魂の還るところ 〜Return to the Earth〜 ゆりかごの記憶

作:澄川 櫂

9.トロイを追って

「間違いなくコアファイタートロイなんだな?」
「三度確認しました。発信パターン、全て一致ます」
「位置は判るか」
「おおまかな推定になりますが」
「構わん、やってくれ」
 ウォードの命を受け、手早く割込でプログラムを走らせるハルカ。ややあって、メインスクリーンに解析結果が表示された。
 マップに近傍のデブリ帯を中心とした楕円が重なる。
「いいぞいいぞ」
 カルヴァンは小躍りした。範囲こそ広いものの、目標は人目を憚る海賊船。ほぼ特定できたようなものだ。
「意外と早かったですな」
「これも“ホリー”の導きだよ」
「だと良いですがね」
 愉しげな教授へ短く応えると、ウォードは演習に出ている傭兵モビルスーツ隊を帰投させるよう、指示を出す。
 三十分後、シーガルの主だったクルーとパイロット達は、ブリーフィングルームに集っていた。カルヴァンとワーナー女史が席に着くのを待って、口を開くウォード。
「つい先刻、我々を付け狙う賊の船を探知した。この機を逃さず狩りに行く、というのが私の方針見解だが、皆の意見を聞きたい」
 クルー達の間から軽いどよめきが起こる。ややあって、スクリーンに一通りのデータウィンドウを出し終えたハルカが、遠慮がちに手を挙げた。
「このまま巻いて先を急ぐ、という手は無いんですか? その、軍属と言っても、現状の我々はフリーランスみたいなものですし……」
「こちらから戦闘を仕掛けるのは憚りがある、と?」
「はい」
 先回りしたウォードの言葉に、彼女以外にも数名が頷いて同意を示す。シーガル唯一の専属パイロットであるエゴンもまた、先制には反対のようであった。
「賊を打ち払うのに何を遠慮する必要がある」
「正規の任務では無い以上、何かあっても援軍を望めません」
 不愉快そうに口を挟んだカルヴァンに、やんわりと応じるハルカ。
 先日の一部研究および関係資材の譲渡をもって、彼らが所属していた研究所は正式に解散となった。現在のシーガルは廃船を前提とした自力回航の途上にあり、いかなる部隊にも属していない。武装も自衛のためのささやかなものに過ぎないのだから、速やかに目的地へと向かうのが得策だろう。
「どうしても本宙域に留まるのでしたら、近海を巡回中のパトロール艦に通報の上で、ナビゲーションに徹することを提案します」
「ありがとう。正論だな」
 ハルカの提案をそう評価するウォードは、何か言いたげな教授カルヴァンを手で制すと、
「もちろん通報はする。だが、それで逃げられてもつまらないのでな。挑発して向こうから仕掛けるよう、仕向けるつもりだ」
 と続けて、傭兵頭ツルギを見やった。
「クライアントの要望に応えるのが俺らの仕事だ。契約範疇の事柄であれば何なりと」
「頼もしい」
 彼の返答にウォードは笑った。そうして作戦の骨子を説明する。その内容は簡潔ながら的確に要点を押さえており、意見したハルカの目から見ても、無理のない計画に思えた。
「ひとついいか?」
 ツルギが再び口を開いたのは、質疑応答が一区切りついたタイミングだった。
「できれば賊の狙いを教えて欲しいんだが」
「と言うと?」
「攻めるせよ守るにせよ、相手を知っているといないとでは対応に差が出る」
 至極真っ当な理由にカルヴァンの様子を伺うと、教授も彼の評価を上げたらしい。ウォードと目が合うや、軽く頷いて承諾の意を示す。
「我々の飯の種一式と、そのデータだ」
 多少表現をぼやかしつつ答えるウォード。ツルギにはこれで充分とも思ったが、
「プロジェクト発足直前にいささか縁のあった連中でね。ボスがいろいろと恨みを買っている」
 相手を知りたいとの要望に応えるべく言添えた。
「恨みとは?」
「想像にまかせるよ」
 その問いには苦笑混じりに応じるしかない。軽く腕を組んだツルギは、僅かな思案の後に見解を述べた。
「少なくとも、すぐに沈めらることはないか」
「ああ。いざとなれば使えるものもあるし、なんとかなるだろう」
「格納庫にある新型か?」
「選択肢の一つ、とだけ言っておく」
「なるほど」
 ツルギは頷いて続けた。
「陽動を兼ねた斥候は一機。船の護衛に一機付ける。俺は遊撃役として待機。こんなところでどうかな」
「オーケー、ドローンの数を増やそう。いいな? ハルカ」
「はっ」
「エゴン、彼らの援護で必要とあらば壊しても構わん。好きに使え」
「了解」
「他には?」
 ゆっくりと一同を見回したウォードは、銘々が頷くのを確認して締め括った。
「各自ベストを尽くしてくれ。なに、最初の攻撃さえ凌いでくれれば勝てるよ」

「あれか」
 最大望遠でヘーゼル・グラウスを捉えたハーディー・ガレッソは、母艦へ座標を送ると腕を組んだ。連邦軍の旧式艦艇を改装したと思しきそれは、思いのほか落ち着いて岩塊の合間に停泊しているように見える。
「気にいらねぇな」
 と続ける。どこかいけ好かない艦長の見立て通りに進んでいることが、彼の嫌悪感を増長させていた。
「読みが当たるにも程があるだろ」
 出動前のブリーフィングを思い出して舌打ちするガレッソ。ロッカールームでウォード艦長を称賛したエゴン・オコンネルの言葉を思い出す。
「我がキャプテンの勘は面白いように当たる。信じろよ」
「だが、ビームライフルは用意できなかった」
「砕石用のレールガンだって、当てりゃ一発だ。作戦通り引きつけてくれれば仕留めてやるさ。なんなら一本貸してもいい」
 歴戦のスナイパーだというオコンネルは、自信たっぷりに請け合うのだった。
「ビームライフルが無いのはあちらさんも同様らしい。シールドをミサイル付きの新型に換えてもらえただけでもありがたいと思うんだな」
 傭兵頭のツルギにそう言われては、ガレッソも黙るしかない。彼にもプロとしての矜持がある。
「海賊風情がまともな機体を持ち合わせているとは思えん、か……」
 モニターに映るヘーゼル・グラウスの、遠目にもくたびれた様子の判る船体を見て、ガレッソは呟いた。
 目標周辺に艦載機と思しき機影は確認できない。情報によれば、コアファイタートロイの他にモビルスーツを二機積んでいるとのこと。詳細は不明だが、母艦の風体からして高が知れていると思えた。
 型落ちとは言え、こちらの機体ネモは二度目の近代化改修を済ませている。まさか遅れを取るようなことはあるまい。
「一撃で仕留められないのは辛いが、やってやるさ」
 そう続けて、コンソールのカウントダウン表示を見やる。そろそろドローン達が行動を起こす刻限だ。
 ガレッソの乗機ネモがダミー隕石のひとつに手をかける。本物を蹴ってそろりと動き出す機体。その視線の先では、複数のドローンがスラスターを噴射して、多方向から目標を目指す——。

「敵飛行物体らしき光をキャッチ。総員、対宙監視を厳となせ!」
「やれやれ、来なすったか」
 データ消去に立ち会うバブラクは、鳴り響く艦内警報に頭を掻いた。申し訳なさそうにコロノフを向いて続ける。
「巻き込んで済まないな」
「半分は自分の意思でもあるし、ある程度覚悟もしてきたから。あまり気にしなくていいよ……と、完了」
「OKだ。イアン、後は任せる。世話になった」
「ご武運を」
 コロノフと固い握手を交わして、バブラクはブリッジへと上がっていった。緊迫してきたせいもあるのだろうが、ろくな確認もせずに良しとしたのは、彼なりの気遣いかもしれない。
「ケビンさん! 敵かもしれないって!」
 入れ替わりに流れてくるコレットが、見るからに慌てた様子で伝えに来る。
「そうらしいねー」
 一方のコロノフはのんびりと応えて、ノーマルスーツを着込むのだった。
「……怖くないんですか?」
「怖いねぇ。だから、どんぱち始まる前に引き上げるんだよ」
「でも、こんなタイミングで……」
「このタイミングだからこそ、かな」
「俺が囮になろうか?」
 “ズサッツェ”の準備をしていたはずのニコルが、いつの間にか現れて言った。意外そうな顔で彼を見るのもつかの間、コロノフは目を細めて応える。
「ありがとう。でも、気持ちだけで充分だよ」
 そう言って微笑むと、視線を移すコロノフ。釣られて二人が向いた先に、手早くノーマルスーツに身を包んだイアンの姿が見えた。
「コレット、ニコル、警報だぞ! お前らも早く着てこい」
『は、はいっ!』
「やれやれ」
「いい姉弟きょうだいじゃない」
 コロノフの言葉に、イアンは肩をすくめてみせた。無言で二人の後ろ姿を見やる。何やら言い合いながら流れて行く姉弟は、互いの体を支えつつ引き寄せつつ、最短距離でエアロックへと姿を消す。見事なコンビネーションだ。
 その一部始終を見届けてから、イアンは言った。
「連中の艦載機は四機。いずれも民間所有で、ビームライフル取扱許可は得ていない」
「それって、例の人からの情報?」
「ああ」
「なら、信じて良さそうだね」
 コロノフの返しに、イアンは苦笑混じりに頷く。
「残るの?」
「拾ってもらった恩もあるからな。見届けるよ」
 言ってデッキの奥を見やるイアン。も、というからには他にも理由があるのだろう。コロノフにはなんとなく想像がついたようだが、あえて尋ねることはなく、イアンもそれ以上は口にしなかった。
 エアロックから出てくる小柄なノーマルスーツに気付いて、イアンはコロノフに右手を差し出した。
「会えて良かった。ティレル・ウェイン」
「隊長がくれぐれもよろしく、と」
 笑顔で応え、その手を握り返すコロノフ。
「万事上手く行ったら会いに行くと伝えてくれ」
「その時を楽しみにしています」
 視界の端にコレットの姿を認めたコロノフは、メットを被ると言った。
「送り狼の始末くらいは請け負うよ」
「それは有難い」
「なになに?」
 耳聡くイアンの言葉を捉えたらしいコレットが、興味津々の体で尋ねる。
「仕事紹介するよ、て話。君もひと段落したらまたサイド2へおいで」
「え?」
「無事を祈ってるよ」
 キョトンとするコレットに微笑みながら言い残して、モビルワーカーに乗り込むコロノフ。彼の機体はブースターに取り付くや否や、流れるように星の海へと飛び立っていった。

※本コンテンツは作者個人の私的な二次創作物であり、原著作者のいかなる著作物とも無関係です。