機動戦士フェニックス・ガンダム

作:FUJI7

20 ガルボ隊出撃一分前

「爆発だと思われる熱反応を感知!」
 メロゥド2のオペレーターが叫ぶと、コードは目を剥いて振り向いた。
「粒子の濃度は!」
「戦闘濃度! 異常なくらい濃いです!」
 ジャンだ、と直感する。コードは寒気を感じた。が、行かねばならない。このガルダにある戦力の全てを投入しても、例の新型に立ち向かえるかどうか、怪しいものだった。
「出るぞ! デッキに用意させとけ!」
 コードは叫び、ブリッジを駆け出した。
「コードさん!」
 シーツリーも叫び、傍らにいるハン・チャーを見る。ハンは頷き、ブリッジの事は任せてくれ、と目配せをする。シーツリーは単なる士官でも、パイロットでもない。実質、現在のガルダの司令官なのだ。
 もしかして、このような事態になったときの為に、自分は『組織』に引き込まれたのではないか。ブリッジを駆け出して出ていくシーツリーを見送りながら、そうも考えるハンだった。
 ブリッジからモビルスーツ・デッキに向かうエレベーターの中で、コードとシーツリーは緊張を保ったまま、黙っていた。が、コードが横目で見ながら訊く。
「ジャンを取り戻す……って言ったな?」
「そうです。我々は彼を欲しています」
「パイロットとして、か?」
 コードは例の、シニカルな表情だ。
「それは否定しません。ですが、ヒーローとして、です」
「ヒーローだって?」
 ヤツが? と、コードはシニカルの度合いを強める。
「そうです。彼こそ、カラバに必要な人材です」
 シーツリーは真顔だ。
「理由は?」
「確定情報ではないので、まだ……」
 シーツリーは言葉を濁す。
「胡散臭いな。ハッキリ言えよ」
「……………」
「何故、ジャンを取り戻さなければならない? 何故、こちらの味方にしなければならない? 輸送機を捨てて、戦闘態勢を取ってまで?」
 コードは捲し立てる。自分で、自分らしくない、と思いながら。
「彼は……ジャン・アシドラルは、ある意味で、運命付けられている遺伝子を持っているかも知れない人物だから、です」
 なんだそりゃ、とコードは目を剥く。
「私にも……これくらいしか……わからないのです。私は、彼に会ったことがありませんから」
 ますます、コードには理解出来ない。シーツリーは、何を言っているのだろう?
「それよりも、ジャン君の捕獲……いえ、奪還……に専念しましょう。強化人間として、正規のプログラムが働いている可能性が強い」
「………ああ………」
 釈然としない思いが残る。が、シーツリーの言葉で、現実に帰る。あの新型モビルスーツと、強化人間のジャンの組み合わせは、一機でゼータタイプ数機の戦力になりうるだろう。偶然が味方しなければ、ガルボ・エグゼ二機だけでは勝てないのは明白だ。
「正面から行っても、ダメだな」
「自分も、そう思います」
 シーツリーが頷く。
「ここはやはり、大尉、貴方が説得する以外、ありません」
「その言い方は止めろ。俺は軍籍にはない」
 コードが凄みを効かせると、エレベーターのドアが開いた。
「はい……」
 シーツリーとすれば、コードは頼れる人物、という感触があり、それ故に深くカラバに関与して貰いたい、と思うのだ。彼ならば少ない戦力の反乱軍……カラバ……の実戦慣れしていないモビルスーツ部隊を統括し、スキルレベルをアップさせてくれるだろう。彼のような人物が、反乱を起こす土壌として選んだプサンに不法居住していた事は、正しく僥倖以外の何物でもない。
 しかも、コードには、ジャンという、強化人間……恐らくは脱走をした……まで側にいたのだ。こんな偶然があって良いものだろうか? とも思える。
 しかし、現在、恐らく、ジャンは敵性の人物であり、その対処をしなければならない。ジャンを奪還する為には、形振り構っていられない。
 コードは、既にコックピットに入ろうとしている。ガルボ・エグゼは人型モードのまま、デッキに二機が並んでいる。シーツリーもコックピットへ急いだ。
 兵装は、通常通りの、ビーム主体にしてある。先にフェニックスに対峙した、テスの戦法とは対照的だ。ミノフスキークラフトの機体に対しては実体弾をベースにすべし、というのは、ある意味でセオリーで、その方が相手に損傷を与える確率は高い。事実、テスの部隊はナナのフェニックスに損傷を与え、撃墜までしたのだ。
「だが、撃墜が目的ではない」
 ガルボ・エグゼのコックピットに座りながら、シーツリーは独り言を言った。
《熱源反応アリ! …………爆発しているものと思われるものが七つ……程度! モビルスーツと思われるものは、……………一つ、ないし二つ!》
 ブリッジからの報告だ。
《どう思うよ?》
 コードから、有線で通信が入る。
「この爆発ですか?」
《ああ。こりゃ、戦闘の跡だろう?》
「そう思います。ナガノ・ベース……の連中かもしれません」
《何故だ? 戦う必要があったのか?》
「ジャン君は、完全に敵の手の内、という訳ではなさそうですね」
《あの赤いヤツは、連中のマシンだろう?》
「何かあったのかも知れません。とにかく、戦わざるを得ないような状況になった」
《うむ……》
 そのようにしか推測出来ない。コードは頷き、
《ZPlusは出ないのか?》
 と傍らで整備中のZPlusを見ながら、訊く。
「彼には待機していて貰いましょう。ジャン君の説得が出来なければ、我々だけだろうと、戦力を増強していようと、変わりはありません」
《道理だな。2+1が3になるとは思えない》
「ガルダの直衛に回します」
《ああ。それが良いだろう。GMは手筈通りに?》
「はい。我々の後に」
 二人は、戦場での『勘』が一致していることを、お互いに心地よく思った。よくよく考えてみれば、そう思える相手……戦術観が一致し、操縦レベルも近い……に出会えた事は久しぶりのことなのだ。これは、高揚感、と言い換えても良い。
<これこそ、俺の求めていたものなのだ>
 と、コードは思う。しかし、その高揚も、ジャンが相手なのだ、と考えると、沈痛の面持ちになる。
「説得……か」
 コードは溜息をつく。
《た…いえ、コードさんが呼び掛けている間、私が牽制をします》
 シーツリーが言う。
「ああ。それしかないな。ミノフスキー・クラフトの浮力形成面をジャンの機体の正面に向ける……」
《それを基本ポジションとしましょう。ゼロ距離射撃でなければ、二、三発は直撃にも耐えるでしょう》
「基本は『三角』モード、ってことだな。了解した」
 言いながら、パネルを見る。エンジンは臨界、粒子散布はOK、と出ている。
「行くぞ」
《はい》
 コードは整備兵に退くように言い、コックピットハッチを閉めた。全周囲モニタが切り替わる。
「散布、始めるぞ」
 ガルボ・エグゼが粒子の散布を始めると、周囲は靄に包まれたようになる。そのまま、後部ハッチへと歩かせる。
「コード、ガルボ・エグゼ、行くぞ!」
 ハッチに背を向けたまま、コードのガルボは降下していった。
「シーツリー、ガルボ、出るぞ。ハン司令、後は頼みます」
《御武運を》
 ハンが言い、それを聞きながら、シーツリーのガルボ・エグゼも降下していった。
「ムッ!」
 降下した途端、ガルダの気流の影響で、バランスを崩す。が、既に作動していた、ミノフスキー・クラフトの出力を調整しつつ、立て直す。
 浮力が付いているのを確認すると、ガルボ・エグゼは変形に入る。コード機は、既に変形を始めていた。
<流石だ>
 改めて、シーツリーは、コードの操縦センスに舌を巻く。長く戦闘から離れていた人間とは思えない。
 両機ともに変形を終了すると、粒子の濃い地帯……ジャンのいるであろう場所……へ機首を向けた。
《行くぞ!》
 心なしか、軽い緊張がコードの声から伝わる。
「はい!」
 シーツリーも、その声には、強張りがあった。

※本コンテンツは作者個人の私的な二次創作物であり、原著作者のいかなる著作物とも無関係です。