魂の還るところ 〜Return to the Earth〜 ゆりかごの記憶

作:澄川 櫂

10.狼の憂鬱

「ノーチラス・ツーより入電。目標より離れる光あり」
『エゴン・オコンネル、バージム・スナイパー、出るぞ』
 ハルカの一報に即応するオコンネル機を射出するカタパルトの振動が、ブリッジを伝う。
「運び屋だろう。他に仲間がいるとも思えんが、確認させろ」
「了解。シーガルよりノーチラス・ツー……」
「いやに慎重じゃないか」
 通信士ウォレスの言葉を耳にしつつ、カルヴァンがウォードに声をかけた。どこか嘲るような響きがあったが、ウォードは眉ひとつ動かさず、正面を向いたまま応える。
「軍属とはいえ、一民間機関がドンパチするのだから、当然でしょう」
「なんだ、そんな理由か」
 彼の返答に、カルヴァンは今度は呆れたような口調で続けるのだった。
「連中は海賊、お尋ね者だ。軍の代わりに掃除してやるんだから、文句を言われる筋合いはない。なに、いざとなればいくらでも揉み消してやるよ」
 クックと笑うカルヴァンの姿に、ウォードはようやく嘆息して彼を向いた。
「あまり天狗にならない方がいい。あなたの研究所が閉鎖された意味を、少しは考えたらいかがですかな」
「ふん。あれがこの手にある限り、私の立場は安泰だよ」
 そう言い捨ててブリッジを去るカルヴァン。ウォードは再び嘆息した。
「艦長権限で降ろしたらどうですか?」
 オペレーターのハルカが見兼ねたように言った。素朴ながら愛らしい顔立ちに似つかわしくない、嫌悪感を浮かべつつ。
「ボスを連れずに次の就職先へ向かうわけにもいかんだろう」
「それはまあ、そうですが……」
「研究対象さえあれば嫌味以上のことは言わん奴だ。大目に見てやれ」
「はぁ……」
 自分以上に辛辣な評価を耳にして反応に困るハルカだったが、モニターの変化を知ってすぐさま職務へと戻る。
「ミノフスキー粒子濃度、急速に上昇! 目標が動き出したようです」
「全艦、戦闘用意。ノーチラス・スリーも発艦させろ」
「了解」
「さて……。どう出る?」
 ウォードのその呟きは、ブリッジの誰に聞かれることなく、虚空へと消え行くのだった。

「始まったか……」
 リアカメラが捉えた光の動きを見やって呟くガレッソは、ほどなく乗機を岩陰へと寄せた。先を行くターゲットが、ブースターを捨てて方角を変える。
 隕石を背にするような格好で静止したモビルワーカーの姿に、彼は首を傾げた。
 数多の隕石が集まっているとは言っても、モビルスーツが暴れるには十分な空間がある。伏兵を警戒して索敵するも、周囲にこれといった熱反応はない。何より目前のターゲットは、隠れるそぶりなど微塵も見せていないではないか。
(こいつ……何を?)
 訝しく思いながらサブウィンドウにターゲットを拡大させるガレッソは、ふと円形ゴーグルをかけた顔の端に、周期的な明滅を繰り返す光があるのに気付いた。
(光信号……? モールスか⁉︎)
 そう当たりをつけて読み取らせると、果たして「繋げ」という単語と無線のチャンネルと思しき数字が示されるのだった。
『そろそろ気付いてくれたかなぁ』
 周波数を合わせたスピーカーに飛び込んできたのは、場違いなほどのんびりした男の声。口調からすると自分よりも若いか。
 冷静に分析しようとするガレッソの試みは、だが、続く言葉に脆くも崩れ去る。
『コソコソしてないで出てきたらどうだい? そこなネモのパイロットさん』
「なっ……」
『モビルワーカーにすら、勝つ自信ないのかね。こっちは丸腰だよ?』
 嫌味たっぷりな煽りにカッとなるガレッソは、反射的に機体を動かしていた。

 オレンジとグレーに彩られたネモが、隕石の陰から姿を見せる。手にしたマシンガンで先制しなかったのは、ガレッソのパイロットとしての矜持だろう。
「望み通り相手をしてやる」
 マイクを入れるガレッソは、小癪なモビルワーカーに銃口を向け、どすの利いた声で続ける。
「今さら後悔しても遅いぜ?」
 だが、対するモビルワーカーの男——コロノフは、なんら動じることなく平然と返すのだった。
「後悔? なんで?」
「こいつ!」
 激昂するガレッソがトリガーに指をかけたその時、眩い閃光が彼の目前で炸裂した。咄嗟に腕で視界を庇うも、機体の方はもろに光源を捉えてしまい、全天周囲モニターをはじめとするディスプレーが、ことごとく白に染まる。
「しまった⁈」
 わずかな間のことではある。だが、その一種の隙に、ガレッソはターゲットを完全に見失ってしまっていた。
「奴め、どこに」
 慌てて索敵するガレッソの耳に、相変わらずのんびりとしたコロノフの声が届く。
「グリプス戦役時に造られたアナハイム製モビルスーツってさぁ、接触回線周りに大穴があるんだよねぇ」
「何を言って……」
「特殊な振動を送ると、外から完全にコントロールできんだ」
 コロノフが言い終わるや否や、ネモのコクピットが突然ブラックアウトした。戸惑うガレッソの眼前で再起動するコンソール。その輝きに魅入られように覗き込むと、目まぐるしく流れるコマンドが消え、シンプルなプログレスバー表示へと切り替わった。
 淡く明滅する“出荷状態へ初期化”という文字列の下に、「実行」「キャンセル」のボタンが並んでいる。
「僕のこと知られるといろいろ面倒なんでね。悪いけど一切合切消させてもらうよ」
 「キャンセル」を連打するガレッソを嘲笑うように、「実行」が選択、実行された。徐々に伸びて行くプログレスバーに、コロノフの声が続ける。
「規定の酸素積んでてちゃんと訓練受けてれば、窒息する前に復帰できるでしょ」
「馬鹿が。そこまで放置されるわけが……」
「さっきあんたの信号乗せたブースター飛ばしといたから、お仲間の救援は期待しないことだね」
「なっ……!」
 ガレッソは今度こそ絶句した。母艦はすでに彼の位置を見失っていると言うことだ。終端に近づくプログレスバーが、言いようのない恐怖感を掻き立てる。
「……お、おい⁈ やめろ! 助けてくれ‼︎」
「グッドラック」
 彼の哀願を無視して冷たく言い放つコロノフ。直後、ノーチラス・ツーはその頭脳を完全に失った。

「——いた!」
 隕石の陰に身を隠すネモを見つけたコレットは、コアファイターの機首を上げて信号弾を放った。
「コアファイター⁈ シーガル!」
 母艦に報告しつつ、追跡に移るノーチラス・ワン。散発的にマシンガンで牽制するネモの姿をカメラに捉えながら、ヘーゼル・グラウスから離れた方角——予め指示されたポイント——へと向かうコレット。その動きは双方の母艦によってトレースされていた。
「ノーチラス・ワン、敵艦載機トロイと接触。追跡に移りました。ただ、敵艦の推定針路と侵入方位異なります」
「囮だ!」
「かもしれん。だが……」
 いきり立つカルヴァンを宥めつつ、ウォードはハルカに別のことを尋ねた。
「ノーチラス・ツーはどうした?」
「追跡継続中のようですが、依然、応答ありません」
「なるほど。先手を取られたな」
「なんだと?」
「無力化したノーチラス・ツーの信号をブースターにでも乗せたのだろう。ミノフスキー粒子の件も同様かもしれない」
 訝しるカルヴァンに応えたウォードの言葉に、すかさずキーボードを操作するハルカ。
「確認します」
「目標は恐らくデブリの中だ。コアファイターの飛行経路から当たりをつけろ」
「了解」
 改めてログデータを解析する彼女は程なく、その痕跡を見つけ出した。
「ミノフスキー粒子散布直後のこの光、一見すると一つですが、二方向に噴射されています」
「デコイ発射と同時に転進したのか」
「その可能性を踏まえ、敵艦載機トロイの飛行経路から推定される敵艦の予想針路はこうなります」
 カルヴァンの言葉をさらりと流して続けるハルカ。戦術モニターに複数のラインが示されるが、そのいずれもがデブリ帯、暗礁宙域を抜けていた。
「やはりな。コアファイターの反応は?」
 ウォードが問いを重ねる。
「微弱ですが信号検知してます。システムオンライン」
「チッ……。気づかれ、利用されたのか」
「そうでなくてはな」
 口元に笑みを浮かべるウォードの様子に、カルヴァンが不安げに問うた。
「まさか、追いかけるつもりか?」
「おや……」
 その言葉にウォードは意外そうな表情をして見せる。
「あなたの“成果”の性能を見せつけるには、格好の舞台と思ったが?」
「ん……? おお、そうか。そうだな。暗礁宙域を突っ切っての追撃など、造作もないことだ」
 一転して自信満々に口にすると、キャプテンシート備え付けの端末を勝手に操作して、モビルスーツデッキのワーナー女史を呼び出す。
「ワーナー君、“ホリー”を艦に接続。すぐに使うぞ」
「……よろしいので?」
 その無礼を察したらしいワーナーは、艦長のウォードに向かって尋ねた。
「構わん。やってくれ」
「五分後にリンク始めます」
「頼みます。シーガル転舵、敵艦を追撃する。ノーチラス・スリーを先行させろ。迎撃はエゴンに任せる。信号弾、撃て!」

「目標変針!」
「信号弾を視認。色は青、三つ」
「……やっぱり手強いねぇ」
 部下の報告にそうこぼすと、ハリエットはドラッツェのコクピットに繋いだ。
「来たよ」
「そうか……」
「今さら止めやしないが、悔いだけは残すんじゃないよ」
「ありがとう」
 礼を言って通信を切るアントニー。その脇で作業するイアンが、リニアシート後部に据え付けた機器から伸びるチューブをパイロットスーツの左腕、グローブのジョイントがあるあたりに差し込んだ。特殊なコネクターを有するそのグローブは、先の物資搬入で持ち込まれた特注品だ。
「いろいろ面倒をかけてすまなかった」
「礼ならドクターに言うんだな。俺は届いたものを活用しただけだ。とは言え、もう気休めにしかならないのだろう?」
「それでもあと一回、戦うには充分だ」
「なるほど。ドクターの苦労が知れる」
 苦笑するイアンは、
「ズサのブースターを据え付けたが、急造だけに強度は保証できない。そのつもりでな」
 そう言い残してコクピットを離れた。必要以上に踏み込まない彼の反応が嬉しい。
 その意味では、コレットとニコルを先に出したのは正解であった。実の父親のように慕ってくれることは誉れであるが、時に楔ともなる。
(決心が鈍ってはかなわんからな……)
 あれはもう、十年も前のことだ。シャアの反乱の最中に二人を拾った時のことを思い出す。半壊状態で漂っていた輸送船に、幼子が二人だけで取り残されていたのである。
 当時六歳と四歳の姉弟がそこにいた理由は分からない。だが、姉のコレットは両親が死んだこと、他に身寄りがないことをきちんと認識していた。
「我々を手伝ってくれるのなら、ここに居てくれてよい。ただ、いつああなるか知れない生活だ」
 おどおどしながらも弟を守ろうと必死のコレットを促し、アントニーは窓から見える壊れた輸送船を指差した。何かを思い出したのだろう。泣きそうになるのをぐっとこらえる幼子を痛ましく思いつつ、言葉を続ける。
「怖いのが嫌なら手近なコロニーへ連れて行くこともできる。事情を知れば受け入れてくれるだろう。君はどうしたい?」
 今思えば幼子相手になんとも酷な質問をしたものだが、徒労に疲弊し追い詰められつつあった当時、二人を心底思いやれるほどのゆとりは無かった。だから余計に、コレットの返答を覚えている。
「お手伝いします。もうニコルしかいないから、離れたくないの……」
 二人が乗船してからのヘーゼル・グラウスの空気は、明らかに変わった。手伝うと言っても幼子にできることなど限られているから、もっぱら家事雑用であたふたするばかりであったが、幼いなりに頑張る姿は愛くるしく、一同を和ませたのだった。
 イアンの勧めで互助ネットワークに参加したのもその頃だ。食料や日用品といった即物的なものから、請負仕事や情報提供などの報酬を伴う間接的な支援を受けられるようになった。特に後者の恩恵は大きく、今や海賊行為に及ばずとも、比較的安定した生活を送れるまでになっている。
 このまま穏やかに時を過ごすという選択もあっただろう。だが、生活が安定すればするほど、情報を得やすくなった。そして自身の病。孤独に戦い続ける戦友を見捨てて旅立つことなどできない。
「目標、まっすぐこちらへ向かって来ます!」
「デブリ群の中をこの速度でかい⁈」
 驚愕するハリエットの声が、アントニーを現実に引き戻す。
「目標、発砲!」
「ドラッツェ、出るぞ!」
 艦体を伝う振動を後に、アントニーは出撃した。

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