星のまたたく宇宙に
作:澄川 櫂
第十四章 少女の声
——ほら、簡単だったじゃない。
踊るような少女の声が、軽やかにティレルの脳裏に響く。
(……誰?)
呆然と問いかける自身の声は、だが、どこか遠くに感じる。黒い軍艦の沈み行く様が、うっすらと靄のかかる視界に融けて消え、替わって二つ眼を備えたマシーンの姿が鮮明に浮かび上がる。
〈さあ、今度はこいつよ〉
少女の声に促され、グリップを握り直すティレル。ダメだ。心のずっと奥の方にいる自分がそう言ったようだったが、彼の体は、自身の声に耳を傾けることはなかった。
〈大丈夫、あなたになら簡単にやっつけられるわ〉
少女が背中を押すと同時に、グリップを握る彼の手は、カノン砲のトリガーを押し込んでいた——。
「ティレル……なのか?」
最大望遠で捉えたガニメデⅡの沈む様子に、クラフトは思わず口にしていた。にわかに信じられることではないが、付近にそれを成し得た機体が見当たらない以上、後方に遊弋する艦艇の沈む理由が他に思い付かない。
「ん……?」
撮った映像をカージガンに送信しつつ、何気なくディアスの向きを変えるクラフト。と、その視線が飛び交うビームの輝きを見つけ、釘付けとなる。
漆黒の宇宙を、縦横無尽に駆ける光跡。
「あの武器は……?」
「おお……!」
カージガンのブリッジにどよめきが走る。クラフト機から送られてきた映像が、画像補整の上でスクリーンに映し出されていた。
アレキサンドリア級の船体が、エンジン付近から沸き上がった炎に飲まれて砕けて行く。その半分はコンピュータ・グラフィックによって合成されたものだったが、見上げるカチュアに“戦争”という単語を連想させるには十分過ぎるほど、生々しい映像だった。
「間違いないんだな?」
「はっ!」
ガートナー艦長の問いに、オペレーターが答える。
「ガニメデⅡの識別信号、消失しています。イグニス・ファタスも被弾した模様」
「……あれがやったのか?」
サブ・モニターに映る今一つの映像を見やって、ガートナーは誰ともなしに言った。
クラフト機から中継されるその画面には、連邦軍機と交戦する、一機の所属不明機が捉えられていた。小型のモビル・アーマーとおぼしき赤い機体は、ビーム砲火を幾重にも従えながら、ガンダム・タイプを翻弄する。
(ティレル……)
補正のかからない映像はだいぶ荒かったが、カチュアには、それが彼との別れ際に見た機体と同じものだと判った。それだけに戸惑いも大きい。
ためらう素振りもなく淡々と、いや、見ようによってはリズミカルに、ビームの光芒を指揮する三角形の機体。無慈悲そのものとも思える挙動は、彼女の知るティレルが動かしているものとは、到底思えなかった。
吸い込まれそうなくらいに空虚で、鳥肌がそばだつほど冷え行く感覚——。
(この感じ……何?)
思わず身震いするカチュアは、それが18バンチの惨状を初めて目にしたときに感じた感覚であると気付いてしまった。
そう、そこにティレルの存在が感じられないのだ。別れ際に見た機体のモノアイには、彼の決意が込められていた。戦艦のビーム砲火に向かってカノンを放った姿には、自分を思いやる意志があった。
だが、今そこに映っている赤い機体からは、ティレルのいかなる思いも伝わってこない。ただ戦うだけのマシーンがいるばかりである。まるで、ティレルが消えてしまったように。
「……ダメ、それ以上は……」
一向に消えやらぬ悪寒に耐えかね、両腕を抱いて蹲るカチュア。だが、カージガンのブリッジクルーは誰一人として、そんな少女の様子を気に留めることはなかった。
事態がさらに動いたのだ。
「232部隊が退き始めただと?」
「はい、パレット中尉はそう言っていますが……」
ヘッドホンを耳に押しつけていた通信士が、新たな入電に振り向いて言う。
「間違いありません。ボティ大尉からも同じ報告が入りました!」
「母艦の援護に戻る、か……?」
ガートナーは思案した。
現在までのところ、サイド2守備隊は232実験部隊から直接の攻撃を受けていない。唯一、イグニス・ファタスが18バンチに向けて発砲した件をもって、サイド2に対する敵対行為と見なすことも出来たが、彼等はそれが例の所属不明機を狙ったものであったと主張することだろう。
理由はよく分からないが、18バンチには大した損傷も見られず、逆に発砲した側の彼等が、艦艇一隻爆沈という大損害を被っている。結果だけ見れば、232実験部隊が独り相撲を演じたようなものだ。
「パレットの隊に追跡させろ」
所属不明機の正体が判らない以上、様子を見るのが正解と判断したガートナーは、部下にそう命じた。可変型モビル・スーツのメタスⅡであれば、状況変化にも対応しやすいだろうとの考えからだ。
「クラフトには引き続き戦闘の監視を。他は現状のまま待機」
「はっ!」
「……さて、どう動いてくる?」
被弾したらしいイグニス・ファタスの映像に向かって、静かに問いかけるガートナー。この時、そのブリッジで新たな騒ぎが生じていようなど、モニター越しに見つめる彼に知り得ることではなかった。
損害状況を報告する声が、スピーカー越しに次々と響く。だが、ブリッジに居合わせた人間で、それに耳を傾ける者はない。緊張がピンと張り詰めた糸となって、彼等を縛り上げている。
完全武装の警護兵が、守るべきブリッジの内側に向けてライフルを構える。腰を浮かす艦長以下のブリッジ・クルー達を、通信士と航法士が拳銃を片手に制す。副長のルースラン少佐もまた、手にした銃を艦長の横腹に突き付けていた。
「……貴様ら、何のつもりだ?」
目を剥くメドヴェーチ艦長が野太い声を絞り出したとき、ダークスーツを着込んだカルノーが警護兵の背後から現れて、言った。
「これが我々の任務ですので」
「何……?」
訝しがる艦長とは対照的に、全て承知しているといった態のルースランが部下を呼ぶ。
「デルボア!」
名を呼ばれた通信士が、電文の写しを手にキャプテンシートに向かう。差し出されたそれをむしり取るようにして受け取ったメドヴェーチは、一読するなり顔色を変えた。
「……バカな!?」
「『イグニス・ファタス艦長、および232実験部隊将校の身柄を拘束。もって事態の沈静化に努めるべし』提督直々のご命令です」
「あぶり出し、というわけですよ」
曹長の後を継いで口を開くカルノー。
「親ティターンズ過激派のね」
眼鏡の奥の瞳に、揶揄するような光がある。それに気付いたメドヴェーチは、わなわなと肩を震わせた。
「……初めから、仕組まれていたとでも言うのか」
「残念です、艦長。コロニーへの砲撃を命じられてしまっては、申し開きのしようもありません」
ルースランの言葉に、彼はようやく、ガニメデⅡが砲撃しなかった理由を知った。彼の命令は、沈んだ僚艦に何一つ伝えられていなかったのである。
「——負の遺産を消せれば良し。失敗しても、人身御供を仕立て上げられれば良し……か。怖い話だな」
警護兵の後ろでそれらのやりとりを眺めていたビリー・ラズウェルは、口中そう呟いた。拘束されていた際に痛めた右手をさすりながら、カルノーを見やる。この騒ぎを演出した男の顔に、表情らしいものは覗えない。
「ふん……」
淡々と部下に指示を出す姿に、ラズウェルは「大した奴だよ」と胸中で続けた。
部下に主砲の一門を無効化させたカルノーは、ティレルの攻撃で混乱する瞬間を待って、ブリッジを抑えたのだ。完全なる不意打ちに、メドヴェーチ派とも言うべき彼の子飼いの部下達は、為す術もなく佇むばかりである。
(ティレルがこうすることまで、読んでたんじゃないだろうな?)
サイレンの装備の詳細を、カルノーは知っている。故に、遠隔からの攻撃を予期していたとしても不思議ではないが、それにしても、この状況はあまりに出来過ぎていた。
(……まさかな)
思い直してスクリーンに視線を転じる。そこにサイレンの姿を認めたラズウェルは、だが、眉をひそめるのだった。我知らず床を蹴ると、オペレーター席に取り付いて映像を拡大させる。
「どうした?」
「ティレルの様子がおかしい」
不審顔で振り向くカルノーに答えつつ、インターカムを取る。乱反射するかの如く飛び交うビームの光跡は、まず間違いなく、サイレンに装備された“ファンネル”によるものだろう。だが、あのように乱射しながら戦うティレルではなかったはずだ。
「ティレル、聞こえるか? 俺だ。ラズウェルだ」
周波数をサイレンのそれに合わせて呼びかけるが、反応はない。
「サイコミュの暴走……? しかし、なぜ?」
呆然とスクリーンを見上げるラズウェル。
「まさか——!」
彼の呟きを耳にしたカルノーは、それで何かに気付いたのか、ほとんど初めて顔色を変えるのだった。
「ん……?」
二機のバーザムが隊列から離れて行く。追跡するメタスⅡのコクピットで、その様子をつぶさに目にしたパレットは、素早くキーを叩くと、愛機に付近を探索させた。ほどなく、守備隊随一の性能を誇るセンサーが、双胴型の艦艇を捉える。
「あれは……?」
『どうしました?』
その方角を気にするパレット機の動きに、部下の一人が接触回線を開く。
「連中の工作艦を捉えた」
パレットの答えに、果たして彼は疑わしげに口にするのだった。
『工作艦が単艦で行動、ですか?』
コロンブス級輸送艦を改造した工作艦は、目立った武装を施していない、弱小艦である。非戦時下とは言え、それはあまりに不可解な行動に思えた。
『どうします?』
部下の問いに若干の間を持たせるパレットだったが、
「臨検を試みる。二人は引き続き追跡を」
僅かばかりの思案で即断する。
『了解しました』
離れ行く二機を見送ったパレットは、機を人型に戻すと注意深く目標に寄せた。直接に交戦していないとは言え、先程まで対峙していた相手である。素直に臨検に応じるとも思えない。
「どう出てくる……?」
独りごちるパレット。と、前を行くバーザムが戸惑うような動きを見せた。
「……?」
が、彼女が疑念を抱いたのは、ほんの一瞬のことでしかなかった。なぜなら工作艦の側壁を破って放たれたビームが、味方機であるはずのバーザムを瞬時に葬り去ったからだ。
「何っ!?」
驚愕するパレットの眼前を、スラスターを噴かせて飛び立つ小型の物体が、数多の光跡を描いて行く——。
ラディ・ジーベルト操るプロト・リガズィは、かつてコロニーであったスペースデブリの一つに身を隠していた。豪雨さながらにオールレンジで飛び交うビームの群れは、彼の技量を持ってしても容易に避けられるものではない。
「ちっ……」
何度目ともしれない舌打ちを打つ。サイレンのビーム・カノンによる攻撃を受けてすぐ、こうして身を隠したから難を逃れたようなものだ。故に、彼のパイロットとしてのプライドは、ずたずたに裂かれていた。
「——この私が、手も足も出せないとはな」
一年戦争最大の激戦と言われたあのア・バオア・クー会戦を、隻眼というハンディをものともせず戦い抜いた身にしてみれば、それは屈辱以外の何物でもない。グリップを握り締める両手が震えるのを抑えきれないジーベルトである。
だが、そんな感情とは裏腹に、戦士としての彼は極めて冷静だった。ファンネルと呼称される小型のビーム兵器はジェネレターを内蔵しておらず、稼働時間に限りがある。装備機体本体に回収してチャージすれば、繰り返し使うことも出来たが、当然、チャージ中は攻撃力が低下する。その瞬間を狙えば、勝機は十分にあった。
「……余裕だな」
彼の反撃がないと知ったか、彼を見失ったにもかかわらず、サイレンの赤い機体は先程から静止している。機首先のモノアイが無表情に宇宙を見つめる様は、彼を小馬鹿にしているようでいっそう憎らしい。
(せいぜい勝ち誇るがいい)
内心で続ける言葉は、だが、決して負け惜しみではない。降り注ぐビームの雨はいずれ止む。追っ付け、イリアス少尉率いるバーザム隊もこの宙域に辿り着くことだろう。部下の手を借りるのは不本意だが、それでサイレンの機体を確保できるのなら安いものだ。
「最後に笑うのは、この私だ」
やがて、その瞬間がやってきた。不意に止むビームの嵐。センサーにはバーザム部隊の反応もある。すかさず攻勢に転じるジーベルト。ライフルを打ち鳴らしつつ、サーベルを抜いてサイレンに迫る。
だが——。
『少佐!』
イリアス少尉のせっぱ詰まった声が響いたのは、サイレンに斬りかからんとする、まさにそのタイミングであった。
『04Gのファンネルが……!』
「……何!?」
彼の報告が伝わりきる前に、ジーベルトはその内容を理解する羽目になった。
全く別方向から飛び込んできたビームが、プロト・リガズィの左腕からシールドをもぎ取ったのである。
「——サイレンのサイコミュには、外部から干渉可能なチャンネルが設けられていた。そうだったな?」
スクリーンを見上げたままで、カルノーが静かに口を開く。その表情が既に平静を取り戻しているのはさすがと言えたが、握り締めた拳は、見てそれと判るほどに、小刻みに震えている。この男にしては珍しいことだ。
それで返って冷静になったラズウェルは、慎重に言葉を選んで応じる。
「……何で、そのことを知っている?」
「今わの際のスタイン中尉から、託されたものがあってな……」
果たして、歯切れの悪い言葉が返ってくるのだった。
彼等が属していた“N37特機中隊”は、極めて特殊な部隊である。そのため、副長といえども知り得ない情報があった。そもそも隊長を務めたラズウェルでさえ、必ずしも全てを知っていたわけではないのだ。
隊の中で、彼以上に事情に詳しかったはずのポーラ・スタイン技術中尉は、ティターンズとの一戦で戦死した。その彼女がもっていた資料を手にしたのならば、カルノーは彼が思っている以上に、事実を知っていることになる。
それはいい。だが、彼が連邦スパイであったことを思えば、入手に至った経緯を言葉通りに受け取って良いものか。
「で、どうなんだ?」
彼のその疑念に気付いているからだろう。答えを促すカルノーの口調には、焦れているというよりは、話題を断ち切ろうとする響きの方が強い。
「……ああ、そうだ」
今ここで追求しても詮無きことと思い直したラズウェルは、渋々ながら言った。
「司令部直々の命令で、止むなく空けた。モニタリングポートを兼ねていたから、誤魔化しも利かなくてな」
それは、部隊の乗艦がスヴァローグに定まる直前のことであった。スタイン中尉と二人、司令部に呼び出されたラズウェルは、司令官の一人から“総帥勅令”という形で命を受けたのである。サイレンのシステムに、上位システムからの制御を受け付けるコードを組み入れろ、と。もちろん、彼は異議を申し立てたのだが、にべもなく却下されている。
——如何に優れていようが、統制下に置けない兵器など在ってはならないのだよ。
居合わせた将官の漏らした言葉が、その理由を如実に物語っていた。
「サイレンに積まれたサイコミュは、言ってみればエルメスⅡのトライアル版だ。そんな不完全な代物を、ティレルはあまりに上手く扱いすぎた……」
軍首脳部から戦力として期待されていたことは、わざわざ独立部隊を創設したことからも明かである。だが、同時に警戒されてもいたのだ。
ラズウェルら部隊幹部の思惑が漏れていた形跡はない。が、それでも首脳部は、サイレンをフラグシップ機“キュベレイ”の支配下に置くことで、事前策を講じた。サイレンを、いや、ティレルを自らの兵器に留めようとしたのである。
「上層部に睨まれでもしたら元も子もないからな。受け入れざるを得なかった。技師長と相談して、多少の小細工は施したが……」
そこまで口にしたところで、ラズウェルは言葉を失った。沈痛な面持ちで聞き入るカルノーを見ているうちに、一つの可能性に思い至ってしまったからだ。
「——おい、まさか?」
信じられないという面持ちの彼に、カルノーは微かに頷いてみせるのだった。
「あるんだよ。そのキュベレイが」
AMX-004G量産型キュベレイ。それは、ザビ家の血筋を傀儡として利用したアクシズ軍の指導者、ハマーン・カーンに対し、反旗を翻したグレミー軍が切り札として投入した、強化人間部隊専用の機体である。形態こそ違えど、オリジナルのキュベレイとほぼ同等のシステムを備えていたという。
「ジーベルトの部隊は、ハマーン軍降伏後ほどなくして、サイド3近海を探索した。研究部門にとって、主戦場跡は宝の山だからな。そして彼等は、量産タイプの回収に成功した」
グリプス戦争末期に颯爽とデビューし、圧倒的な戦闘力を示したキュベレイは、優美なデザインと相まって、連邦軍技術者の間では常に注目の的であった。色調も形も異なる量産機とはいえ、その機体を手にしたことは、232実験部隊の発言力を強めるには十分すぎるほどの戦果と言える。
「回収された機体は両腕とアクティブ・カノンを失い、パイロットも、もはや生きているとは言えない状態だったそうだ。それでも、システムは彼等の好奇心を刺激する程度に機能した。サイレンに興味を示したのも、一つには完全に揃ったものを評価したいという欲があってのことだろう。戦力としては用をなさない機体を、彼等は測定目的に……」
カルノーの言葉が唐突に途切れたのは、血相を変えたラズウェルが、彼の胸ぐらを力任せに掴んだからだ。
「今すぐ止めさせるんだ、エディ!」
アクシズ時代の名で自分を呼ぶラズウェルの、そのあまりのうろたえように、カルノーは困惑の色を隠せない。
「ビリー……?」
「……サイコミュの干渉ってのはな、機械の誤作動なんて生易しいもんじゃない。文字通りの意味で、パイロットの精神に直接作用するんだ!」
怒りにうち震える彼の言葉を反芻するカルノーは、その意味するところを知って慄然とした。それは、ティレルがティレルでなくなるかもしれない、と言うことだ。
「少佐!」
常とは異なる彼の狼狽ぶりに、ただならぬものを感じたルースランが、すぐさま通信士のデルボア曹長に命を下す。
だが、
「ダメです。カリストからの応答、ありません」
曹長の報告は、カルノーを落胆させるものでしかなかった。
「なんとも無駄なことをするものだな、大尉」
悄然となる彼に追い打ちをかけるように、メドヴェーチ大佐の高笑いがブリッジに響き渡る。
「あれはジーベルト子飼いの部隊だ。奴の命令以外は受け付けない。貴様にも解っていたことだろうが」
身柄を拘束され、カルノーの部下によって今まさに連行されようとしていた元艦長は、嘲笑も露わに言葉を続ける。
「システムの干渉による暴走? 結構じゃないか」
「何……?」
「この調子で暴れてくれれば、我々の正当性を知らしめることが出来る。あれが我々の持ち込んだものではなく、サイド2近海の秘匿先から忽然と姿を現したのは、紛れもない事実なのだからな」
「……暴走を招いたのは貴様らだろうが」
呆然と立ち尽くすカルノーに代わって、声も低く睨み付けるラズウェル。だが、大佐は鼻で笑って一顧だにしなかった。
「証明できるものか」
サイコミュというシステムは、未だ完成されたものではない。検証方法すら満足に確立されていない、発展途上の技術である。故に、一般論に照らし合わせて言えば、暴走はそれを操るパイロットの問題でしかないのだ。
「せめてティレルが、意識を取り戻してくれさえすれば……」
そのことを知るラズウェルには、もはや歯がみする以外に出来ることはなかった。
飛び交う光跡が、232実験部隊のバーザムを一機、また一機と墜として行く。四肢を砕かれ、残骸と化した機体が新たなスペースデブリとなって、宙を漂う。その異様な光景に、ディアスから観戦するクラフトは文字通り声を失うのだった。
援護を諦め、辛うじて難を逃れた数機が見守る先で、縦横無尽に走る幾筋もの細いビームが、プロト・リガズィを確実に追い込んでいる。そして、その奥で静かに佇む赤いモビルアーマー。
機首先で怪しげに輝くモノアイの光を目にしたとき、彼は引き込まれるような感覚を覚え、同時に全身が粟立つのを知った。それは、クラフト機より送信される映像を見つめるカージガンのクルー達も同様だった。
「……まるで悪魔だ」
誰かの口から、不意にそんな言葉が漏れる。かぎ爪を構え、大きく翼を広げたその姿は、溢れるばかりの禍々しさを伴って、自己の存在を主張している。カチュアにはもう、正視することすら敵わなかった。
「——違う。こんなの、ティレルじゃない」
胸元をきゅうっと抑え、うわごとのように呟く。彼女から両親と弟を奪った戦争の光。それを生み出す源に、新しい家族と信じた少年——ティレルが乗っている。
カチュアにとって、それはあまりに辛すぎる現実——。
(……お願い。もう止めて、ティレル)
少女の目から溢れる滴が、玉となって散らばる。
(お願い、帰ってきて!)
その想いはブリッジの強化ガラスを越え、宇宙に向かって飛んでいった。
——呑み込まれてはダメよ!
ティレルの脳裏に、どこか懐かしい響きの声が窘めるようにこだまする。はっとすると同時に、ターゲットスコープ内の朧気だったプロト・リガズィの姿が、光を取り戻す彼の瞳にはっきりと映し出される。
まだ重たい感覚の残る頭を押さえながら、ゆっくりと辺りを見回すティレルは、自分が数多漂うバーザムの残骸の、その中心にいると知って愕然とした。腹部に大穴を穿たれた上半身が、生気のない一つ眼を虚空に向けたままの姿勢で、彼の視界を横切って行く。
「僕は……。僕は……」
眼前の惨状に、為す術もなく、ただ繰り返すばかりのティレル。
彼はようやく、我を取り戻したのだった。
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