機動戦士フェニックス・ガンダム

作:FUJI7

16 メロゥド2

「IMF確認。メロゥド2です」
 オペレーターの声を聞き、シーツリーは安堵の溜息をついた。
 脇でその様子をみていたコードが声を掛ける。
「これで戦える、ってか?」
「ええ、これで何とか。しかし、彼我の戦力は比べ物になりません。我々は賊軍、彼らは政府のお墨付きで戦うのですから」
「ゲリラの方が士気は高いって言うけどな?」
「それは大切ですが、それだけで勝てる程、甘い相手ではありませんよ?」
 シーツリーは真顔である。
「確かに、な」
 コードも戦力差を認めざるを得ない。ジャンが……ここにいてくれれば、少なくとも何とかなりそうな気もするが、それも、『たられば』の話である。
「ジャンな……どうしちまったかな?」
 あの、金色と赤い色のモビルスーツ。当然、データバンクには登録されていない機種だった。形状、赤い方の動きを考えると、ミノフスキークラフト装備、しかも強化されているパイロットでなければ扱えないシロモノ……つまり、通常では考えられない程の機動性を持つ、と推測されていた。あの場面で退却した二人の判断は的確だった訳だ。
「生きている事は間違いないでしょうが……」
 どうなったのか、は判らない。ジャンが強化人間であれば、何らかの精神操作をされて、再び戦場へ駆り出される事だろう。しかも、その時は、恐らく味方ではない。
<出来れば、アイツとは戦いたくはない……>
 それがコードの本音だった。少なくとも、情念が移っているのである。そんな相手とは戦いたくはない。生き死にの問題以前の話、なのだが。
「老けたかな……」
「は?」
「いや、何でもない。お嬢ちゃんの所へ行って来る」
「……はい。お願いします……。一〇分後にはメロゥド2と接触します。移動の準備もさせておいて頂けますか?」
「ああ」
 コードはメリィの所へ行く、と言い、シーツリーは沈痛の面持ちでそれを見送る。メリィは不安定になっていた。母親が結局見つからず、自分だけが生き残ってしまったのではないか、との自戒の念。そして、ジャンの事である。
 コードは避難民を乗せた輸送機の後部デッキへと向かった。決して大きくはないデッキに、ミノフスキークラフト機が二機と、五〇名前後の避難民が混在している。確かに、シーツリーが思うように、戦えるレベルではない。
「おじさん!」
 メリィは地獄に一筋の光明を見た思いだったのか、喜々としてコードを発見し、駆け寄って来た。
「よう。元気か?」
 元気じゃねえな、と傍目に思う。メリィの目には生気がない。
「ええ、まあ、」
 生返事をして、メリィは目を伏せ、そして思い直したようにコードを見上げる。
「おじさん。ジャンは、ジャンは?」
 訊かれる、とわかっていても、訊かれるのが嫌な質問だった。だが、ここで正確に答えておかなければ、メリィは立ち直れなくなる。現実を直視することが必要なのだ。
 コードは沈黙を、タイミング良く撃ち破った。
「あのな、……………行方不明なんだ」
 それが最も正確な答えだった。それ以外に答えようがない。
「行方、不明?」
「ああ。前の戦闘でな」
「そんな………」
 メリィの表情は不安に更に輪を掛けて、青ざめてさえいる。
「大丈夫だ、大丈夫だ。モビルスーツに乗ってからのアイツは、超人だったじゃないか。それを信じようぜ? な?」
 涙ぐむメリィの肩を抱き、コードは言った。
「でも、でも……」
「な、ジャンを信じようぜ?」
「ジャンは……?」
「ん?」
「ジャンは何者なんです? おじさんは知ってるんでしょ? 教えて?」
 ここでジャンの正体をバラしてしまうべきだろうか。コードは逡巡する。
<いずれ、わかっちまう事かもな……>
 そうだ、メリィはあの、活躍したゼータプラスを知っている。それがジャンの操縦だと知っている。それを許容する答えなら、彼女自身、察しが付いているのではないか。
「ジャンの正体……か。何だと思ってるんだ?」
 それを自分の口から言わせようとするのか! メリィは一瞬、カッとなる。が、現実を認識しなければならない、とも決意する。それはメリィの強さであり、それ故にジャンを心配出来るのだ。
「ニュ……ニュータイプ?」
 口に出してから、何か違う、ともメリィは思う。
「違う。人工的に作られた、って前置きがある。いわゆる強化人間だ」
「強化……?」
 連邦軍の宣伝プロジェクトの一つに、そんなものがあった、と記憶が蘇る。『強化人間は、人類が人類の手で進化できる証左である』と。それに対する批判も、耳に挟んだことがある。『それは人類の傲岸であり、許される物ではない』とも。その論争は一〇年以上も前のことだから、現在はそれがどうなっているのか、は知るところではない。
 ただ、ジャンが強化人間だ、と心情的に直結出来ないのだ。彼が超人の証を見せても、尚、である。
「ああ。強化人間だ。記憶も曖昧。精神的に不安定。戦う事を動機付けられている」
 戦闘人形だ、とは誰に言った言葉だったか、とコードは記憶の断片を探す。
「そんな……」
 と口では否定してみるが、先の違和感が解消され、納得するしかない。ジャンは、強化人間なのだ。
「ジャンは、どうなっちゃうの?」
 宣伝プロジェクトでの強化人間……メリィが目にしたのは『ゴロー』『ロクロー』と呼ばれている双子の兄弟の事だが、その後の彼らの末路を知らない。生体実験そのものの暮らしの中で、彼らが、もとい、ジャンがどうなってしまうのか。その想像はメリィに恐怖を与える。仮にも、『弟』の認識がある男の子なのだから。
「わからん。わかんねぇ……な」
 これから、あの『三角形』を、整備しなければならない。それも、あの赤と金色のモビルスーツに対峙する為に。ジャンと戦う事になるかも知れない、と話せば、メリィは錯乱してしまうかも知れない。情報を小出しにする事は、精神の安定を促す、人の知恵と言える。
「とにかく、俺は俺で、出来る事をするつもりだ。勿論、その中にはジャンの野郎を助けてやる、ってえのも入ってるぜ?」
「うん」
「だから、な。待ってろよ。ジャンの事を考えながら。ヤツに呼びかけてやってくれ」
「呼びかける?」
 キョトン、とメリィは濡れた頬を振り上げてコードを見る。
「ああ、そうだ。ヤツが強化人間なんかじゃなくて、俺達と同じ人間なら、きっと感じてくれる。それを信じるんだ」
「うん。うん。うん」
 何回も何回も、メリィは頷き、コードはその様子が愛おしく感じられ、抱きしめた。それは、娘に対する接し方と言え、ああ、自分には、この娘を、本当の娘として扱う用意が出来ていたのだ、と感じさせた。しかし、その感じ方は、彼女の母親を守れなかった事への自戒の念へ直結する。
 だから、悲しい。だから、自分は老けたな、と思うコードだった。

※本コンテンツは作者個人の私的な二次創作物であり、原著作者のいかなる著作物とも無関係です。