ゼロの軌跡
作:澄川 櫂
14.波紋
ブリストルと合流したカージガンのモビルスーツデッキは、喧噪の渦中にあった。新たに味方となったハスラー艦隊の搭載機を、各機体のデータバンクに友軍として登録しているのである。
友軍か否かの照合は、通常、識別信号と形状検索の二本立てで行われる。受信した信号の識別情報と、センサーが捉えた物体の形状を掛け合わせてデータバンクに照合し、機種が判別できれば友軍と断定するのである。たとえ信号が友軍のものであっても、該当機種がなければ「グレー」として警戒を促すのであった。
識別信号の悪用を防ぐという意味合いもあるが、電波を遮蔽するミノフスキー粒子の散布下では、そもそも信号をまともに受信できないことが多い。そのことも、形状検索を行わせる要因の一つとなっていた。
良質な情報が多ければ多いほど、照合の精度は高まる。詳細な機体データの登録は欠かせなかった。平時であれば一斉配信という方法も取れるが、作戦行動中とあってはそうもいかず、機体個々での対応を余儀なくされている。故の騒ぎだった。
「でも、ホントに信用できるのかな。連中、元ジオンだろ?」
待機ボックスの窓越しに、慌ただしく跳び回るメカマン達の様子を見つめていたトニーは、誰ともなしに言った。データの話で済む機械と違い、かつての敵がすぐ味方に換わるはずもない。その口調には、さすがに不審の色が滲んでいる。もっともそれは、待機ボックスに控えるパイロットの誰もが思っていることなのだが。
「何よ。大尉が嘘ついてるってるって言うの?」
一人口を尖らせる格好のリサだったが、その彼女にしても、不安を感じていないわけではない。
「いや、そういうわけじゃ無いけど……」
「フィルはどう思う?」
口ごもるトニーを追求するでもなく、フィルに尋ねてしまっている。
「あいつ等、信用できない?」
「う、うん……」
「……やっぱり、そうだよね」
彼が頷くのを見て、リサは小さくため息をついた。デュランを信じたい気持ちは山々だったが、納得できるだけの材料が無いのだ。
「で、でもさ、大尉ほどの人が騙されるなんてこと、ないと思うよ」
落胆する様子に、慌ててそう付け加えてくれるフィルの反応が嬉しかったが、それで納得できるわけもない。
何となく気まずくなって黙り込んでいると、
「おいおい、若いのが三人集まって何を深刻そうにしてるんだ」
書類を片手に戸を開けたフレディ中尉が、めざとく見つけて苦笑するのだった。
揃って顔を上げる三人。が、真っ先に口を開いたのは、入り口脇の壁にもたれていたボティ中尉である。
「決まったのか?」
両腕を組んだ姿勢のままで、中尉が尋ねる。フレディは一つ頷いて応えると、皆に聞こえる声で言った。
「我々はティターンズ残党艦隊に対し、左側面より攻撃する」
瞬間、待機ボックスに集うパイロット達の間に、微かなざわめきが走る。
コンペイトウに向かって直進するワーノック艦隊に対し、側面から攻撃するのでは、鎮守府艦隊との挟撃は不可能——。すなわち、コンペイトウの連邦部隊を当てにはしないと言うことである。
ハスラー艦隊よりデブレツェンが参加しているとはいえ、第三艦隊とワーノック艦隊とでは、艦艇数にして倍以上の開きがある。にも関わらず、差しで挑もうというのだ。コンペイトウ鎮守府指令、トーマス・ウォルター少将と話が付いたというのは、嘘だったのだろうか?
だが、フレディの言葉にことさら異を唱える者はなかった。
「あと十五分で第二戦闘配置に移行する。手空きの者は自機のメンテナンスを手伝え」
「はっ」
「了解だ」
このことを十分予期していたのだろう。ボティを先頭に、粛々と待機ボックスを後にするパイロット達。リサとフィル、それにトニーの三人だけが、呆然とその場に取り残される。
「……あの、中尉」
互いに顔を見合わせた後、トニーがおずおずと何事か言いかけるが、
「受け入れろ」
フレディは最後まで言わせなかった。
「え?」
「気持ちは解らんでもないが、軍隊ってのはこんなもんだ。上が白と言えば黒も白。突撃を命じられれば、なにをおいても進まにゃならん」
と続けて、戸惑う様子の三人を見下ろす。そして、瞳に冷ややかな光を浮かべつつ、さらりと告げるのだった。
「いつまでも浮ついた気分でいると、死ぬぞ」
「しっかし、妙な感じだよな。こうしてアクシズの艦に先導されるってのは」
「確かに。大々的に艦隊行動をとるのは、これが初めてだからな。とはいえ、後ろから付いてこられるよりはマシだろ?」
「まあなぁ。いざとなりゃ、こっちは主砲で対応できるもんな」
デブレツェンのテールノズルを望むカージガンのブリッジでは、ノーマルスーツを着終えたクルー達が、冗談とも本気ともつかない会話をしていた。警報まであと三十分、最後の息抜きのつもりなのかもしれない。
「ただ、グワラル相手じゃひとたまりもない気が……」
「作戦前から何を言ってるんだ、お前ら」
これにはさすがに、それまで黙っていたステファンも呆れた。
「そういう心配は、実際に起こってからにしろ」
「は、はあ……」
「ですがキャプテン」
「納得できないってか」
不服そうに振り向く航法士を見据えるステファン。
「いえ、納得はしますが……。連中、どうして我々と手を組む気になったんです?」
「さあな。似たもの同士、仲良くなりたかったんじゃないのか?」
「似たもの同士、ですか」
「ザビ家から離れれば、彼らは俺たちと同じ、スペースノイドだよ」
思いついたままを口にしたステファンだったが、言いながらそれが真実なのではないかと思い始めていた。考えてみれば、現在のエゥーゴの兵員は、正規の軍人よりも民間から参加した人間の方が多い。そして正規軍からの参加メンバーも、残っているのは皆、ティターンズ壊滅後も連邦政府に疑問を抱き続けている連中ばかり。
一方のハスラー艦隊も、ネオ・ジオン残党の中では異色の存在である。なぜなら、ネオ・ジオンの旗はいまだ健在だからだ。
総帥ハマーン・カーンの戦死により統率を失って以降、かつてのジオン公国軍残党同様、部隊個々の抵抗に終始するネオ・ジオン残党だったが、地球に取り残された兵力を除けば、現在は揃って鳴りを潜める傾向にある。これは、彼らに新たな統率者が現れたことを意味するのではないか。
実際、未確認ではあるが“赤い彗星”復活の情報もある。にも関わらず、ハスラー艦隊はエゥーゴとの連帯を望んだ。なぜか?
(赤い彗星の情報が本当なら、連中の行動も頷けるな。血統による支配に疲れたのならば。なにより、シャアはジオンの息子だ……)
ザビ、そしてダイクン。両者とも、ジオンにとっては特別な意味を持つ「血」である。ジオンというしがらみから逃れようと思えば、そのどちらとも関係を断ち切らねばなるまい。
もっとも、詮索したところで仕方ないのだが。
「ま、これまでの経緯がどうであれ、今は数少ない貴重な友人だ。友情が長く続くことを祈ろう?」
同意を促すように言うステファン。が、その意図は外れ、
「大尉のようにですか?」
若い通信士が、どこか皮肉っぽく訊いた。挨拶に訪れたウェップ・ホーガン中尉との親密ぶりを訝しがっているのだろう。ステファンも苦い顔をする。
「……まあな」
「まさか、大尉は元ジオンなんじゃ」
「バカ野郎」
これにはさすがに、握った拳で彼を小突くステファンである。
愛機の整備を終えたデュランは、デッキの一角を見下ろして苦笑した。談笑するリサとトニーを横目に、フィルがむくれていたからである。遠目に見てもそれと判る、彼の様子が何とも可笑しい。
「何だフィル、妬いてるのか?」
そっと背後に寄って話しかけると、彼は泡を食って慌てだした。
「た、大尉!? べっ、別に、僕、妬いてなんか……」
「ハッハッハ。まあ、気長に頑張るんだな。そのうちチャンスもあるって」
「……」
言われて黙り込むフィル。それを見て、デュランは再び笑った。
「あと十分もすれば出撃だ。早いとこスッキリさせておけよ」
「大尉!」
「ん?」
「あの……。僕たち、いつになったら攻撃に参加できるんですか?」
やや頬を赤らめながら、フィルがおずおずと問いかける。それは恥ずかしさを紛らわせたい一心から出た言葉なのだろう。視線がどこか泳いでいる。
「そう慌てるな。帰る場所を守るのも大切な仕事だぞ?」
「でもリサは……」
「機体が機体だ、仕方あるまい。それに、操縦だけなら俺以上だからな」
デュランが言うと、フィルは俯いた。攻撃隊に加わって、トニーを見返してやろうとでも思っていたのか。
「おいおい、勘違いするなよ」
そうと知ったデュランは苦笑した。
「何もお前の腕が悪いと言ってるんじゃない。なんせパイロットとしての素質は、トニーよりお前の方が上だからな」
途端に顔を上げるフィル。
「ほ、ホントですか!?」
「ああ。ヘルハウンドを止めた動きは見事だった。あれなら、俺も安心して守りを任せられる」
言う間に彼の顔が見る間に輝いて行く。
「今日の作戦では、艦隊を襲う敵の数も多いはずだ。頼んだぞ、フィル」
その肩にポンと手を置いて離れるデュラン。弾けるようなフィルの返事が、「パイロット搭乗!」の声と共に、デュランの背中を突き上げた。
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