機動戦士フェニックス・ガンダム
作:FUJI7
10 ガルボ・エグゼ二号機
その少女は、発見されたとき、僅かに判別できるIDカードがポケットに入っていたため、煤けた顔、破けた服にも関わらず、本人だ、と識別できた。
少女が、メリッサ・ミリエラ、メリィであり、プサン基地のカラバメンバーによって救出されたニュースは、モビルスーツ格納庫にいた、ジャンとコードにも伝わった。
「娘さんの方は保護されたそうです」
シーツリーが受話器を置きながらコードに伝える。
「母親の方は………?」
と言いながらも、コードは嫌な予感を感じる。
「……わかりません………」
シーツリーは力無く言った。恐らくは……メリィの口から、死亡した、と報告が来ているのではなかろうか、とコードは想像する。だが、訃報が正式に届く前に悪い考え方をするものではない。仮にも、これから基地と、輸送機防衛作戦の為に出撃をしなければならないのだ。ネガティブな想像は戦場に於いてネガティブな行動しか生まない。それを知っているコードは、頭を振り、カマドゥの熟れた肉体がバラバラになってしまった絵図を追い出そうと努力する。
<こんな事なら、誘いに乗って寝ておけば良かった、ってか?>
ああ、自分にもそんな青臭い想いが残っていたのだ、と思う事は、決して自己を否定するものではない。パイロットになる前の、自己中心的ではなく、普遍的な優柔不断な性格だったあの頃……へ回帰させてくれる。
<若かった………>
と、素直に思えるのは実際に年齢を重ねた証明であり、イノセントに生きている若者を羨む言葉でもある。だから、と言って、コードは若造に人生論を語るクチではない。己の腕っ節だけで生きてきた男の、自己防御的な性質だ。
「二号機の方、お願いします!」
メカニックマンがシーツリー、コード、ジャンのいる場所に向かって叫んだ。テストする為に搭乗してくれないか、と言っているのだ。
「コードさん、お願いします」
シーツリーは、思案顔のコードに乗るように言った。正規のテストパイロットは、敵性の人間の為に使えないのだ。
「ああ、わかったよ。時間がないんだろ?」
いつもの不敵な笑みを瞬時に戻したコード。その笑みは、シーツリーに、コードにパイロットを嘆願した事を、間違いではない、と思わせるものだった。
「後は実戦の勘を取り戻して貰うだけ、か」
いや、その点で言えば誰よりもコードは適任者に見えた。何故なら、実戦慣れしているパイロットなど、先の『シャアの反乱』に参加した一部の宇宙軍を除いて、現在の地球連邦軍にいる筈もないのだから。老齢とは言え、腕だけで言えば現役の連邦軍パイロットを含めてもトップ10に入る人物だろう。
そう、シーツリーはコードの正体を知っている。だが、コードはシーツリーの正体を知らない。それだけの事だ。
「シーツリーさん………」
コードを見送る視線のシーツリーに、パイロットスーツ姿のジャンが声を掛ける。
「はい、何でしょう?」
そのシーツリーの瞳は穏やかだ。
「稼働できるモビルスーツは三機、と言いましたよね?」
「ええ、そうです。この、ガルボ・エグゼが二機と、ジャン君のZPlusが一機。それだけです」
「! ……じゃあ、最初から僕たちを……?」
「ええ。仲間になってくれるだろう、と踏んでいました。もし、ジャン君が乗ってくれなかったら、自分がZPlusに乗るつもりでした。それでは機体能力を十分に発揮できない事も承知していましたけどね」
「相手が………ニタ研……ニュータイプ研究所のモビルスーツ、なのに、ですか?」
「!」
鋭い、とシーツリーは慄然とした。やはり、この子供は普通ではない、と。そこで、コードと同様、この少年を徴用することは、ある種の必然というか、戦火に巻き込まれる為に生まれてきたのではないだろうか、と思わせるのだ。
そして、この少年は先の戦闘より以前に、実戦に加わった事がありそうだ、とも思えるのだ。『戦闘証明済み』……コンバット・プローブンのパイロット……だ。そうでなければ、ZPlusの、旧型とは言え、ああも簡単に撃破出来た理由を思いつかない。
この時代、少年がパイロットでいられて、しかも精神の平静を保っていられる………。こんな条件を満たす存在は、二つしかない。偶然にも『ニュータイプ』の適性を認められた軍籍者か、『ニュータイプ』になるべく人体改造を施された者……いわゆる『強化人間』……しかいない。そして、前者の確率は驚くほど小さい。であれば、消去法から言っても、ジャンは強化人間だろう、と察しをつける。
君は強化人間なのか? とズバリ質問する事は、デリカシーの無いことだし、蔑視が生む台詞である。その意味で、シーツリーは柔和な男だった。彼は主義者としては優しすぎるのだ。だからこそ、その気配りが目を引いて、上司であるハンを取り込めた、とも言えるのだが。それも一種の才能だし、そう言った役回りを押し付けられる星の下に産まれた、とも言える。苦労性だし、運命とも諦めていた。
自分で選んだように見える道だが、これが運命ならば、逆らう事もない。生き延びる為の最良の選択をして、それを後悔しないことだ。
「ジャン君」
シーツリーの瞳は真っ直ぐにジャンに向く。
「はい……?」
ジャンは、戦闘前の空気に胃が重くなるのを堪えながら返答する。
「F型にはサイコミュが付いていましたね。連動はどうです?」
「僕が乗った時にはスイッチが切ってありました。フォーマットされた状態で、前のパイロットの精神波動記録はありませんでしたから……」
「!……じゃあ、前回は純粋に機体操作だけで……」
シーツリーはジャンの、その言葉に戦慄する。
「そうなります。……できれば……サイコミュは使いたくないんです」
ジャンはシーツリーを見上げた。僕が何者なのか、わかっているのでしょう? と、その瞳は言っていた。
「そうですか………」
機体反応を向上させる類のシステムであっても、サイコミュはパイロットの精神状態をそのまま反映させてしまう。これから攻めてくるだろう相手がニタ研中心の部隊ならば、当然サイコミュ搭載機種だろう。であれば、サイコミュ同士の共振を恐れているのだ。
サイコミュの共振を恐れている?
シーツリーはハッとなった。強化人間であるならば、ジャンのどこかにマインドコントロールが施されているのではないか。ジャンは、それを恐れているのではないか。
そう考える事は、ジャンが戦闘途中で敵に回ってしまう可能性を、否定できないことになる。
「そうして下さい。サイコミュは使わない方がいい」
シーツリーは重ねて言い、ジャンは沈痛の面もちで頷いた。
一方、ガルボ・エグゼ二号機に向かったコードは、近くから見た印象が全体に安っぽい感じがするので、その三角形のバックパックの形状も相まって、ティターンズのモビルスーツ、『ハンブラビ』を想起していた。
しかし、ハンブラビ程、先鋭的なイメージではなく、GMに無理矢理ジェネレーターを追加して、無理矢理バックパックを付けた、と言う感じだ。
それもその筈、ガルボ・エグゼはGMIVの改造機なのだ。元々装備されているジェネレーターの他に新型のジェネレーターを一基装備、その為に脚部が収縮する程度の変形しか出来ず、上半身はバックパックにそのまま隠れるだけ、と言うのが変形前から見て取れた。センサー、カメラは外見上、GMと大差ない。但し、フレーム補強はしてある様子だ。そうでなければZPlusのF型を圧倒できる性能など、見せはしない。
「フン………」
コードはクレーンを使い、コックピットへと上がる。見上げる先には肩のマーキング。『02』の文字が書いてある。GMIVのコックピットは見たことがあるので、その改造点は、一目でわかった。
「コックピット回りもいじってあるのか………」
となると、アビオニクスも相当改造してあるのだろう。コックピット内に入ると、GMIVにはないスイッチパネルがかなり増えているので、パラパラ、と手にしているマニュアルをめくり、位置を確認する。
《どうですか? 調子は?》
メカマンが無線で訊いてくる。
「エンジンの調子はいいぞ!」
コードは叫んだ。しかし、一度も乗った事のない機体に命を預けるのは、俺も酔狂な男だ、と自嘲したい気分になる。
「一度、動かしてみたい。できるか?」
《結構ですよ。でも、一応、武器を持って行って下さい。いいですか?》
「OKだ」
コードは言い、指定のビームライフルを手にすると、
「ガルボ・エグゼ2号機、コード、出るぞ!」
と言いつつ、格納庫の出口まで二号機を歩かせた。
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