魂の還るところ 〜Return to the Earth〜 ゆりかごの記憶
作:澄川 櫂
5.コアファイター
「しっかしまあ、103年にもなってドラッツェとはねぇ」
ケビン・コロノフと名乗った運び屋の使いは、挨拶もそこそこに背後の青い機体を見やった。小柄な青年はコレットより一回り以上、歳上のようだったが、興味津々に養父の愛機を見つめる横顔は、どこか子供っぽく思える。
「海賊らしくて良いだろう? もっとも、オリジナルのパーツは頭部くらいなもので、ほとんど別物だけどな」
メカニックのイアン・ライトが、こちらも嬉々として応えた。
「それはまあ、一目でわかるんだけど……」
奥にある別の機体を見やりながら、コロノフが続ける。
「だからって、わざわざズサを同じようにするかなぁ」
近年のモビルスーツにしては珍しい、ずんぐり小柄な黄色のマシン。丸みを帯びた外観は、どこか愛らしくもある。
「リスペクトってやつだ」
ますます得意げに胸を張るイアン。
オリジナルのドラッツェとは違い、両腕ともマニピュレーターを備えていたが、脚部は膝下を前後逆転して固定されていた。ドラッツェ同様に歩行は不可能だろう。特長あるブースターパックも外されており、意匠は確かにドラッツェのそれだった。
「まあ、歩行をオミットしたのは維持費の問題でもあるんだが」
「さしずめズサッツェ、てとこかぁ」
呆れるコロノフの発した言葉に、コレットは思わずずっこける。
「どうした?」
「おやじやイアンさんと同じこと言ってる。もしかして、見た目よりお年寄り?」
「年寄り……⁈」
コロノフが軽くショックを受けていると、
「わっ! なんだこいつ⁉︎」
彼の乗ってきたモビルワーカーの方から、少年の声が響いた。見ると、モビルワーカーから飛び出した赤い球体ロボットが、彼を威嚇するように飛び跳ねている。
「ニコル、何やってんの?」
「あれのコクピット見ようとしたら、いきなりこいつが……」
「サイレン!」
コロノフに呼ばれて、その球体ロボットはコレット達の近くまで跳ねてきた。“煙突島”で彼女が見たのと同じ型のようだったが、こちらは三角の耳が生えていることもあって、転がることはできないらしい。
「僕の相棒のサイレン。今回の依頼はこいつ頼みなんで、よしなに」
「よっ。頼りにしてるぞ」
イアンが愉快げに声をかけると、目を点滅させてサイレンは応えた。その様子に目を細めると、イアンはモビルワーカーを顎で指して言った。
「君のあれもなかなかのもんじゃないか。ニコルでなくとも興味が湧くよ」
「いいだろ?」
にっと笑うコロノフ。曲線主体でまとめられたその機体は、ヘルメットを被った小太りな溶接工、という形容がぴたったりだった。頭部のセンサーを覆うゴーグルがまた、その印象を強くさせる。
実際、宇宙で作業を行うのだろう。機体に比して大柄なバックパックや腕部には、それらしき装備がいくつもある。大きくがっしりとした足もまた、足場をしっかりと掴めそうな構造だった。
「コクピットの機密性も高そうだ。バッテリー周りもユニット化されているようだし、存外に長く稼働できるんじゃないか?」
「ご明察。その辺りはこだわったからね」
「しかし、あれじゃほぼ原型とどめてないだろ。かなりかかったんじゃないか?」
「モビルスーツ維持するのに比べれば全然安いよ。それに、こっちの方が小回り利いて使い勝手いいし」
「使い勝手といえば、サナリィのタンクになるやつなんかどうだ。コロニー内外兼用って意味だと、君向きな気がするけど?」
「ロトね。興味も伝手も無いわけじゃないけど、間違いなく当局に目ぇ付けられるだろうからなぁ」
イアンとコロノフが盛り上がる。そのあまりのフレンドリーさに、ニコルが呆れたように言った。
「緊張感ないやつだなぁ。仮にも海賊船なんだぜ?」
「でもイアンさん、すごく楽しそう。あたしはこういうの好きだなー」
「姉ちゃんまで……。俺たち海賊なんだぞ。舐められてたら格好つかないじゃんか」
「ニコル、今日日の海賊は市井の人と仲良くせんと生き延びられんぞ」
『おやじ⁉︎』
コレットとニコルの揃って驚く声にコロノフが振り向くと、体格の良い女性に肩を借りる形で、痩身の男が立っていた。ひどくやつれていたが、双眸の奥に宿る光は見るものを射るかのごとく鋭い。
「ヘーゼル・グラウスを束ねるアントニー・エリクソンだ。君の来訪を歓迎するよ」
「ケビン・コロノフです。わざわざのお出迎え、恐縮です」
「なに、こちらから頼んだことだからな。紹介しよう」
気さくな調子で傍の女性と、やや後方に立ついま一人の中年男性を示すアントニー。
「艦長のハリエットと副長のバブラクだ。この件はイアンに一任しているが、他に必要なものなどあれば、彼女らに遠慮なく伝えてくれ。そっちのコレットかニコルに言ってくれれば取り次ぐようにする。いいな、コレット、ニコル」
『は、はい!』
緊張した面持ちで応える姉弟に頷くと、アントニーはコロノフに視線を戻して続けた。
「見ての通り療養中でね。出歩くとドクターがうるさいんだ。呼び立てしていながら恐縮だが、よろしく頼む」
「承りました。ゆっくり養生なさってください」
「ありがとう。では」
アントニーとハリエットを見送って、バブラクが手にしていた端末をコロノフに差し出した。
「先に頼まれていたものだ。指定のツールも一式を入れてある」
「こいつを繋ぐ件は?」
ぴょこんと跳ねるサイレンを片手で受け止めて、コロノフが尋ねる。
「君を信用する、とのことだ。イアン」
「ケーブルの用意はできているよ」
バブラクに振られ、変換アダプターを装着したケーブルを見せるイアン。コロノフは頷くと、肩を一つ回して言った。
「んじゃ、始めますか」
「コアファイター?」
「FXA-07GB。アナハイム製のレアな機体。これ、モビルスーツのコクピットブロックなんだよ」
「……は? 意味がわかんない」
本気で首を傾げるコレットの様子に笑うと、コロノフは続けた。
「こんな小型機に全天周囲モニターや高出力ジェネレーターが必要だと思う?」
「それはそうだけど……」
「機首を折りたたんでこう、モビルスーツのお腹に収めるんだ」
右の中指と人差し指を機首に見立てて折り曲げると、それを正面に向けたまま左手で作った輪っかに入れる仕草をする。
「もっとも増槽を溶接固定してあるから、この子はもう、そっちの用途じゃ使えないかな」
「はあ……」
改めて自分の航宙機を見つめるコレット。あれこれ想像を巡らすが、モビルスーツのお腹に入るイメージはどうしても湧かなかった。
「……ひょっとしてこいつ、ヤバイ機体なのか?」
ニコルが誰となしに尋ねた。
「それが判らないから調べてもらうことにしたんだよ。出物だからと手放しに喜べる代物じゃないのは確かだからな」
機体から弾薬を取り外すイアンが応える。
「だったらイアンさんが」
「俺の手に余るから来てもらったのさ。準備オーケーだ」
「どうも」
サイレンを小脇に抱えて、コロノフはコクピットへ飛び乗った。ところが、シートに収まるや否や、彼は顔をしかめてコンソールを慌ただしく操作するのだった。
「どうした?」
「油断した。発信したかも」
「ブラックボックスか」
「たぶん」
手早くシステムを落として嘆息するコロノフに、イアンが言った。
「そのリスクは織り込み済みだ。気にするな」
「そう言ってもらえると助かるよ」
「なになに?」
「この機体の素性から危惧していたことの一つが当たっただけさ。コレット、ケーブルを」
「あ、はい」
ケーブルを持ってコレットがコクピットに取り付くと、口を開けたサイレンが出迎えた。
「中にコネクターがあるから、そこに繋いでもらえるかな」
「ヨロシクー」
「この子、話せたんだ」
「口数少ないけどね。ありがとう」
ケーブルのもう一方を受け取ってコンソール下のコネクタに接続するコロノフが、常とは違う手順でコアファイターのシステムを起動する。コンソールの見慣れない表示に、コクピットに取り付いた姿勢のままで作業を眺めていたコレットは、興味津々で尋ねた。
「これは?」
「システムチェック用の裏モード。本来、ユーザーにできることは限られてるんだけど、特殊なツールを使えば……」
言いながら先に接続済みの端末を操作するコロノフ。ややあって、コンソールの表示が目に見えて変化した。
「メニューが増えた」
「そ。メーカー用のデバッグメニューだってこのとおり。これでやれることがかなり増えた」
言いながらコロノフは手慣れた感じでメニューを操作しつつ、端末からコマンドを打ち込む。
「さぁてと。ダンプ解析はサイレンに任せて、デバイス周りから始めようか」
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