機動戦士フェニックス・ガンダム
作:FUJI7
9 カラバ
「そうです。コードさんの推測通り、我々はカラバです」
シーツリーからイニシアティブを返して貰い、ハンは本来の立場で、話をしていた。
「カラバとエゥーゴは協力組織だった筈だが?」
「その通りです。アムロ・レイもカラバの出身だった………」
ハンはアムロと面識があるのかも知れない。やや遠い目つきをする。
<ここでも、アムロ・レイ………>
ジャンはその聞き飽きた単語に、人々の期待が、過大にその名前に注がれているのだ、と認識する。正義に殉職した人物………の、歴史的な代表と言って良い。
「エゥーゴは、もう組織としては存在しません。連邦軍そのものに埋没してしまいました。………本来の理念とはかけ離れた、愚昧な政治家の道具に成り下がっています」
「じゃあ、何かい? アンタ達は連邦軍を仕切り直そう、って言うのかい?」
コードのセンスは、そんな表現を使った。ハンは力強く頷き、
「ええ、そうです。本来は………軍事行動ではなく……政治的活動で行う予定でした」
「アースノイドの代表として、か?」
コードは嫌味を含んだ言い方をする。
「そうです」
「バッ………」
馬鹿な、とコードは言いそうになる。それではまるで『ティターンズ』ではないか、と。ティターンズとは、10年ほど前に設立された、連邦軍内の、反連邦運動鎮圧組織のことである。エゥーゴそのものは、『反ティターンズ』を標榜して組織された経緯があり、地球上でエゥーゴを支援していたのが、『カラバ』なのである。
それが、骨抜きになってしまったエゥーゴを討つ目的で、カラバが再編成されたのだ、とハンは言っているのだ。
反連邦を、軍隊が唱えれば、それは即ち反乱である。今時、誰が一体、そんな大袈裟な博打を打とうと言うのか。
「そうです。馬鹿げた事です」
ハンは淡々と言い、ジャンとコードを見つめ、
「ですが、人道的に間違った行動は、正さなければなりません!」
と、一転、力強く言い放った。
コードはその言い草に嫌悪を感じた。だが、正義の士として死ぬのは悪くはないのではないか? とも思えるのだ。
迷った表情のコードに、ハンの後にいたシーツリーがツツ、と近づき、コードの耳元で囁いた。
「お願いします。我々の意志を汲んで下さい、大尉」
大尉。コードはその単語に眉をひそめた。
「貴様、何と言った?」
「我々には戦力が必要なのです」
シーツリーはコードの質問を遮り、言う。コードも、その追及が自分の身を危うくする事を知って、眉の位置を元に戻し、シーツリーを見た。
「それは理解できる。だが、俺にはアンタと司令の関係がとても不自然に見える。その辺の説明をして貰えないか?」
コードは言い、沈黙が流れ、ジャンは唾を飲んだ。やがて、「いいですね?」とハンに了解を求める為にシーツリーの視線が動き、再びコードに戻ると、
「いいでしょう」
と、シーツリーは頷いた。
「私がハン司令を組織に引き込んだのです。その事については慨嘆せざるを得ません。が、私とてカラバのエージェントに過ぎないのです………」
ジャンはシーツリーの『説明』を聞き、『ただのエージェント』に、司令ともあろう人物が卑屈になるものだろうか? と疑問符を浮かべる。直感的に、この人の言っている事の、何割かは嘘だ、と思えた。それはコードも同じ思いと見られ、明らかに不服そうな顔をしている。が、シーツリーはこれ以上の、本当の事は話さないだろう、とも思えるからなのか、
「そうか。よくわかった」
と引き下がる。
潔くコードがシーツリーに追及する事を止めたので、先ほど耳打ちされた事………ジャンには聞こえなかったが………が、影響しているのだろうか、と想像する。
シーツリーは先にも見せた笑顔を再び見せて、コードの了解の弁に感謝する。
「でな、シー…ツリーさんよ。現実的にどうするつもりなんだ?」
「ここを撤退します」
「基地の全員も、か?」
「基本的にはそうです。が、ここがカラバの秘密基地であることを知らない職員もいますから、その方達は、違う基地に送ることになります」
実際には移動さえさせず、見捨てる可能性が高い、と言っている。プサン基地が如何に小規模な基地とは言え、基地関係者は軍籍の者だけでも五〇〇人はいるだろう。平時であっても、そんな数の人間を乗せる輸送機など、この基地にはない。
とすれば、カラバの基地だと判明した、このプサンには、マハ……俗称人狩り部隊……が一番乗りでやってきて、軍人、民間人を問わず、無差別な尋問を始めるだろう。
<そんなことになったら、メリィは、どうなる?>
ジャンはシーツリーの言葉から、そこまで思いついて、ゾッとした。少なくともメリィはジャンとコードと無関係ではない。コードと親しい事はメリィの母親以外の第三者でも知り得ることである。であれば、高い確率で、メリィはマハの尋問に対峙することになろう。
「もし、近しい人がおりましたら、今のうちにお知らせ下さい」
ハンはジャンの不安を察したのか、シーツリーの背中越しに言う。
「じゃあ、基地の近くにサンドイッチ・ショップがあるだろう? そこの店主、カマドゥ・ミリエラと、その娘、メリッサ・ミリエラ。この二人を連れてきてくれ」
コードは言い放った。ジャンはその二人だけを救っても、この街全体はどうなるのだ? という疑問を持った。
「せめて……な」
コードはそう言って、ジャンの髪をクシャクシャ、と触った。それが大人の判断、と言う物なのだ、と言わんばかりに。
理性的に考えれば、街一つを引っ越しさせるなど、論外なのだ。であれば、世話になった人だけでも救いたい。それが我を通せるものならば、通した方がいい。
ジャンはその論法に従うしかなかった。他にどうしようもない。
「あのサンドイッチ屋ですね。存じておりますよ」
ハンはやや声を大きく出して、傍らの電話から、その二人を連行するように、と指示を出した。
<それ以前に、二人は無事なのだろうか?>
と、ジャンは執務室から見える空に、メリィの優しい顔を想うのだった。
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