魂の還るところ 〜Return to the Earth〜 ゆりかごの記憶

作:澄川 櫂

11.乱戦

「凄い……!」
 シーガルのブリッジで、オペレーターのハルカが感嘆の声をこぼした。“ホリー”と呼ばれる自動航法システムが示す航路は、針穴に糸を通すような正確さで、デブリ群の合間を縫っていく。
 シーガルはほとんど速度を落とすことなく、敵艦を捉えようとしていた。
「さすがですな」
「当然だ。彼女の手にかかれば、この程度の障害物など造作もないわ」
「敵艦、まもなく射程に入ります」
 カルヴァンの言葉にどこか違和感を覚えたのだろう。ハルカの口調から微妙な揺らぎを感じ取ったウォードは、間髪入れずに命じていた。
「航法システム、通常モードへ。射点を変えつつ牽制する。ミサイル装填」
「はっ! 全艦、砲戦用意!」
「ノーチラス・ワンを呼び戻せ。敵機、来るぞ」
「了解」
「ノーチラス・スリー、接敵しました。ドラッツェです」
「骨董品だな」
 鼻で笑うカルヴァンに「故に手強い」と応えるウォード。その彼の言葉に違わず、ノーチラス・スリーはドラッツェを止められなかった。ドローンの飛び交う中、オコンネル機スナイパーの放つレールガンが至近の岩塊を砕くも、それすら難なく潜り抜けて敵機が迫る。
「抜かれたっ⁉︎」
「砲撃開始。迎撃の弾幕を張れ」
「各部、迎撃!」
 ミサイルの一つを撃破したドラッツェが、反転しつつロケット弾を二射。そのうちの一つが弾幕をすり抜け、カタパルトデッキに直撃した。
「被弾状況確認。ダメージコントロール」
「砲撃、緩めるな」
「ノーチラス・ワン、戻りました。敵後続機にはノーチラス・スリーが当たります。スナイパーは引き続き牽制と対宙警戒を」
「だ、大丈夫なんだろうな?」
 カルヴァンが不安げに尋ねた。
「向こうにまともなモビルスーツはない。パイロットも素人だ」
「しかしだなぁ」
「不安なら格納庫へ降りるといい。ここよりは安全だろう」
「そ、そうか。そうだな」
 ウォードに言われてブリッジを出るカルヴァンの姿が見えなくなるのを待って、ハルカが報告する。
「艦体の損傷、軽微です。戦闘に支障ありません」
「主砲、もう少し狙いを絞れ。ノーチラス・スリーはだいぶ苦戦してるようだな」
「コアファイターともう一機が邪魔をしているようで」
「ほおぅ。なかなかやるもんだな」
「は?」
「独り言だ」
 敵艦の放ったビームがブリッジ脇を掠める。その光に照らし出されるウォードは、しばし目を伏せて感慨にふけると、前進を指示した。

「止まらない⁈」
 機銃を撃ちながらネモ——ノーチラス・スリーの針路を横切るコアファイター。だが、相手は彼女の期待とは裏腹に、速度を落とすことなく進んでいく。
「待ちやがれっ!」
 ニコルの“ズサッツェ”がミサイルを放ちつつ、サーベルを抜いて斬りつける。その刃が届くことはなかったものの、ターゲットの動きが一瞬、鈍る。その機を逃さず、コレットはミサイルを放った。
「やった!」
 爆発に歓声を上げるコレットの表情が、次の瞬間こわばる。砕けたシールドを捨てて爆炎を突き破ったノーチラス・スリーが、ライフルの銃口をこちらに向けている。
「姉ちゃん!」
 ニコルが咄嗟に乗機を体当たりさせなければ、コレットはやられていただろう。
「姉ちゃん、無茶だよ。一度、補給に戻って!」
 マシンガンで牽制しながらニコルが言った。
「でも!」
「もう限界だろ? 戻れなくなる前に早く!」
 そう言われて初めて、コレットはコアファイターが警告を発しているのに気づいた。ミサイル残数ゼロ。機銃はあと数射分。推進剤も心もとない状況だ。
 その僅かな確認の間に、ネモはコアファイターの後方へ回り込んでいた。ジグザグにコースを取るも振り切れない。
 その時、別の火線がネモを弾いた。次いでミサイルが直撃し、疾走するドラッツェが斜めに駆け抜ける。サーベルがきらめくのもつかの間、ノーチラス・スリーは爆散した。
「コレット、無事だな?」
「おやじ!」
 ニコルの声が弾む。
「お前は補給に戻れ。ニコル、付いて来い」
「はいっ!」
「……気をつけてね」
 嬉々としてドラッツェを追うニコル機に後ろ髪を引かれつつ、コレットは母艦へ向かう。
 戦闘はいっときの小康状態にあった。敵の機体も補給に戻ったのだろう。散発的な砲撃が続いてはいるものの、距離を取ろうとしている。予め用意したポイントで自己補給するアントニー機とニコル機も、一息ついているに違いない。
「いいなぁ。手のある機体は」
 待機ボックスでモニターをぼんやり眺めていたコレットは、呟いてしまった後で、手にしたドリンクに視線を落とした。こうしてヘルメットを脱いでのびのびと休息できるのは、自分の機体に手がないからだが、故に養父の手伝いから外れたと思うと悩ましい。
「なんだいその顔は」
養母かあさん?」
「辛いなら無理に出なくても……」
「そんなことない!」
 反射的に言ってしまってから、ため息をついて先の心の内をハリエットに話す。話を聞いた彼女は笑い出した。
「あんたらしい悩みだね」
「どーせあたしは、単純馬鹿ですよー」
「そんなことはないさ。この状況で普段どおりにいられるとは大したもんだ」
 むくれるコレットの肩をぽんとやって、ハリエットはモニターを見やった。
「……どんな結果であろうと、アントニーは満足するだろう。だからコレット、あんたが悩んだり悔やんだりする必要はどこにもない」
 そこで言葉を区切ると、
「本当に大事なもんを忘れちゃいけないよ」
 そう言って待機ボックスを後にするのだった。ドアの向こうへと消えるハリエットの背中を、首を傾げて見送るコレット。
 と、インターフォンがけたたましいコール音を立てた。不意のことでびっくりしながら出ると、イアンの常と変わらぬ声が、補給の完了を告げる。
「終わったぞ、コレット。出るなら急いだ方がいい」
「今行きます」
 ドラッツェも“ズサッツェ”もいないデッキはがらんとしていた。ふとそれを寂しく感じたコレットは、少し目測を誤ってしまった。慌てて手を伸ばすが、僅かに届きそうにない。それに気付いたイアンが、彼女の腕を掴んでコアファイターに引き寄せてくれた。
「ありがとう」
「どうかしたのか?」
「……なんか、いつもより広いなぁ、て」
「そうだな」
 コレットの言葉にイアンは笑ったようだ。目を細めながら優しい口調で続ける。
「ニコル達も動き出した。そろそろまた、砲撃が強まるだろう。気をつけてな」
「はい!」

「海賊相手にやられっぱなしとは、ひどいもんだな」
「あのドラッツェは手練れだ。あとの二機は素人だが、妙に連携が上手い。この装備ではこんなもんだろう」
 カルヴァンの揶揄に、ツルギは憮然として応えた。
「せめてあれが使えれば、もう少しマシな状況だったかもしれないがな」
 くいと顎で奥を指しながら続ける。皮肉を返されたカルヴァンは、
「馬鹿を言うな。まだまだ調整の必要な機体をおいそれと使われてたまるか」
 不快げに言い捨てて、その機体へと流れていった。ジェガンタイプとは明らかに異なるがっしりしたシルエット。フードから僅かに覗いた頭部の、バイザー越しに見えるツインアイから察するに、ワンオフに近いマシンなのだろう。
 コクピット付近でワーナー女史と何やら言い合うカルヴァンを見ながら、彼は嘆息した。
 彼らは彼らであの機体を使えるようにすべく、努力はしているのだ。ただ、元々が移籍先で調整するスケジュールであったために、根本的に無理がある。故に苛立っている。
 ウォード艦長の「研究対象さえあれば嫌味以上のことは言わん奴」というカルヴァン評は、正鵠を射ていた。
 帰投直後の艦長とのやり取りを思い出す。
「無様を晒した。申し訳ない」
「気にするな。ビームライフルを用意できなかったこちらの落ち度でもある。補給完了次第、すぐに出てもらうことになるが、行けるか?」
「それはもちろん」
「“ホリー”を再びリンクさせる。なに、敵機の足さえ止めてくれれば勝てるよ」
 あの自信がどこから来るのか不思議だが、今は信じるに値すると感じる。
「補給完了!」
「了解だ」
 メカマンに応えてコクピットに収まるツルギは、配下にいたパイロット達を思った。たまたま小隊を組んだだけの、実戦経験の少ない若造共ではあったが、部下には違いない。
「ああは言われたが、せめて一矢報いねば立つ瀬がないからな」
「敵機の推定座標、送ります。ノーチラス・ワン、発艦どうぞ」
「ノーチラス・ワン、出る!」
 カタパルトより射出されるネモの軌跡を見送ると、ウォードはシーガルに前進を指示した。“ホリー”が示す針路に乗った十数秒後、つい先ほどまで彼らの居たポイントを敵のミサイルが抜けていく。
「いい勘をしている」

「散開!」
 アントニーの声に反射的に軌道を変えた“ズサッツェ”の脇を、グレネード弾とライフル射撃が掠め飛ぶ。だが、あくまでもそれは牽制で、一気に距離を詰めたノーチラス・ワンは、迷うことなくドラッツェに仕掛けた。
「いい動きをする」
「さすが!」
 ビームサーベルの交わる刹那のスパークを残して離れた二機は、まるで互いの声が聞こえているかの如き言葉に続いて、再び斬り結んだ。
「だが、力押しでは」
 三度目の斬撃を軽く流しつつ、ブースターを噴射するドラッツェ。バランスを崩すようにして弾かれるネモを尻目に、敵艦を目指して加速する。
「そう簡単に行かせるかよ!」
 接近する“ズサッツェ”にビームサーベルを投げつけ、ライフルで牽制するネモ。その間にクレイバズーカを左手に持ち、ドラッツェへ向けて四射しながら加速。散弾のシャワーに機動が鈍るドラッツェに肉迫するや、援護しようとするニコル機を散弾の残りで足止めして、別のサーベルを抜くのだった。
「くそっ!」
 振動に包まれるコクピットで、ニコルは悪態をついた。僅かとは言え被弾したこともあるが、それ以上に、敵機が自分を相手にしていないと知って腹を立てる。
 ——いや、違う。
 心の奥底で妙に落ち着いた自身の声が否定する。お前は自分自身が情けないんだ。姉がいなければ敵の足を止められず、養父おやじの盾にすらなれない。
(せめてあいつの足に手が届くくらいの腕があれば……)
 シミュレータで桁段違いのスコアを叩き出したコロノフを思い出す。燦然と頂点に輝くそのスコアを超えることは、一生かかっても無理かもしれない。でも、少しでもそこへ近づいて、早く皆の力にならないと。
(いつまでも助けてもらってばかりじゃ、いざって時に姉ちゃんを守れない)
 姉が加わればこの場はもっと有利になる。でも、それではダメなのだ。姉を危険な目に合わせないためには、彼女が来る前に、ケリをつけねばならない。
「どうせ無視されるんだったら!」
 ニコルは“ズサッツェ”を加速させた。敵艦へのコースを取る。
「何っ⁉︎」
「ニコル!」
「うおぉぉぉっ!」
 群がるドローンを蹴散らし、オコンネル機スナイパーの牽制射撃すら意に介せずに、一直線に敵艦へと肉迫する“ズサッツェ”。すり抜けざまに放ったミサイルが、艦首とカタパルトを続け様に直撃した。
 シーガルの艦体を大きな振動が伝う。
「な、なんだ。やられたのか?」
「確認します」
 調整中の機体のコクピットで動揺するばかりのカルヴァンとは対照的に、ワーナーは落ち着いていた。デッキにあるコンソールの一つに取り付き、ブリッジを呼び出す。二言三言のやりとりの後に、彼女はカルヴァンに個人通話で報告した。彼らの特権の一つだ。
「双方の火線を無視して突っ込んできた敵機があったそうです。対宙機銃とも“ホリー”をリンクさせるから、次は無いと」
「だが、それでは対艦戦闘に支障するのではないか?」
「相手にはこちら以上のダメージを与えているから無用の心配だ、とも」
「そこまで言うのなら大丈夫なんだろうが……。念のため“ホリー”の状態をチェックしてくれ」
「はっ……」
 ワーナーとの会話を終えたカルヴァンは、それでも不安を拭えぬようで、しばし考え込む。やがて彼は、調整用の機器を取り外すと、マシンのシステムを立ち上げ始めるのだった。

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