさを感じた時、ティレルもまた、中隊を特別の存在として捉え始めたのだった。
 年甲斐もなくスコアを競う隊長に、連戦連勝して得意満々だった日々。シャワールームでの裸の付き合い。出航間際に催された彼の誕生会では、普段は気難しい表情ばかりが目につく技師長までが、陽気な踊りを披露してくれたものだ。
 だが、そんな楽しい日々も、長くは続かなかった。実戦テストの締めくくりとして、艦隊規模の作戦に参加することになったN37特機中隊は、その移動の最中にティターンズ艦隊と遭遇したのである。
「ティターンズの待ち伏せにあった僕らは、不意を突かれて防戦するのがやっとだった。後半に入って、少しは敵艦に打撃を与えたらしいけど、僕が脱出したすぐ後に、乗っていたふねは沈んじゃった。……結局僕は、みんなに守られてばかりで、何も出来なかったんだ」
 遠く過去を見つめるティレルの瞳が、微かに揺れる。

 ——どこで嗅ぎつけたか知らんが、連中もお前のことを高く買ってるらしいな

 装甲越しに伝わる振動。メインスクリーン一杯に広がる右手で彼の機体の鼻面を押さえるガザCが、ビリー隊長の声で言う。軽口めいてはいるものの、普段とはどこか異なる声の調子に、我知らず操縦桿を握り締めるティレル。サブウィンドウに映る中尉の横顔を見つめる胸の内は、不安で一杯だった。
 彼らの乗る機動巡洋艦“スヴァローグ”は、圧倒的な劣勢下にありながら、なぜか致命的損傷だけは免れていた。恐らくはそのあたりから敵の意図を読み取ったのだろう。戦闘の最中にわざわざ艦へと戻りながら、補給を受けるでもない隊長の次なる行動は、火を見るより明らかである。
「……いやだ」
 震える唇から漏れる呟きは、だが、
『ウェイン曹長に命ずる!』
 有無を言わさぬ中尉の言葉に掻き消されていた。
『コンピュータの指示に従って機体を所定のポイントに秘匿した後、手近なコロニーに潜伏。以後、我が隊の接触あるまで待機せよ。必要なものは、先程積んだトランクに全て入っている。これは命令だ。分かるな?』
「……はい」
 命令と言われては、そう答えるしかない。しゅんと項垂れるティレルに、ややあってから、ビリー隊長は言葉を続けた。振動が一つ、静かに機体を揺らしてゆく。
『……なあ、ティレル』
 命を下した時とは打って変わって穏やかな、どこか宥めるような響きの声。
『誰がなんと言おうと、お前の人生はお前のものだ。機体を無事に隠し終えたら、後はお前の本当にやりたいことをやれ。こんなことは忘れてな』
「え……?」
『自分で考え、自分の判断で行動するんだ。できるな?』
 ティレルが何を言うよりも早く、副長エディ・ロウ中尉の名を呼ぶ声が響く。カタパルト始動。彼の機体が勢い良く射出される。
 一瞬のGに耐えて振り向くティレル。戦闘に復帰するビリー機の向こうで、茶褐色の船体が火花を散らす——。

 硬いスチールベッドに腰を下ろす男は、薄汚れた床越しに、遠ざかる機体の光跡を見つめていた。次いで、足下に沸き上がる炎。左舷メガ粒子砲への直撃だ。

 ——エディ!

 ブリッジに向けて張り上げる自分の声が、どこか遠くに響く。

 ——お前達が離脱するくらいの時間は稼いでみせる。行けっ。

 サブウィンドウで親指を立てる同僚の声も、今はどこか遠い……。
 ガチャン。電子ロックの解除される音と共に、その意識は現実世界へと引き戻される。白昼夢を掻き消す黒の革靴に急かされて、彼は顔を上げた。眼鏡をかけた背広姿の男が、複雑な表情で彼を見下ろしている。
「……今更、何の用だ?」
 彼——ビリー・ラズウェルは、無精髭混じりの口元に自虐的な笑みを浮かべると、攻撃的な口調で言った。

 重巡洋艦ガリレオⅡを発ったバーザムは、左腕の具合を確かめながら円を描くと、並進するイグニス・ファタスへのアプローチに入った。ガイドビーコンのいざないが断続的に響き始めるのと同時に、誘導灯の明かりがカタパルトデッキを彩るのが見える。
 計器類に異常のないことを確認したイリアス少尉は、機体制御モードをプログラムオートに切り替えた。操縦桿に軽く手を添えると、我知らず舌を打つ。着艦の衝撃に合わせるかのように、その額に皺を寄せた。
 半日前の戦闘で、彼の機体は左腕を肩口より失った。賊に奪われた機体を取り押さえようとして、返り討ちにあったのだ。
 それは一瞬の出来事だった。ライフルで牽制しつつ、左手でサーベルを抜いて距離を詰めた彼の機体は、逃亡するバーザムの首筋に刃を突き付ける寸前で、左腕を切り落とされた。切っ先三寸で身を翻すバーザムは、再び彼を向くまでの僅かな間にライフルを持ち替えると、空いた右手にサーベルを握り締めて振り下ろしたのである。
 彼の足下を抜けて加速するバーザムが、左手にしたライフルで僚機の頭部を撃ち抜く。慌ててライフルを構えさせるイリアスは、それが中程から切断されているのを知って愕然となった。まさか、先にサーベルを抜いていたとでも言うのか?
 撃墜するつもりがなかったから、というのは、この際、言い訳にはならなかった。なぜなら、逃亡したバーザムの動きを見れば、相手もまた、その意志を持たなかったことは明白だからだ。そして、機体を操っていたのが、まだ子供と呼んでも差し支えない若造だったことが、彼のプライドをずたずたに引き裂いていた。
「チッ……。あれが強化人間か」
 忌々しげに漏らすと、イリアスは機体をメンテナンスベッド上に立たせた。左手の指の動きを再度確認して、取り付くメカマンにコクピットを明け渡す。
 ヘルメットを脱ぎながらデッキに向かって流れるイリアスは、そこにジーベルト少佐の姿を認めて、にわかに姿勢を正した。コンペイ島でくすぶっていた彼を引き抜いた、恩ある上官だ。
「スペアがあって良かったな」
 隻眼に微笑を湛えながら、少佐が先に口を開いた。どこか揶揄するような響きに、イリアスの顔色が曇る。
「申し訳ありません。油断しました」
「気にするな」
 恐縮する彼に向かって言うと、
「我々の探していた相手だ。そのくらいの腕がなくては困る」
 少佐はそう続けて、口元に笑みを浮かべた。その愉快げな表情が意味するところは分からなかったが、イリアスはバーザムを奪った少年の顔を思い描いてみた。
 一見して、大人しそうな印象しか受けなかった少年、ティレル・ウェイン。その風貌は、彼を破った見事な操縦ぶりとにわかには結びつかない。
 彼は小さく息を吐いた。
「……来ますかね?」
「来るな。聞くところによれば、随分と仲間思いのようだし。それに……」
「それに?」
「ああ見えても好戦的だよ、彼は。我々と同類だ」
 そうだろうか?
 少佐の言葉を疑問に思うイリアスだったが、それ以上は続けず、別のことを訊いた。結局のところ、これ以上プライドを傷つけられるのを嫌ったのだ。
「ところで少佐」
「ん?」
「カルノー大尉ですが、よろしいのですか? 例の捕虜と頻繁に会わせてしまって」
 例の捕虜というのは、民間輸送船“レッドアロー”号の船長、ビリー・ラズウェルのことである。カルノー大尉の経歴と元アクシズ中尉というラズウェルの正体を思えば、会わせるのはあまり得策とは思えない。
「八年だ」
「……は?」
「敵軍の中に忍んで八年、だよ」
 とっさに意味を測りかねたイリアスに、少佐は言葉を補うと、口元に冷笑を浮かべる。
「ほとんど忘れ去られていながら、それでも連邦への忠節を尽くした人間が、よもや私情を挟むことはあるまい?」
「それは、まあ、そうでしょうが……」
 その言には、イリアスも頷かざるを得なかった。カルノーがその瞳に時折浮かべる鋭い光。あれは、何らかの信念を持つ者に特有の目だ。
 ティターンズとエゥーゴの抗争が激化していた頃、彼の同僚の中には、中立を標榜したコンペイ島首脳部の意に反して、いずれかの陣営に身を投じる者がいた。自身の信念に基づき、同調者を募る者も多かったが、そんな彼らの眼差しに通じるものを、カルノーは感じさせるのである。
 敵中で八年を忍ぶというのは、並の人間に務まることではない。その上で連邦軍への復帰を果たしたのだから、カルノーはまさしく信念の人と言える。
 だが、とイリアスは思うのだった。カルノーのそれは、果たして思想的なものなのだろうか、と。確たる証拠があるわけではないが、信念に殉じた人間を知る彼の目から見ると、どこか違う気がするのだ。
 漠然とではあるものの、故に、不安と感じるのであった。
「ま、釘は刺しておくかな」
 イリアスの表情から言わんとするところを読み取ったのか、ジーベルトは軽く応えて身を翻した。が、ふと思い出したように足を止めると、イリアスを手招いて小声で命じる。
「ガザ、動くようにしておけよ」
「……では?」
「最悪、彼が来ないようであれば仕方ない。奴に働いてもらう。合理性の裏付けには弱いが、クライアントの要望には一応、応えられるだろうからな」
 事も無げに言って、眼帯に覆われていない右眼をイリアスに向けると、
「もっとも、そちらはついでだ。我々の目的はあくまでも」
「敵、特殊兵装の実戦評価」
「そういうことだ」
 部下の反応に満足げな笑みを浮かべるジーベルトは、言いながら床を蹴った。
「なんとしても彼を引きずり出す。そのための手段は問わない。が、くれぐれも、奴の使いどころだけは間違えるな?」
「ハッ。少佐、出来れば自分も、もう一度手合わせしたいのですが……」
「機会があれば好きにすればいいさ」
「了解であります」
 踵を揃えて見送るイリアスの口元にも、僅かながら笑みが浮かんでいた。好きにやる。それは、彼の所属する部隊がモットーとするところだ。少佐はその言葉を違えない。
(強化人間であろうが、小僧如きに負けたままではな)
 静かな闘志を燃やすイリアス。「面白味に欠ける」と評したサイド2守備隊のクラフトが知らない顔が、そこにはあった。

 旧友ビリー・ラズウェルの攻撃的な視線を存分に受け止めたカルノーは、一つまぶたを閉じてそれを流すと、懐に手をやった。
「こいつを返しておこうと思ってな」
 言って、取りだした手帳をベッドに向かって放りやる。古びたそれを目にするや、ラズウェルの表情が変わる。
「それは……!?」
「船で見つけた。大事なものなのだろう?」
 淡々と告げるカルノーに、彼は苛立ちを隠せなかった。ギリッ。奥歯を噛む音が響く。
「中は……読んだのか?」
「ああ。それが仕事だからな」
「その上でこれか!? エディ!」
 怒りを爆発させるラズウェルは、かつてエディ・ロウと名乗っていた男の胸ぐらに掴みかかろうとして、逆にスチールベッドに叩き付けられた。右手の手錠を恨めしく見やる。
 ベッドの欄干に結ばれた鎖は、立ち上がっても苦にならないほどの余裕があったが、この憎らしい男は、ぎりぎり届かないところに立ち位置を定めたらしい。忌々しい限りだ。
 物音に驚いたらしい警備兵が、小銃を構えながら飛び込んでくる。カルノーはそれを手で制すと、静かに口を開いた。
「お仲間のことは残念だったと思っている。なればこそ、ご協力願いたいのだがな」
「誰が……!」
 悪態をつくラズウェルに、思い出したようにフッと笑う。
「そうだな。私から頼めた義理ではないか」
 半ば自嘲気味に言い捨てて、背を向けるカルノー。ラズウェルが顔を上げたときには、その姿は扉の向こうへと消えている……。

「どうだ? 大尉」
「さすがに口が堅い。そう易々とは教えてくれないでしょう」
 懲罰区画を抜け、居住ブロックへと続くリフト・グリップに揺られるカルノーは、不意に姿を見せたジーベルトに訝しげな表情を作るでもなく答えた。
「元同僚としては誇らしい、とでも言いたげだな」
「そう聞こえましたか?」
「聞こえたな。大方、目的地を告げずに艦を去った彼のことも、そのように思っているのだろう?」
 先程のカルノーの言に、僅かながら賞賛の響きを感じ取ったのだろう。にわかに追及の手を強めるジーベルトだったが、休憩ブースに降り立つスーツ姿の大尉は、自販機に手を伸ばしながら事も無げに言う。
「まさか。私はただ、与えられた任務を全うするだけです」
「と言うことは、取るに足らないと思ったときには、墜してしまって構わないのだな?」
「捕縛しろとの厳命は、受けていません」
「……どうにも解らんな」
 ドリンクチューブに口をつけるカルノーを見やりながら、ジーベルトは顔をしかめた。
「あの社長を早々に解放したことと言い、実際のところ、貴様は何が目的なんだ?」
 自販機を背にする彼の横に右手を突くと、畳み掛けるように問いを重ねる。
「姪をさらわれた元ジオンの工作員に温情を掛けるような人間が、敵とはいえ、かつて同じ釜の飯を食った仲間を葬って平然としていられる。単に任務である以上の、相応の理由があると見たが?」
 が、冷ややかな顔でジーベルトを見返すカルノーは、その問いには答えず、逆に彼に向かって尋ねるのだった。
「知ってどうします?」
「……何?」
「見たところ、少佐殿には明確な目的がおありだ。私のつもりを知ったところで、それは揺るぎないものなのでしょう?」
「……。まあな」
「であれば、別段、知っておく必要もありますまい。雑念は、円滑な任務遂行を妨げる以外の効能を持ちませんからな」
 眼鏡の奥に揶揄する光を湛えるカルノーは、顔脇に突き出されたジーベルトの右腕をやんわりとどかすと、一気に飲み干したドリンクの容器をダストボックスへと放り込んだ。
「もっとも、小官の目的など、すぐに分かりますよ。では」

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