星のまたたく宇宙に

作:澄川 櫂

第十六章 星の海から

「十六日未明に発生した連邦軍所属の戦艦、イグニス・ファタスによるハッテ領海内での戦闘行為について、艦隊司令官による会見が開かれました」
 淡々と原稿を読み上げる女性キャスターの、左手に映されたウィンドウが拡大する。地球連邦軍の旗章をバックに、白髪交りで小太りの将軍の、立ち上がって目を伏せる様が、ディスプレイいっぱいに映し出された。
「このたびは部下の不始末により、善良なるハッテ市民に多大なるご迷惑をおかけ致したこと、深くお詫び申し上げる」
 テロップには“ルナツー第二艦隊司令、グレゴリー・シアーズ少将”とある。
「事実関係を早急に明らかにすると共に、関係者への処分は厳罰をもって臨む所存であります」
「その関係者というのには、将軍ご自身も含まれるのですか?」
「……無論だ。将たる者の責任として、当然であると考える」
 揶揄するような記者の問いに、憮然とした表情で頷く少将。そのクローズアップを最後に画面が変わり、この数日ですっかりお馴染みとなった、事件経過を紹介する映像が流れ始める。
 超望遠カメラの捉えた、不鮮明ながらもそれと判る戦艦の最期。激しく飛び交う閃光。そして締めくくりに現れる、小さな輝き……。
 朝の食卓を震わせたそれらセンセーショナルな映像も、だが、時が経つにつれて過剰な演出がなされていた。無駄に重厚なBGMと相まって、もはや映画のダイジェストと変わりない代物に成り果てている。
 多くのサイド2ハッテ市民にとって、この事件は既に主たる関心事では無くなりつつあった。マスメディアがこぞって演出を競い始めたのも、あるいはその証左なのかもしれない。
 唯一、18バンチを守ったかのようにも見える所属不明機の正体について、ネットを中心に取りざたされていたが、当初に比べれば遙かに熱を失い、既に下火となっている。
 だがそのことは、渦中のコーウェル整備工場にとって、望ましいことかもしれなかった。

「——そうか、打ち切られたか」
「済まない、力が足らず……」
「お前が謝ることじゃないだろう」
 頭を下げるクラフトに、工場主のマイク・コーウェルは苦笑を浮かべながら応えた。だが、無精髭にすっかり覆われた口元のそれは、あまりに力なく、侘びしげであった。
 あの戦闘の直後、もっとも至近で観戦していたクラフトは、爆発したと思しきサイレンの残骸を発見した。だが、その核と言うべきインジェクション・ポッドが見つからなかったことから、サイド2守備隊はパイロットの捜索を続けていたのだった。
 サイレンを操縦していたのがコーウェル整備工場の工員、ティレル・ウェインであったことは、公式には知られていない。薄々感ずいている者もいるようだったが、全てはミッシェルとマイク、そして、あの場に居合わせたカチュア・コーウェルの胸の中だ。
 故に、クラフト個人の権限では、これ以上の捜索は不可能だった。コクピット・コアの酸素供給量は、長くても一日が限度である。パイロット・スーツの予備酸素カートリッジを合わせても、生存可能期間は保って二日と言ったところだ。
 事件発生から既に三日。仮に脱出に成功していたとしても、彼の生存の確率は、限りなくゼロに近いのである。捜索打ち切りの決定は、妥当な判断であると言える。
 それでも、割り切れないものがあった。
「……カチュアは?」
 クラフトの問いに、首を横に振るマイク。
「今日も?」
「……ああ。ティレルの帰りを待ってる」
 クラフトの脳裏に、頑までに港外を見つめ続ける、カチュアの姿が思い浮かんだ。
 あの日、クラフトは一時帰投のタイミングで、19バンチへと彼女を送り届けた。エアブロックへは入らず、桟橋で待機していたダウナー軍曹に身柄を預けたのだが、降り立ったまま動こうとしない様子に気付いて振り返った。その時目にしたものは、バイザー越しにも鮮明に、脳裏に焼き付いている。
 呆然と声を失い、表情すら薄れて、ただ立ち尽くすばかりのカチュア。僅かにへの字に閉じられた口元が、唯一、心の内を表している。彼女の瞳は、何かにすがるように、ひたと港外の一点に向けられていた。
 星々のまたたく宇宙そらへと。
「——なぜあの子が、こんな目に遭わねばならないんだ?」
 囁くような、それでいて腹の底から響く声で、彼は問いかけた。
「確かに俺は、ジオンのつなぎをやってきた。選別攻撃で19バンチここが残されたあの日から。だが、全ては俺一人でやったことだ」
 一年戦争の緒戦において、サイド2はジオン公国の奇襲により壊滅した。宣戦布告から僅か数秒で攻撃を受けたのである。実体弾、核弾頭、そして毒ガス。多くの人命が、死んだ理由すら分からずに散っていった。
 だが、全てのコロニーが破壊されたわけではなかった。19バンチアイランド・チムニーのような工業生産主体のコロニーは、通信手段を遮断されただけで、意図的に攻撃目標から外されていた。なぜなら、宇宙を本拠地とするジオン公国が国力で勝る地球連邦に対抗するためには、生産拠点の拡充が不可欠だったからだ。
 故に、そこに住んでいた人々は、彼等への協力を余儀なくされた。整備工場を営むマイクなど、真っ先に協力を強要された口である。もっとも、コロニーという閉鎖された空間で生き延びるためには、それは拒みようのない話であった。
 戦局の進展に伴い、ジオン公国軍はサイド2を去った。少なくとも表向きには。
 実際には、数多くの工作員が現地に残された。目的は無論、連邦の動向把握と、そのための情報収集である。そしてマイクは、彼等とジオン本国とのつなぎ役を務めた。
 紛れもない敵性行為である。発覚すればただでは済まないだろう。そのことは火を見るより明らかだ。
 だが、物資欠乏の折、壊滅したサイド2で生活を続けるからには、それなりの副業が必要だった。社長として、幼子を二人抱えた妹夫婦を始めとする従業員達の生活を守る義務がある。背に腹は代えられない。
 こうして彼は、ジオンの現地工作員となった。以来、身内に知られることなく、その役目をこなしてきた……。
「あの子はもちろん、ソフィーでさえ知らないことだ。なのになぜ、あの子の、カチュアの親しい者ばかりがいなくなるんだ。教えてくれ」
 その問いに、クラフトは応える術を知らなかった。
 ソフィーことソフィア・コーウェルは、カチュアの母であると同時に、マイクの実の妹でもある。だが、ふだん彼がその名前を口にすることは、ほとんど無い。
 恐らくは意識してのことだったのだろう。クラフトは思った。妹に代わってカチュアの面倒を見ると決めた彼は、ともすると感情的になってしまう自身の心を恐れたのだ。
「……すまない。詮無いことを言った」
「いや……」
 マイクの無念は分かるつもりだった。運命と言うにはあまりに理不尽な現実に、彼もまた怒りを覚えていたからだ。

「彼も災難なことだな」
 ルナツーから中継された映像を見やって、パスカル大佐が開口一番、口にした言葉はそれだった。
「少将が首謀者ではないと?」
 秘書のマイヤー少尉の問いかけに、白髪頭の下げられる様を冷ややかに見つめつつ、続ける。
「シアーズが第二艦隊の司令に着任して、まだ二ヶ月と経っていない。掌握するには短すぎる。何より、こんな大それたことができる御仁ではないよ」
「では、命令の出所はもっと……?」
「ああ。もっとも、辿れるのは彼のところまでだろうが。連中がよく使う手だ」
「連中とは?」
 思わず尋ねたクラフトに、パスカルはつまらなそうに答えた。
「地球のエリート共で構成されたグループだよ。上級士官に上級官僚。財界人も少しは絡んでいるか。大方、今回の件もそのうちの一つが動いたんだろう」
 淡々と言って、テーブルに並べられたカップに手を伸ばす。間を取るようにミルクを入れてかき混ぜると、口に運んで一息ついた。
「……エゥーゴとティターンズの抗争は、彼等の利権を脅かした。新興のエゥーゴはもちろんだが、ティターンズにしても、一時期を境に歯止めを失い、彼等の作ったシステムを破壊しだした。こうなると、どちらも都合の悪い存在だ。先にティターンズを潰したのは、程度の負の天秤が、そちら側に大きく傾いたからに過ぎん」
「……」
「彼等は変革を望まない。現状の利権が継続されることを第一に考えている。その上で、徐々に私腹を肥やすというのが、彼等のやり方だ」
 言って、大きく嘆息する。
「連中は実に賢い。自らは決して表に出ることなく、目的を達しようとする。軍のお偉方も政治家も、結局のところ、彼等の代弁者に過ぎない。だが、それを承知で出世した人間は、例外なく保身に長けている。……ジーベルトの不幸は、その力を過小評価したことにあるな」
 そう続けるパスカルの声には、どこか哀れむような響きがあった。
 クラフトによって身柄を拘束された隻眼の少佐は、サイド2守備隊に圧力をかけたのが嘘のように、茫然自失の態で連行されていった。彼はそれを、ティレル一人に大敗を喫したショックと取っていたが、言われてみればそうも見える。
 利用したと思っていた相手に利用されていたのだから。
「232部隊が設立以来、独立性を保ってきたのは、確かにジーベルトの功績だろう。だが、あの部隊はそもそもが派閥争いの過程で生み出されたものだ。付け入られる要素は大いにあったのだよ」
 ネオ・ジオン抗争終結に際して、最先端の機体を手にしたジーベルトは、サイド2に秘匿されたサイレンとそのパイロットを確保することで、連邦軍技術部門での地位を確固たるものにしたかったのかもしれない。だが、グリプス紛争で失った統制を取り戻そうとしていた軍上層部にとって、技術的な優位などどうでも良かった。
 紛争以前の秩序の回復。彼等の望みはその一言に尽きる。ジーベルトの野心は、それを実現する手段の一つとして利用された。彼等にとって好ましからぬ組織同士を対立させ、葬り去るために。結果がどう転ぼうとも、彼等の懐は一向に痛まないのだから、これほどうまい話もなかっただろう。
 だが、巻き込まれたティレルはどうなるのだ? カチュアは?
 クラフトは強い憤りを覚えた。力ある者の身勝手な思惑が、要らざる犠牲を生む。沸々と沸き上がる怒りが煮えたぎるのに、さして時間はかからなかった。
 けれども、それは空しく蒸発するばかりであった。いくらあがいたところで太刀打ちできないことは、否という程解っている。
 熱を失った憤りは、苦みばかりが濃厚な澱となって、胸の奥底にわだかまっている……。

「ティレルの身分は……」
「うん?」
「どうなるんだ?」
 しばらくして、マイクはぽつりと尋ねた。落ち着きは取り戻しているが、その声音は冴えない。クラフトは僅かに思案すると、婉曲に返した。
「公式には、ティレルは機体を奪ってイグニス・ファタスを飛び出して以来、行方不明のままだ。捜索は続いているが、窃盗容疑以外はあくまで参考人扱いになっている」
「しかし、あの写真はどうなる? 見る者が見れば、ティレルだとすぐに判るぞ」
 彼の言葉に、マイクは焦れたように言った。やはり、と声に出さず呟くクラフト。
「それが、過日の戦闘で物証が焼失したらしくてな。証言が一致しないこともあって、写真の存在はともかく、信憑性に関して軍は疑問視している」
「え……?」
 耳を疑うマイクに、彼は続けた。
「メドヴェーチ大佐は、写真に写っていた子供とティレルは同一人物であると主張している。だが、ルースラン少佐と特務のカルノー大尉は、確証はなかったと証言した。元アクシズ中尉のラズウェルに至っては、全くの別人だと言い切っている」
「……どういうことなんだ?」
「さあな」
 クラフトとしては、そう答えるよりほかない。カルノー大尉に見せられたという写真の話は、マイクから聞いて知っている。だが、彼自身はその写真を見ていないし、そもそも大尉とは面識がないのだ。理由など想像も付かない。
「ただ、我々が口を噤んでいる限り、ティレルの身分は一サイド2市民のままだよ」
 彼に言えることと言えば、そのくらいのものだ。
「そうか……」
 それでもマイクは、心なしかほっとした表情を浮かべる。その様子に、クラフトは確信した。彼はサイレンのパイロットとティレルが結びつくことを恐れているのだ、と。
 サイレンのパイロットの捜索は、今朝をもって打ち切られた。それはすなわち、死亡と認定されたことを意味している。そして、そこに結びついた瞬間、ティレルもまた死ぬ。死亡の扱いとなる。
 マイクは彼が犯罪者として裁かれることよりも、彼の死が事実として確定することを嫌ったのだ。恐らくは、港でティレルを待ち続ける、カチュアの心情を慮ってのことだろう。それは単に、現実から目を背けているに過ぎないのだが、そうしたくなる気持ちはクラフトにもよく解る。
 ティレルのことは確かに残念だった。生きて再会できればどんなに良かったかと思う。だが一方で、ティレルにとってはこの方が良かったのだろう、とも思うのだった。
「——無人ですって? ええ、確かにそうでしょうね」
 黒いキュベレイを搬送したパレットの言葉が脳裏に響く。
 232実験部隊が持ち込んだキュベレイは、工作艦“カリスト”の積荷リストに「測定機材一式」と記されていた。それ故に、無人で動いたのかと、彼は何気なく尋ねたのだった。対する彼女の返答がそれだ。
 訝しく思ったクラフトは、コクピットに集まるメカマン達の輪に加わった。そして、パレットがヒステリックな声を上げた理由を知ったのである。
 そこには一人の少女が座っていた。年の頃は、ティレルと同年代だろうか。栗色の髪の少女は、まるで眠っているかのように、まぶたを閉じて動かない。
 通常のものと形の違うパイロット・スーツからは、一本のチューブがシートの後ろに向かって伸びていた。それは、彼女の口と鼻を覆うマスクに繋がっているのだろう。
 それが人工呼吸器であることは、誰の目にも明らかだった。
 彼女は機械によって生かされていた。この特殊な機体を起動させるためのコアとして。232実験部隊にとって、彼女はもはや人ではなく、ものに過ぎなかったのだ。
 その時彼は、まかり間違えばティレルが同じ目に遭わされたかもしれないと気付いた。意識を奪われ、命令に従うことを強制される。ジーベルトを負かした彼が仮に生き残っていたとしても、早晩そのような目に遭うことは、想像に難くない。
 カチュアやマイクには悪いが、このほうが良かったのだ。クラフトは己に言い聞かせた。
 そうでも思わなければ、あまりに救いようがないではないか。
「おじさん、カチュアは?」
 息を切らせたネッド・ハーヴェイが二人のいる社長室に飛び込んできたのは、ちょうどそんなタイミングであった。

 展望ロビーから一望する宇宙そらは、平穏そのものだ。色取り取りのネオンのように、明暗様々な星達が穏やかに瞬いている。
 最前列のベンチに腰掛けるカチュアは、明滅を繰り返す星々を見るともなしに見つめていた。こうしていると、あんな騒ぎのあったことが、まるで嘘のように思えてくる。先日までと同じ、飽きるほど見慣れた景色。
 違いがあるとすれば、それをスワローテール号から一緒に見た相棒が、今は隣にいないということ。くだらないことを言い合っては笑っていたのが、遠い日の出来事のように感じる。
 不思議と涙は出なかった。
 幼い頃、母に教えられた“戦争の光”をスクリーンに見たときもそうだ。何かを叫んだ気はするが、泣いたという記憶はない。心配してしきりに声を掛けてくれた艦長さんのことは、はっきりと覚えている。そして、それを不思議に思ったことも。
 こうして星を眺めている今でさえ、実感に乏しかった。ティレルのことばかりでない。自分自身でさえも、本当にここに存在しているのか、疑わしくなってくる。
 オレンジ色の、丈夫なだけが取り柄のベンチに、お尻を押し付けるようにして座っていたが、それでもふわふわと落ち着かないのはここが無重力区画だから、と言うわけではないだろう。
 と、星とは明らかに異なる青っぽい光が、視界を横切っていった。思わず腰を浮かせたのは、その光の主が赤い金属の光沢を放ったと見えたからだ。
 だが、それはティレルが乗っていたものではなかった。
 赤地に大きな黄色十字のエンブレムが施された盾をかざして、白いマシーンが遠ざかって行く。胸元にも赤を配した人型の機体は、地球連邦軍のモビル・スーツだろう。
 ぺたん、と腰を落とす。この三日間、何度そうしたかも解らない。再び星々の明滅する宇宙に目をやったカチュアは、ふと、我ながら何をやっているのかと思った。

 ——そんなに珍しくもないだろうにさぁ、全く。

 ティレルが呆れ顔で言うのが聞えた気がした。無意識にはにかむカチュア。が、それも束の間、雑踏の生み出す音色しか耳に入らないのに気付いて、口元から表情が消える。
 そうしてまた、時が流れていく。無為に過ごすとはこのことを言うのかもしれない。カチュアは思った。
 でも、どうにもならないの……。
「カチュア、元気ナイ」
 それは唐突な呼びかけだった。
 機械特有の響きを残した、聞き覚えのある声。視界いっぱいに飛び込んできた声の主は、丸い形をしていた。肩口にある羽根をぱたぱたと羽ばたかせながら、ゆっくりと宙を舞う。
 所々に白と黒の塗料を残した、黄緑色のそれは——。
「フィンフィン……!?」
 カチュアが懐かしい名前を口にするや、球状のロボットは嬉しそうに瞳を輝かせながら、彼女の腕の間に収まった。
「フィンフィン元気! ハロ!」
「こんなとこにいたのか。知ってりゃ先に来たのに」
 少し遅れて声を掛けたのは、幼馴染みのネッドだった。走ってきたのか、少し息を切らせている。
「ネッド、これ……?」
 呆然と見上げると、ネッドはしてやったりの表情を浮かべた。
「前にティレルが、壊れて漂ってるのを見つけてきてさ」
「ティレルが……?」
「試しに通電したら、カチュアの名前を呼んだらしくて、それでフィンフィンだって判ったんだ。でも、あちこちやられてて、動いたのはそん時の一回だけ。直そうにパーツは軒並み製造終了だし」
 ことさら強調するように、腕を広げ、首を横に振ってみせる。
「で、二人で手分けして、ジャンク屋とかで探してたんだ。なかなか手に入んなかった記憶チップをようやく月で見つけてさ。昨夜の晩、吸い上げといたデータを書き込んで、オリジナルと差し替えたんだ。そしたらほら、このとおり。さすがだよなー」
 だが、カチュアの耳にはその半分も入っていなかった。フィンフィンを胸に抱いて、ひんやりとしたそのボディに、額をぎゅっと押しつける。
 弟の飼っていたペット・ロボット。家族と共に宇宙に放り出され、行方知れずになっていたフィンフィンが、四年経って帰ってきた。
 でも、それを見つけて直してくれたティレルはもういない。まるで、フィンフィンが息を吹き返すのと入れ替わるように……。
「ティレル……」
「……あのさ、俺の話、聞いてた?」
 塞ぎ込むようなカチュアの様子に、ネッドはなぜか、呆れた口調で言った。
「そいつ、今朝、直ったんだぜ?」
 そんなの聞いてれば判るよ。苛立たしげに口元を引き締め、キッと顔を上げるカチュア。が、ネッドは平然と続ける。
「データを吸い上げたり、あとから書き込んだりだなんてまね、俺にできると思うか?」
 カチュアはきょとんとした。何を言ってるのか咄嗟に理解できない。ネッドにできないなら、誰が直したの?
 今朝直ったんだせ。
 さすがだよな。
 ネッドの言葉を反芻するカチュアは、ようやく気付いて「あっ」と声を出した。ネッドが大きく頷く。
「行こうぜ。あいつが待ってる」

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