機動戦士フェニックス・ガンダム

作:FUJI7

2 テス・ティ

 バーニアの噴射が滑走路のゴミを巻き上げ、機体の周囲は霞に覆われる。通常、可変モビルスーツの着地は、安定した第二形態、即ち人型、になるのが通例なのだが、それをせずに飛行形態のまま敢行する事は、自信家のパイロットのする事である。
 トリコロールの機体から現れたパイロット・スーツ。そのしなやかなシルエットは、女性に見えた。女性は仮設されたタラップに身を踊らせると、落ちるようにして滑走路に着地した。
「お待ちしておりました! テス・ティ中佐!」
 既に軍用ジープが機体に寄せられ、大尉の階級章を付けた士官が慇懃に敬礼をしている。士官に軽い敬礼を返して、テスはヘルメットを投げ渡した。
「司令は、どこだ?」
 訊きながらも、テスは「舐められたものだ」と舌打ちする。エリートコースの本流を外れ、田舎町で何かを企んでいる男。
「司令室でありますが………」
「当たり前だ! 出せ!」
 ドカッ、と乱暴にテスは乗り込むと、ジープを出すように命じた。「このクソババア」と士官が思っている———とテスは感じ取った。
「憶えておくぞ」
 テスは士官を一睨みすると、そう口にした。
「……は?」
 意味のわからない士官は呆然とするだけだ。凡そテスが思惟を感じ取ったのだ、とは思いも寄らない。
「ハン・チャーめ……やってくれる……」
 ハン・チャーはプサン基地の司令、その人である。階級は中佐だから、テスと同列ではあるのだが、腐っても一基地の司令である。そのプライドが新任司令を迎えなかったのだ、という理由なら、まだ、許せる。
 しかし、そうではなさそうだ、とはテス一流の『勘』が感じさせる事なのだ。
<やはり、疑義を持って正解だった、ということか?>
 そうなのだろう、とテスは自問に答える。
 ジープは司令室のある建物に向かっている。その道程で、モビルスーツの格納庫の一つの前を通過する。
「ホウ、あれか………」
「ガルボ・エグゼですか。なかなか良い機体のようですよ」
 その不思議な名前はモビルスーツの名前だ。強い日差しに、オフホワイト一色の機体が輝いて見える。顔はZ系だが、決定的に違うのは背中のバインダーだ。プロトZ(いわゆるグリプス戦役時代の伝説的、象徴的モビルスーツである)の巡航形態、『ウェイブライダー』に近い形に変形するらしいのだが、そのバインダーは折り畳まれているとはいえ、無骨にも三角形、そのままなのだ。鋭角的な、如何にも機械然としたシルエットは、テスも嫌いではない。
「確か、ミノフスキークラフト搭載機だったな?」
「ええ、その筈です。私は事務屋なので………モビルスーツに疎いのですが……」
 大尉は言葉を選ぶように、そして大袈裟にジェスチャーを交えながら言う。
「フン………アナハイム製か……物好きな連中だ」
「何でも『ペーネロペー』の後継機らしいんですが」
「それにしてはシンプル過ぎるがな………。時に貴様は『マフティー』のモビルスーツを知らんのか?」
「……は? どういう事でしょう?」
 士官は無表情に首を傾げて訊き返す。
「まあ、いい」
 物を知らない士官だ、と、テスはこれ以上の会話を無駄と感じた。真っ先に切るべき人物かも知れない、とも。無能と無知は罪。これはテスの信条でもある。完璧な規律と完璧な調和。それを目指すテスにとって、軍は格好の職場だった。時が経てば、いずれ政界に進出できるだろう。それだけの人的基盤を、彼女の父は持っている。その時の為に、テスは軍功など、箔のつく業務をこなしていなければならない。今回の異動は正に、その為に行われたような形跡もある。彼女の父の工作かも知れぬ。
<だが、そんなことはどうでもいい>
 どちらが卵で、どちらが鶏なのか、それは意味を持たない。重要なのは政界入りの時の『セールスポイント』であって、父が働きかけた結果の地位だろうが、勤め上げれば立派な足跡になる。そう、勤め上げれば、である。
 テスが鋭く基地内部を観察しているうちに、ジープは三階建ての、こじんまりとしたビルに着いた。鉄筋コンクリート。実に質素である。
「地理的に見れば重要拠点だろうに………」
 テスの吐息である。付き添いの大尉が門兵に敬礼し、門兵は萎縮したように弾けた敬礼をテスに返す。彼女に関しての『噂』は聞いているようだ。
「ふん………」
 テスの刺すような視線。顕かに蔑視を含んでいる。テスは軍人として、部下に慕われるような人物ではない。恐怖とプレッシャーを与え、コントロールしていくタイプだ。まるでぬるま湯のこの基地の改革は、激しいものになるだろう、とは実務的な問題だ。その他にも、この基地に関しては懸念が多々あるのだが………。
 建物に入り、エレベーターで三階に着くと、大尉は、
「こちらです」
 と司令執務室の、らしくない軽薄な扉をノックし、
「テス中佐をご案内しました」
 と言うと、中から「どうぞ」と、落ち着いた声が聞こえ、
「失礼します」
 と、テスを伴い、入室した。
「おお、まずは御着任、おめでとう」
 ゆっくりと、大袈裟なゼスチャーで、頭頂部が禿げ上がった初老の士官、ハン・チャーはテスに笑い掛けた。執務室には簡素な机が二つ対面して置かれ、それと少し離れた場所に、斜めに木製の机が置いてあった。これが基地司令の部屋か? と訝る。他に目立った調度品は文字盤の大きな壁掛け時計くらいで、本当に質素だった。
「いえいえ。私如き若輩者に務まるかどうか。心配です」
 テスは作り笑いを浮かべ、心にもない事を言った。
「とんでもない。武勇伝は伺っておりますよ」
 ハンも笑みを浮かべた。それも作り笑いだとわかるだけに、テスは一層、蔑む視線を送る。他人を見下す事が彼女のステイタスを作り上げている一面もあるのだ。お互い、表面的には笑顔を絶やさないでいる。それが不気味でもあり、緊張感を高めていた。
「『不法居住者狩り』を楽しんでいる? 冷酷な女?」
「さあ、どうでしょう? 私にはそこまでは……」
 ハンはテスの挑発をかわしたが、ピクッと眉毛が動いたのを、テスは見逃さなかった。
「フフ………さ、引き継ぎを始めましょうか?」
 テスはニヒルに笑う。
「………せっかちですな。移動でお疲れでしょう。どうです? 明日からでも?」
 やや、ハンは狼狽気味に言う。
「いえ。時間はありませんよ、ハン中佐。『貴方方』に時間の余裕を与える訳には参りませんから」
 テスは目を細め、口端を上げる。
「………どういう意味ですかな?」
 真意が掴めませんな、とハンは肩を竦める。
「おや、おトボケになる? 調査は本当でしたわね。やはり、旧カラバの連中は油断がなりませんわ」
「………仰有る意味が………わかりませんな?」
「それなら、わかるようにして差し上げましょう。間もなく『ハンター』の部隊も到着します。彼らに尋問させましょう」
 テスはサディスティックに笑う。その笑みを見ていた、テスをここまで案内した大尉が、無言で退室しようとする。
「動くなッ!」
 テスは叫んだが、大尉は構わずドアを開け、逃げるように出ていく。
「チッ!」
 テスは舌打ちし、ハンを振り返る。
「動くと、撃ちますよ」
 拳銃を向けたハンが、そこにあった。
「謀反か。良い度胸だ」
「謀反ではない。我々が正義だ」
 ハンは強ばった顔で言った。
「連邦に逆らう事がか?」
「先の『シャアの反乱』でも、政府は、軍は何も学ぼうとしていない。その結果がマフティーの反乱だ。そして、それでも彼らは学ぼうとしない。ステイタスを求めるゴキブリ共に、ちょっと教育してやろうと、ね」
 話しながら、ハンは少しづつ緊張を解いて、雄弁になっていった。
「ほう、貴様から冗談が聞けるとは思わなかった」
 テスは高らかに笑う。銃を突きつけられている人間の行動には見えない。
「余裕………だな?」
「貴様、所詮は軍に隠れて行動しているだけの組織だな。私が一人で来たと思っているのかい?」
「どういう意味だ?」
 護衛がいる、と言っているのはわかりきっている。だが、しかし?
「ガルボ・エグゼの試験をここ、プサンで行うと決定したのは、この私だからな」
「!……やはり、な!」
「フン………そろそろ、か」
「何が、だ?」
 ハンの背中に悪寒が走った。と同時に、背後にしていた窓に見える、滑走路付近に閃光が走り、爆発音が響いた。
「ほうら、新任司令官殿の救出作戦の始まりだよ」
 テスは再び高らかに笑い、ハンは慄然としながら、爆発音を背中で聞いた。

※本コンテンツは作者個人の私的な二次創作物であり、原著作者のいかなる著作物とも無関係です。