前哨戦

作:澄川 櫂

SCENE. 3

「フランク! ダニエルっ!」
 モビル・ポッド”ボール”のコクピットで、僚艦の沈み行く様を目の当たりにしたコネリー軍曹は、二人の同僚の名を叫んでいた。いずれも、長年同じ作業場を流れてきた仲間達である。
「クソッ!」
 応答がないのを知って、思わず吐き捨てるコネリー。が、気休めである。タイミングから言って出撃できていなかったであろうことは、呼びかけるまでもなく明らかだった。
「ニールは何してる!」
 単機、敵機へと向かうクルトのジムを見ながら、彼はいま一人の味方パイロットの名を挙げ、罵った。ジム・コマンドを操る男のことである。部隊で最も優れた機体を預かりながら、出撃が遅れているのだ。
 もっとも、先程彼が殴り飛ばしたことが、出撃の遅れた原因だったりするのだが、そんなことはきれいさっぱり忘れている。
「ケッ!」
 腫れ上がった頬を撫でながら、ニールは毒づいた。が、それ以上続けなかったのは、彼がパイロットとして優れていたからに他ならない。
 クルトを追って機を流しかけたニールは、不意に殺気のようなものを感じた気がして、振り向いた。敵機の進入方位とは、全く逆の方向である。並のパイロットであれば、あるいはその時点で、気のせいだと切り捨てただろう。
 だが、ニールは違った。逆だからこそ、あり得る話だと思ったのだ。にわかに方角を転ずるジム・コマンド。コネリーの罵声が再び響くが、もはやそれに構っていない。
 果たして、彼はそこに敵影を認めた。
「クッ……! やはり安直だったか」
 視界の先の光点が一つ、自機の進路を向いたのを知って、オリゾンは口惜しがった。
 陽動は戦術の基本である。だから、敵がそれを考慮に入れることは折り込み済みであった。予定では、カーチスのドムがさらに別方向から仕掛け、彼のザクは、その隙を突いて艦艇を沈める算段だったのである。
 それが、作戦の要である自分の方が先に見つけられてしまった。カーチスの攻める方位からでは、艦艇を殺るのは難しい。隠密行動には自信があっただけに、なおさら悔やまれるというものだ。
 だが、今さら退くことも出来ない。
「……やってやるさ」
 愛機にバズーカを握らせながら、オリゾンは言った。脚部スラスターを増設しているとはいえ、連邦のジムにスペックで劣るのがザクだ。苦戦するのは目に見えている。
 が、ソロモン戦で多少なりとも勇名を馳せたオリゾンにとって、それは後退の理由となり得なかった。そもそも、機種転換を拒んだのは他ならぬオリゾン自身である。性能差は技量で補えば良い。そう思っている。
「索敵部隊のパイロットがいかほどのものか!」
 迷わずフットペダルを踏み込むオリゾン。口にした言葉が油断に繋がろうとは、このとき夢にも思わない。

「なんだ、ザクか」
 淡いグリーンの機体を確認したニールは、どこかつまらなそうに漏らした。
 別に侮ってのことではない。むしろザクの方が強敵であることを、彼はソロモンでの経験から知っている。相手がビーム・ライフル装備の新鋭機ではないという事実に、多少落胆して見せただけのことである。
 ニールは戦いを楽しむタイプの男であった。新型が相手でないのは残念だったが、単機で乗り込んできたことを考えれば、さぞかし腕の立つパイロットが乗っているに違いない。ましてや差しの勝負である。心躍らぬはずもなかった。
「せいぜい楽しませてもらうぜ!」
 一転して、声を弾ませるニール。ライフルが迸る光芒を放つ。
「チィッ!」
 鮮やかすぎる光をかわしつつ、オリゾンは己の迂闊を呪った。
「向こうも強化型か!?」
 戸惑いを隠せない様子でそう続ける。
 連邦軍のモビル・スーツを強敵たらしめているのは、ほぼ全ての機体に標準で装備されているビーム兵器の存在であった。白い奴こと”ガンダム”に初めて搭載され、数多の新鋭機を一撃の下に葬り去ってきたその破壊力は、ジオンのパイロットが等しく畏怖するところである。
 だが、量産機であるジムが携行するライフルは、ガンダムのそれとは違い、射程が極端に短かった。遠方より狙われる恐れはないのである。故に、ソロモンの名だたるパイロットはドッグファイトを多用し、最終的に敗れたとはいえ、輝かしい戦果を残すことが出来た。
 オリゾンもまた、そんな中の一人である。懐に飛び込めれば勝てる。所詮は数ばかりの烏合の衆だ。技量などたかがしれている。そう思っていた。
 ところが、彼の期待とは裏腹に、相手は遠方よりビームを撃った。それは間違いなく狙って放たれたものである。この距離で当てようと言うのだから、よほどの腕の持ち主なのだろう。それを裏付けるかの如く、続く狙いも正確である。
「クッ……。バズーカは、まだ……!」
 オリゾンはようやく戦慄した。

「やるじゃねぇか」
 紙一重でビームをかわすザクの姿に、ニールは思わず感嘆の声を上げた。
 彼の愛機ジム・コマンドは、宇宙戦闘用にカスタマイズされた機体である。ベーシックなジムに比べ、推力、機動性、およびセンサー回りが強化されていた。ガンダムとまではいかないが、相当に強力なマシンであると言える。
 ノーマルなジムでもってさえ、ソロモン戦では四機もの敵モビル・スーツ落とせたのだ。仮に相手が凄腕のパイロットであったとしても、この機体であれば容易く撃墜できる。はずであった。
 それが一向に当たらないのである。ロックしているにもかかわらず、だ。ニールの口元に笑みが浮かぶ。予想を上回る強敵の出現に、彼の心は躍った。
 ザクがバズーカを撃つのが見える。と、同時に、ニールは機を下に流した。間髪入れず引き金を絞る。狙いは機体本体ではない。ザクの持つ長い得物——。
「ぬおっ!?」
 バズーカに直撃を喰らったオリゾンは、さすがに慌てた。もちろん、右腕まで持って行かれるなどというへまはしないが、敵機を一撃できる武器を失ったのは痛い。
 120ミリマシンガンで牽制するが、焼け石に水である。シールドで受けるジムの動きは止まらない。逆にザクの方が、右肩に備え付けのシールドを、その基部より吹き飛ばされた。右腕が脱落する瞬間、マシンガンが辛うじて相手のライフルを砕いたが、コントロールを失った後の話である。それこそ偶然に違いない。
 ほとんど必死の思いで、愛機にヒート・ホークを握らせるオリゾン。ジムもまた、それに応えるかの如くサーベルを抜く。そして交錯。
 ザクの左足が、脛の中程より切断される。一方のジムは、シールドの先を僅かに失っただけだ。
「クッ……!」
「チィッ!」
 よけ損ねたオリゾンと、仕留め損なったニール。どちらがより悔しいかは判らない。いずれにせよ、この場合はニールに分があった。
 全速で逃れるザク。追いかけるジム。
「逃がすかよっ!」
 このとき、ジムの腰には予備のマシンガンがあった。ニールがあえてそれを使わなかったのは、あるいは慢心していたからかもしれない。少なくとも、敵に援護があろうとは、全く考えてもいなかった。
 それが、結果として彼の死を招くことになる。ジャイアント・バズを構えたドムが行く手を遮ったのは、まさに突然の出来事であった。
「何ぃっ!?」
 叫んだときには、砲口に光が見えている。迫り来る弾頭を見ながら、ニールは散った。

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