星のかけらを集めてみれば - 剣舞祭 -
作:澄川 櫂
4.お役目終えて
「ねえ、この後はどうすれば良いのかな?」
「さあ。どっかに灯籠ないのか?」
「さっきから探してるんだけど、見当たらないんだ。匂いも全然しないし……」
「謎解きかぁ?」
リュートが面倒くさそうに口にすると、
「その必要はないよ」
どこからともなく別の誰かが応えた。
「最後の扉は儂が開くからな」
寂のある声が背後からそう続ける。驚いて振り向いた先には、いつ現れたのか、男が一人立っていた。すらりとした長身に白銀の髪を持つ、初老の尖耳人だ。
「誰だ!?」
「誰とはご挨拶だな。ま、常と違う趣向で出迎えたから、無理もないか」
咄嗟に二刀を抜いて警戒するリュートに苦笑すると、男は静かに続ける。
「儂の名はクローブ。剣舞祭の見届け人を務めておる」
「見届け人?」
リュートが訝しげな声を出す。無理もない。ここに尖耳人がいるのは不自然だし、なんとなく普通の尖耳人とは異なる気配がある。
などと、自分のことを棚に上げてラッセルが思っていると、男の蒼い瞳がじっとこちらを見つめた。
「そう不思議がることもなかろうて。君も似たようなもんじゃろ?」
その言葉に、ラッセルはドキリとしてリュートを向いた。ばれてるよぉ。声には出さず訴える。
すると、
「はっはっは。構わんよ」
クローブは愉しげに笑うのだった。
「お主の正体がなんであれ、こいつの香りをたどり、狐火で扉を開けることが出来れば、資格としては充分じゃからの」
言って、懐から玉を取り出す。途端に例の「良い匂い」が辺りを包み込んだ。その香りの強さといったら、気持ち良すぎて力が抜けそうなくらいだ。
「おっと、直に嗅がせたら酔っぱらうか。こりゃあ本物だ」
クローブは慌てて玉をしまった。
「おい、ラッセル。……大丈夫か?」
「ふぃ〜。なんだかとってもいい気分」
肩にもたれて上機嫌な様子のラッセルに嘆息すると、リュートはクローブを向いた。
「なあ、じいさん。常と違う、て、どういうことだ?」
「本来であれば、儂がこうやって相手をするんだがの」
クローブはどこからともなく矛を取り出すと、ゆっくりと振り始める。その動きを見ていたリュートは、あ、と小さく声を上げた。
「その型……」
「小太刀を使うだけあって、気づくのが早いな」
それは羽根族の村を出立する直前に教えられた剣の型と同じ動きだった。羽根族は普通、小型の手斧を武器に使うので、なぜ剣技の型が伝わっているのか不思議に思ったものだ。
「それで剣舞祭かぁ」
「そういうことだ。ただ、お主の相棒が魔法を使えると知ってな、つい試してみたくなった」
「試す?」
とは、ようやくしゃっきりしたラッセル。
「あの竜、実は儂が作った人形じゃ」
「ええっ?」
「どこまで頑張れるかと思ったが、まさか倒すとは思わんかった。即興でマジックアローにエレメンタルソードまで使うとは驚きだ。もっとも、その弓ではだいぶ無理があったようだがな」
「え、そうなの?」
「マナの力を考えてみろ。よっぽどの材料を使わなければ耐えきれんだろう?」
「そっか……。せっかく良い技、見つけたと思ったのに」
残念がるラッセルの姿に目を細めるクローブは、懐からなにやら取り出した。
「儂の出来心で大切なものを壊してしまったようだし、お詫びを兼ねて君にはこれを進呈しよう」
そう言って、握った右の拳を差し出す。ラッセルが小首を傾げながら両手を開いて並べると、白銀色の、金属質の光沢を帯びたものが載せられた。ころんと大きめな鱗状の物体。
「あ、それって」
横から覗き込んだリュートが口にした瞬間、鱗は弧を描いてスッと伸びた。慌てて左手で握りしめたラッセルは、目の前に現れたそれを見て、歓声を上げた。
「弓だ!」
「ほほ、やはりその形を取ったか。君なら弦がなくとも使えるだろうて」
「え?」
首を傾げたのは一瞬。ラッセルは右手を本来弦のあるべき位置に添えると、雷矢をイメージしながら引いてみた。すると、淡い光を帯びた弦が現れるのだった。
光弦に雷矢をつがえると、ラッセルは少し離れたところに建つ柱の天辺を狙って、それを放つ。雷矢は見事、狙いの位置に刺さって柱の先を砕いた。
「わーっ、凄い! 軽くてとっても使いやすい」
「なあなあ。あれって、ひょっとしてこれと同じもんか?」
リュートが自分の小太刀を見せながらクローブに訊いた。
「まあな。君の養父殿に渡したものと同じじゃよ。リュート」
そう応えるクローブだったが、リュートは最後まで聞かずに、色々と弓の具合を確かめるラッセルの元へとすっ飛んで行く。
「ラッセル、それ、しまおう、て念じると、勝手に納まるんだぜ」
「念じる?」
首を傾げるラッセルは、そのままの姿勢でぼんやりと、しまうイメージを言葉で連想してみた。持ち運びに便利で、小さくて、でも、なくさないように引っ掛けられて……。
すると、ラッセルが左手にした弓はするりと縮み、左の手首に巻き付くのだった。まるで銀色の腕輪のように。
「……すごーい。便利だね、これ」
「だろ?」
二人は笑った。
「どうやら気に入ってもらえたようじゃな」
「あの。えっと、クローブさん、ありがとう。でも、こんなにすごいもの、貰っちゃっていいの?」
「構わんよ。儂の想像以上に、リュートの剣を活用してくれた礼と思ってくれ。久しぶりに良い技を見せてもらった」
クローブはそう言って満足そうに頷くと、改めてラッセルを見つめた。
「名を教えてくれるか」
「ラッセルです」
ふさふさのしっぽを揺らして、ぺこりと頭を下げるラッセル。続けてリュートも名を告げる。クローブは彼のことを知っているようだったが、なにもいわずに目を細めて頷くのだった。
「さて、そろそろフィナーレと行くかな」
言って、クローブが両腕を広げると、辺りの風景が一変した。林立していた柱はおろか、石造りの壁や天井もきれいに消え失せ、青い空が三人を包み込んでいる。
彼らは山の中腹に突き出た岩棚に立っていた。岩棚と言っても、ちょっとした広場ほどのスペースのある空間だ。呆然と辺りを見回すと、遠くにトーレイの砦が見えた。ふと気付いて視線を転じるラッセル。案の定、森の木々の合間に、狐人の家々が見え隠れしている。
「ここ、“竜の寝床”だ」
「“竜の寝床”?」
「おじいちゃんが教えてくれた。裏山の向こうの高い山の出っ張りは、竜が作った夏の寝床なんだ、て。ね?」
ラッセルは確認を求めるようにクローブを振り向いた。
「さて、どうかの。少なくとも儂は、ここで寝たことはないが」
「え?」
その言葉に二人が耳を疑ったとき、クローブの姿が揺らいだ。うっすら広がりながら空に溶けゆく。いつしかそれは、白銀の大きな竜の姿となって、小柄な少年達を見下ろすのだった。
「我は竜族の長、クローブ。今年も良き舞の担い手に恵まれたこと、心より祝福申し上げる。羽根族と狐人、森を護りし民の子に、いつまでも変わらぬ友情と幸福があらんことを」
ラッセルはゆっくりとリュートを見た。クローブの言葉は少し難しかったけれど、リュートと仲良くなれるよう願ってくれたことは解った。
リュートもまた、ラッセルを振り向いた。目が合うと、照れくさそうに笑ってみせる。
「なんかこう、改まって言われると恥ずかしいのな」
「そうだね」
「これからもよろしく頼むぜ、ラッセル」
「うん!」
「でも、ノーコンは早く直してくれな」
「……んもー、それを言わないでよぉ」
そんな二人のやりとりを目を細めて見守っていたクローブは、一段落着いたところで再び口を開いた。
「のう、ラッセル。儂にもお主の本当の姿を見せてくれんか」
「え? えっと、でも……」
「儀式は済んだから、もう平気じゃよ」
笑みを浮かべるクローブに促されて、ラッセルは地面を蹴った。風の力を借りて後方宙返り。すると、ラッセルの姿は元の尖耳人のそれへと転じる。
「ほう……。これは良いマナを纏っておるな。少しばかり振り回されておるようだが、なに、きちんと修行すれば使いこなせるようになるだろう。精進せいよ」
「は、はい!」
クローブに言われて思わず背筋を伸ばすラッセルだったが、すぐにリュートの揶揄と同じと気付いて、情けない表情になる。
「はっはっは。もっと自信がついたら、一度、我が谷を訪れるが良い。みっちり鍛えてやるからの」
クローブは大きな右の指先で、ラッセルの頭を撫でた。反射的に身を固くするも、優しく触れられる感触に、すぐさま力を抜く。なんかお祖父ちゃんに撫でられているみたい。
そんな感想を抱いた彼は、クローブの口にした「鍛える」という単語のことは、とりあえず忘れることにした。
「さて、儂はそろそろお暇しようかの」
ラッセルの心の内を知ってか知らずか、クローブは腕を引いた。
「この魔法陣を使えば、麓まで一気に戻れる。今宵は二人が主役だ。思う存分、宴を楽しんでおいで。二人の未来に幸多からんことを」
言って顔を天に向けるクローブが、翼を広げ羽ばたく。風圧に耐えたのも一瞬、慌ててその姿を追いかけた二人は、空を舞う白銀の竜の姿に、文字通り目を丸くした。いや、目だけではない。揃って丸く口を開けたまま、ぽかんと声もなくクローブの姿を見送る。
遠ざかる白銀の巨体が雲間より射し込む日光を受けて眩く輝く。時折、翼よりこぼれ落ちる鱗片が、羽ばたきに合わせて彼の周りを虹色に彩っていた。
「……すげー」
ようやくリュートが声を出したのは、クローブの姿が山々の稜線の陰へと消えてから。続いて「きれー」と呟くラッセル共々、そのまましばし視線を留め、余韻に浸る。
「……確かにこれ、言葉じゃ説明できないね」
「だな。んー、なんか疲れも吹き飛んだ気分だぜ」
大きく伸びをしたリュート。
「もう一発、決めとくか」
両手を高い位置に掲げたままの姿勢でにっと笑う。その意図するところにすぐさま気づいたラッセルは、はちきれんばかりの笑顔と共に、両手をパチンとやっていた。
「お、戻ってきた」
祠の前で岩に腰掛けていたチターは、入口近くに現れた魔法陣の輝きにぴょんと立ち上がった。ほどなくリュートと狐人ラッセルが現れる。だが、二人の姿を目にしたチターは、きょとんとするのだった。
「……なんで二人とも、そんなに埃まみれなんだ?」
「なんで、て……」
その問いにリュートと顔を見合わせるラッセルだったが、すぐにくすりと笑うと、「ないしょ」と応える。
「そ、おいら達二人だけの秘密。てか、上手く説明する自信ねーし」
リュートが続け、二人は揃って大笑いした。ますますきょとんとなるチターは、やがて諦めたように小さく嘆息した。
「……ま、いいか。ちゃんとお役目、果たしてくれたし」
「判るの?」
「ああ。クローブさま飛んでくの見えたからな。なんもしないでまた目にできるだなんて。役得役得」
ほくほく顔で応える。
「さてと、さっさと戻ろうぜ。ご馳走が待ってるし」
「ご馳走!?」
リュートがぴょこんと跳ね上がる。
「祭の時しか食えないもんもあんだぜ? でも、二人はその前に風呂だな。主役がそんなんじゃ格好つかないや」
「おいらもう腹ぺこ。ちゃっと入って食いに行こうぜ!」
言うや、リュートはラッセルの手を引っ張って駆け出した。
「ちょ、ちょっとリュート?」
「早く早く!」
最初は戸惑うラッセルだったが、もとより役目を無事に果たしたことで、気が高ぶっている。リュートの手を離して走り出すのは時間の問題だ。
しっぽを揺らして駆けっこする二人の影が、道端に伸びる。これが、ラッセルとリュートの長い物語の始まりだった。
「剣舞祭」おしまい
© Kai Sumikawa 2020