ゼロの軌跡
作:澄川 櫂
17.死闘
「ああ!?」
カージガン周辺で咲き乱れる火球の群に、全速でゼロを飛ばすリサの口から、我知らず悲嘆の声が漏れる。それでもフィルのように我を失わなかったのは、カージガンまで距離があったからだ。あまりの実感のなさが、彼女に同僚の「死」という現実を忘れさせた。
「このっ!」
バックパックのメガ砲を一射するリサ。当然、フェンリルにはかすりもしないのだが、注意を向けさせるだけの効果はある。
「フィル! 大丈夫!?」
彼の機体を確認したリサは、生気なく佇むネモに向かって声を張り上げつつ、フェンリルにミサイルを叩き込む。解き放たれた無数の小型ミサイルは、大柄なフェンリルにシャワーの如く降りかかった。
「むっ!」
ずんぐりした図体の割に素早い動きで、回避行動を取るフェンリル。さすがに全てをかわすことは叶わず、二、三度大きく機体が揺れるが、致命傷にはほど遠い。
その侘びしい着弾をリアカメラで確認したリサは、ゼロを反転させると再度、フェンリルの前を横切って見せた。自らを餌に、艦隊から引き離そうというのである。
「フン、面白い」
キボンズは、そんなゼロの意図を知りながら、迷うことなく誘いに乗った。ミハイル・ロッコ以下の別動隊がもう間もなく合流するのもある。が、なにより相手がゼータタイプであることが、彼を遊ぶ気にさせていた。
今でこそイスマイリアの参謀格を努めるキボンズであるが、元は勇猛果敢で鳴らしたパイロットである。ティターンズのパイロットの多くがそうであったように、グリプス紛争時は打倒ゼータを誓った口だ。同系統の機体を見て、心躍らぬはずもない。
「強さの程を見せて貰おうか」
バスターランチャーを切り離し、いくらか身軽になった黄色いダルマがゼロを追う。
一方、ティターンズ艦隊に仕掛けたエゥーゴのモビルスーツ隊も、母艦を救出すべく後退に転じていた。とは言え、これだけ攻め込んでしまうと退く事こそ難しい。死に物狂いで牙を剥く敵艦や敵迎撃部隊の砲火は厚く、焦る心はしばしば腕を鈍らせる。迂闊に背を向けようものならば、待っているのは確実の死——。
そのような状況では、デュランは部隊の指揮をフレディに任せ、自らしんがりを努めざるを得なかった。ハンブラビを振り切って間もなくのことである。
「各機、各個に後退! 敵は私とボティ中尉が引きつける!」
言いながら、二小隊を相手にするデュラン。もっとも、片方は既に二機墜しているので、実質四機相手の戦だが。
迫り来るマラサイを牽制しつつ、サーベルを振るい、バルカンファランクスを撃ち鳴らすグレーのディアス。とどめこそ刺さないが、僅かな間に三機を無力化させる。残る一機は、そんな彼に恐れをなして逃げ出した。
「次っ!」
それに一瞥をくれただけで、新たな獲物を探すデュラン。と、ビームが数条、彼に向かって降り注いだ。ハンブラビが再び、アーマー形態で突っ込んでくる。
「エリック!」
『了解!』
高速で迫る二匹のエイは、ディアスの手前で不意に散開した。瞬間、二機の間で何かが光る。
「クモの巣!?」
グリプス紛争を戦い抜いたデュランには、すぐにそれと判った。相手の機能をマヒさせる電磁ネットで、ハンブラビに特有の兵器である。これまで三機編隊による使用のみが報告されていたのだが……。
(二機でも使えるのか!)
内心驚きの声を上げるデュラン。もっとも、それで立ちすくむようなことはない。
脚部スラスター全開で逆制動をかけ、クーパ機に牽制一射。同時にダミーを放出する。モビルスーツの形をした風船だ。
「なっ!?」
一瞬の挙動に舌を巻くダン少尉。神技とはまさにこのことだ。
デュラン機より先に、ダミーがクモの巣にかかる。同時に爆発! デュランが放ったダミーには、爆薬が仕掛けてあったのだ。
白く染まるモニター。少尉が瞬間、視界を失う。
「チィッ! 奴は?」
わずか数秒のもどかしさに罵りながら、少尉は機の向きを変えた。回り込んでくるディアスを警戒したのだ。
だが、
「甘い!」
デュランは回り込むなどという面倒をしなかった。爆煙を突っ切ると、ハンブラビの胸にサーベルを立てる。ビームの刃が、ハンブラビを胸から背へ貫いた。
「エリック!? 貴様ぁっ!」
同僚の死を前にクーパが怒りの一撃を振るうが、
「フン」
デュランはそれを鼻で笑うと、息絶えたダン機を彼に向かって放り投げた。ライフルでそれを撃つ。核融合炉の爆発が、迫るハンブラビを飲み込んだ!
「ぐわぁぁぁぁっ!」
強烈な光の渦に翻弄されるクーパ。放熱版が、腕が、稼働部から次々ともがれて行く。爆煙が晴れたとき、そこに残っていたのはボロボロの胴体と頭部、それに左の腿だけであった。とっさに向きを転じたために一命こそ取り留めたものの、これではもはや死んだも同然である。
が、どうしたことか、とどめの一撃が彼を襲うことはなかった。それは、デュランにそのつもりがなかったからではない。
僅かに残ったディスプレーにクーパは見た。黒いモビルスーツがディアスに襲いかかっているのを。ヘルハウンドに似た、黒い鋭角的なモビルスーツ。
「サーベラス……」
ひびの入ったバイザー越しにその姿を捉えたところで、クーパの意識は途切れた。
「奴か!」
厚い射撃を浴びせた黒い機体に、デュランは戦慄した。
鋭角的なマスクの下で二つ眼を光らせるそれは、ヘルハウンドと明らかに異なるボディラインを持っている。だがデュランには、そのパイロットがすぐに判った。戦士の勘、というやつである。
友軍艦艇を多数沈め、此度の戦で唯一、デュランと対等以上に渡り合う男。デュランは知らないが、その名をミハイル・ロッコという。彼もまた、デュランを強敵と見ていた。
「さすがだな」
傷ついた機体で攻撃をかわし、なおかつ反撃してくるデュラン機に感嘆するロッコ。こうでなくては、と内心に続ける。
本来であれば、彼は部隊を率いてカージガン以下のエゥーゴ艦隊を撃滅せねばならなかった。だが、独り別行動を取っていたロッコは、しんがりで暴れているデュランを知り、新たな乗機であるサーベラスでもって彼に仕掛けたのである。それはコンペイトウ製の新鋭機だ。
ヘルハウンドの後継として建造されたサーベラスは、マラサイ系にしては珍しく細身の機体であった。全体に贅肉をそぎ落としたと表現すべきか。印象だけで言えば、むしろガブスレイのそれに近い。頭部もまたシャープな造形であり、鋭いツインアイと相まって、より凶悪なイメージを醸し出していた。
いや、デュランがサーベラスに凶悪なものを感じ取ったのは、シルエットのせいばかりではない。強敵を求めるロッコの意志、闘争心が、デュラン機に鋭く爪を突き立てる。
「チッ!」
頭上をパスするサーベラスを見やって、デュランは舌打ちした。向こうの弾はことごとく自機の装甲版を削いだが、こちらは一発も当たらないのである。
「ハンブラビより速いとでも言うのか!?」
照準器の向こうでターンするサーベラスが撃つ。ディアスの左腕が肩口から吹き飛ぶ。
「ぐっ!」
振動に表情を歪めつつも、トリガーを二度押すデュラン。実はこのとき、彼はあえて避けようとはしなかった。それでいくら撃ち返したとしても無駄である、と悟ったからだ。たとえ腕一本犠牲にしようとも、相手を狙撃できれば安いものだ。
ディアスの放ったビームは確実に、サーベラスに向かって伸びた。だが、そのまま貫くかと思えた直前、サーベラスは宙返り気味の背面飛行でそれを避けた。同時に体をひねってディアスに向き直り、新たな一撃を放つのだった。
「なに!?」
ディアスの右足首をビームが引き裂く。
「ええいっ!」
罵りながらデュランも撃った。今度は当たったようだが、サーベラスの動きに変化はない。
降り注ぐビームをジグザグにかわし、ディアスがライフルを撃つ撃つ。それを紙一重のところですり抜けて、サーベラスがディアスに迫る。
そして、
「——エネルギー切れ!?」
最悪の事態がデュランに追い打ちをかけた。ライフルのエネルギーが遂に底をついたのである。もちろん、予備は用意してある。が、片腕で交換するなどまず不可能だ。初期のリック・ディアスと異なり、R2型にビームピストルは装備されていない。
デュランは己の迂闊を呪った。
※本コンテンツは作者個人の私的な二次創作物であり、原著作者のいかなる著作物とも無関係です。