星のまたたく宇宙に
作:澄川 櫂
第十三章 砲の向く先
「どうやら、ガザの系譜に属する機体らしいな」
眼前のモビルアーマーを見やって、ジーベルトは口にした。鳥の羽を思わせるそれは、放熱板だろうか? かぎ爪を備えた太い足と相まって、嘴鋭い猛禽類を連想させる。
だが、機体中央下部に設けられた大口径のビーム砲と、モノアイを備えた三角形の機首を見る限り、人型に変形するものとも思えなかった。
「AMBACのための足、か……」
後方に向けて格納されるクローに、ジーベルトはそう当たりをつけた。それを裏付けるかのように、かぎ爪の間に覗くスラスターが眩い光を灯し出す。
「実力の程、見せてもらうぞ」
楽しげな笑みを浮かべると。ジーベルトはトリガーを押し込んだ。
「来た!」
プロト・リガズィがライフルを放つと同時に、ティレルはフットペダルを踏みしめた。サイレンのバーニアが鮮やかに光り輝き、急激なGが彼の体を包み込む。
「くっ……!」
奥歯を噛みしめそれに耐えると、ティレルもまた、トリガーを押し込んだ。大口径ビーム砲の両脇に控えるマニピュレータの如きカノンが、続けざまに光を放つ。正面に捉えた二つ眼の機体は、だが、それを難なくかわして見せた。
想像以上の手練れさに、ティレルの顔に焦りの色が浮かぶ。
——Load of Psycomu?
その問いかけは、まるで彼の心の内を読んだかのようなタイミングで表示された。ティレルの指先が、ほんの一瞬、ぴくりと揺れる。
だが、一つ頭を振ると、彼はキャンセルボタンを選択するのだった。インフォメーションパネルから、誘惑の言葉が消え失せる。
「そんなものに頼らなくたって、僕は……!」
再び火を噴くカノン砲。小刻みに機体を旋回させながら、サイレンの赤い機影がプロト・リガズィを追いつめて行く。
——これはあなたの心を奪う装置
スタイン技術中尉の声が脳裏に響く。
彼女は自分に、本当に必要なときにだけ、それを使えと命じた。いつになく厳しい表情で対話に臨む彼女の瞳が、ティレルを見据えて言うのだった。
「これを使うからには、自分をしっかり保たなくてはダメよ」
「……自分を保つ?」
首を傾げるティレル。あの頃の自分はまだ、その言葉の意味を理解していなかったに違いない。
「そう。押しつけられたから、ではなく、自分の意志で、それを使うことを選びなさい。そうすれば、サイレンはあなたの呼びかけに応えてくれるわ」
両肩に手を置いて、優しく微笑んで見せたスタイン。それはまるで、おぼろに覚える母を思わせた——。
(僕はあの時、約束したんだ。決して、流されてこれを、サイコミュを使わないんだって。だから……)
ティレルの意志さながらに、サイレンは宇宙を駆けた。二つ眼の機体をただひたすら正面に捉え、カノン砲を放つ。
「さすがに強いな」
サイレンの攻撃を避けながら、プロト・リガズィのコクピットでジーベルトは口にした。だが、その口調にどこか失望した響きがあるのは気のせいだろうか?
いや、彼はこの時、真実失望していた。なぜなら、目の前のサイレンの動きは決して、ルナツーに残された記録から期待したレベルに満たなかったからだ。
確かに動きはよい。だが、所詮はそれだけである。火力はいずれも初回ほどの威力はなく、特殊兵装を使う素振りすら見せない。
——最初から無かったのかもしれないな
そんな結論が脳裏をよぎる。
彼が今回の任務に就いたのは、“提督”直々の依頼であったこと以上に、この機体の存在が大きかった。アクシズ軍が遺棄したという試作モビル・アーマーに、技術部所属の一パイロットとして、純粋に興味を覚えたからである。
ジオン兵器開発技術の先端に位置するであろう機体の性能はいかほどのものか。それが、久しく錆び付かせていた己のパイロット魂を楽しませるに足ると判断したからこそ、手を貸すつもりになったのだ。
そうでもなければ、ここまで面倒な思いをして、わざわざ目標を戦場に引きずり出したりはしない。
「フッ……」
嘲笑を漏らすと、ジーベルトは機体を加速させた。乗機に左腕を持ち上げさせると、やおら信号弾を放つ。ややあって、イエローグリーンの大輪が、辺りを鮮やかに照らし出した。
「遊びの時間は終わりだ」
「えっ?」
アーマー形態に転じる二つ眼に、ティレルは虚を突かれた。その隙を逃さず瞬く間に距離を詰めたプロト・リガズィは、一気に人型に戻るとサーベルを抜いた。ビームの刃が狙い澄ましてサイレンに迫る。
「しまった!」
気付いたときにはもう遅い。迫り来る光の刃を見つめるばかりのティレル。
(間に合わない!?)
——Load of Psycomu?
三度その文句が示されたのは、まさにそのタイミングであった。
『こちらは地球連邦宇宙軍ルナツー第二艦隊所属、イグニス・ファタスである』
サイド2の全域に向けて、ビクトール・メドヴェーチ艦長の野太い声が声明を発する。その文面に合わせるかのように、バーザムの編隊が散開してゆく。
『我々は、先日よりハッテ政庁を脅かしているネオ・ジオンの残党が、21バンチ内に潜伏しているとの確かな情報を得た。彼等は卑劣にも、忌まわしき犠牲の墓標を盾に使おうとしているのだ』
行く手を阻まんとするサイド2守備隊の所属機に、ライフルを向けるバーザム。モノアイに赤い光が淡く灯る。
『これは死者への明らかな冒涜である。にも関わらず、彼等はあくまでも21バンチに拠って我らに抵抗する意志を示した。地球圏の安定を司る者としては、これを座視することは出来ない。よって、甚だ遺憾ながら、21バンチを破壊してでもこれを排除すべきとの結論に達した』
メタスⅡ以下の守備隊所属機は、だが、その通信に動じることなく陣形を整えた。部下に指示を出すパレットの、胸中に呟く言葉はただ一つ。
(自作自演の輩が何を言うか!)
この場に居合わせた者にとって、イグニス・ファタスの通信がいかに欺瞞に満ちたものであるかは、火を見るより明らかだった。
21バンチに熱源反応は皆無である。立て籠もる者など無いにも関わらず、彼等はこのコロニーを、ティターンズの負の遺産を葬り去ろうというのである。
だが、悲しいことに、それを証明しうる証拠もまた、皆無なのであった。
『我が艦隊の意向に背く者は、全て連邦への反逆者と見なす。あえて汚名を被ると言うのなら、存分に我らの行く手を阻むが良い』
「くそっ。茶番を演じやがって!」
サイド2守備隊旗艦、カージガンのブリッジで、艦長を務めるレオン・ガートナー少佐は拳を肘掛けに打ち据えた。白い船体の進む先で、光の明滅が戦闘開始の近いことを辺りに知らしめている。
『焦るなよ、艦長』
熱くなる少佐を窘めるように、モニターの向こうでクラフトが口を開いた。
『連中だって、準備万端ってわけじゃないんだ。付け入る隙はあるよ』
「しかしだなぁ、クラフト」
『今更何を言っても仕方ないだろう? とりあえず、例の光の見えた方角を探ってみる。彼女のことは任せたぞ』
「ああ、それは確かに……」
『ミッシェル・クラフト、ディアス改、出るぞ!』
振動と共に星空に解き放たれるディアス。その光跡を渋面で見送るガートナーは、ちらりと右手に視線をやった。軍艦には似つかわしくない少女が一人、不安げにモニターを見上げている。
彼女がどのディスプレイを見ているのか、ガートナーには容易に想像できた。
「6Aの映像、もっと寄れないのか?」
「これで精一杯です」
部下の答えに軽く嘆息すると、
「カチュア・コーウェルさん」
少女に向かって声を掛ける。
「そちらに座られてはいかがかな? 立っていても疲れるばかりだろう」
参謀シートを指し示すガートナーだったが、カチュアはその映像を見つめたまま、微動だにしないのであった。
二つの光点がぶつかり合う様を、ただひたすら見守る彼女は、恐らくは同い年の少年のことを想っているのだろう。今し方出撃したクラフトから多くを聞かされたわけではないが、そう当たりをつけるガートナーである。
19バンチのコーウェル整備工場に勤める少年が、戦艦イグニス・ファタスの艦載機を奪って逃亡した事件については、彼も報告を受けている。その際に連れ去られた少女が彼女であり、社長の姪という立場を考えれば、容易に想像が付く。意識を失い、バーザムと共に漂っているところを回収したと言うことであったが、それも怪しいものだ。
だが、実際にバーザムの機体を運んできたとあっては、クラフトの報告を疑う要素は何一つ無いのであった。結局のところ、それはガートナーの勝手な想像に過ぎず、仮に事実であったとしても、あえて口にする必要もない。
彼の部下達もまた、彼女に不審の眼差しを向けないところを見ると、似たような思いでいるのだろう。あるいは、元ティターンズへの反発か。
(いずれにせよ、彼の目的如何で状況は変わるな……)
ナンバー6Aの映像を見やると、彼は内心で呟いた。願わくば、最悪の事態に転ばぬことを祈りながら。
小さく息を吐くと、ガートナーはオペレーターに向かって問いかけた。
「イグニス・ファタスは?」
「19バンチの沖合、約6000にて停止。随伴するガニメデⅡ共々、微量の温度上昇が見られます」
「主砲に火を入れたってか。21バンチはどうなっている?」
「状況変わらず。睨み合いですね」
中央の戦術ディスプレイに、21バンチ周辺の機体配置図が映し出される。コロニーを背にするグリーンの光がサイド2守備隊機。それを一定の間隔で取り囲む赤い点が、232実験部隊の所属機である。陣形を整えた両者は、以後、動きを止めたままだ。対峙すると言う表現さながら、少なくとも戦術ディスプレイ上は微動だにしない。
一方、黄色で示されていてもよいはずの駐留連邦軍機の姿は、皆無であった。
「駐留軍に動きはないのだな?」
「ありません」
そのことを確認すると、ガートナーは複雑な表情を作った。駐留連邦軍の機影がないのは、潜在する旧ティターンズ・シンパの暗躍を防ぐために採られた処置故のことだったが、反面、サイド2守備隊側の対決姿勢を見る者に強く印象付けてしまっている。
致し方ないこととは言え、これはこれで問題となる気がしてならない。
「艦長、司令部からです」
「ん、繋いでくれ」
彼がキャプテンシート据え付けの受話器を取り上げる間もなく、ウィリアム・ステファン中佐の姿がメイン・ディスプレイに映し出される。大写しとなったその表情を見れば、良くない知らせであろうことは、容易に想像がついた。
『これ以上の探索は無駄、と言ってきたよ。連邦は』
苦々しく告げるステファン中佐。ハッテ政庁より申し入れた“域内コロニーの合同探査”に対して、回答があったのだ。
「それは、直接に?」
『いや、議会大使が連邦政府筋から得た話だ。正規ルートが梨の礫なのは変わらん。ただ、パスカル大佐も上から似たようなことを言われたらしくてな』
中佐はそこで言葉を句切ると、
『手出し無用、だそうだ』
憤りを通り越して、呆れた口調で言った。ガートナーの顔色が曇る。
「……傍観を決め込んだわけですか」
『恐らくな。が、裏を返せば、奴らを積極的に支持するつもりもないのだろう。あしらい方一つで状況は変わる』
「……」
『レオン、理不尽な指令であることは百も承知だが……』
「解っています。皆、心得てますよ」
言い淀む中佐に、彼は努めて穏やかに答えた。
『すまない』
目を伏せる中佐の姿を最後に、メイン・ディスプレイがブラックアウトする。受話器を戻したガートナーは、無言のまま、戦術ディスプレイに視線を戻した。
この状況で先制されれば、パレット中尉以下の部隊はひとたまりもない。それでも、相手が歴とした連邦正規軍である限りは、こちらから仕掛けるわけにはいかないのである。
232実験部隊の側に非があることを実証できない限り、たとえこの場は退けたにせよ、行く行くは反乱軍として、徹底的に排除されるばかりだろう。それでは連中の、いや、連邦政府の思うつぼだ。
ふと思い立って、ガートナーは6Aの映像を見やった。いくらか激しさを増したように思える光の絡み合う様を見ながら、だが、諦めたように首を振る。
(……どちらが勝っても変わらんか)
「こいつ、急に動きが良く……!」
突然の変貌ぶりに、ジーベルトは舌を巻いていた。先程までに比べ、数倍とも思える機動力で翻弄する赤い機体。そこから放たれる光弾は、さしものジーベルトでさえ、避けるのがやっとの代物だ。
「まるで別人のように」
そう口にしながらも、ジーベルトは眼前の少年が別人格を持ったと確信していた。それは当初の情報にあるがままの、この機体本来の姿だろう。
加速ざまに機を振り向かせ、手早くモビルアーマーをロックするジーベルト。だが、ライフルが迸る寸前、赤い機影はスコープを逸れ、回避行動に転ずるプロト・リガズィより速く、ビームカノンを放った。バックパック右の水平尾翼に被弾し、コクピットを振動が伝う。
「グッ……。やるっ!」
二射目以降を全て躱しきると、ジーベルトは追撃してくる機体をサブウィンドウ越しに見やった。狙いを定めた大鷲よろしく、機首先に灯るモノアイが鋭い光を放つ。背筋に冷たいものの流れる感覚を覚えながら、だが、彼の口元には微かな笑みが浮かんでいた。
(これを利用しない手はあるまいな)
内心で呟くと、ジーベルトは乗機を18バンチに寄せた。翼を広げながら迫るサイレン。彼はあくまでもそれを挑発するように、プロト・リガズィを小刻みに揺らす。
「さあ、来い。貴様と哀れなコロニーの最期のために」
「こいつ、何だ?」
18バンチを背後に動きを止める二つ眼の動きに、ティレルは戸惑いを隠せなかった。にわかに攻撃を躊躇ってしまう。
その隙を突いて、プロト・リガズィは変形するや否や、ビームカノンを放った。回避するサイレンの脇をすり抜け、モビルスーツ形態に戻ってライフルを打ち鳴らす。一転して18バンチを背にする格好となったティレルは、続けざまに迫る光弾を紙一重で躱しつつ、相手の意図を探ろうとした。
大型バックパックに据え付けられたカノン砲は、人型でも利用可能な構造だと見て取れる。にもかかわらず、ライフルのみで攻撃を仕掛ける二つ眼の狙いはどこにあるのか。まるで、彼をその場に釘付けようとせんがため、とも思える中途半端な攻撃——。
「……!? そうか!」
ティレルはサイレンに翼を広げさせると、18バンチの前をジグザグに飛び交った。黄色い鱗粉が、漆黒の宇宙を淡く彩ってゆく。
ややあって、彼はやおら機体を静止させた。18バンチの正面にあって、鷲の如く爪を構えるサイレンのモノアイが、グリーンの光を鋭く放つ。ティレルの決意そのままに。
「かかった!」
ジーベルトが勝ち誇るのと、イグニス・ファタスのオペレーターが告げるのは同時だった。
「目標、18バンチとの間で止まりました」
「メガ粒子砲、撃ち方用意。ガニメデにも伝えろ」
通信士が一瞬、物言いたげな視線を副長に向けるが、彼が頷くの見て、インターカムに手を当てる。オペレーターが戸惑い混じりの報告を告げたのは、その直後のことだ。
「第一主砲、出力が上がりません」
「何? 砲術長!」
「構わん」
調査を命じようとするルースラン少佐を、メドヴェーチは冷ややかに制した。三門ある主砲の一つが不調でも、コロニーの外壁を破るには十分な威力がある。
「……撃てぃっ!」
艦長の号令一下、艦首主砲が一斉に火を噴いた。メガ粒子の光跡が束となり、サイレン、いや、18バンチを目指して漆黒の宇宙を突き進む。
迫り来る光を眼にするティレルは、だが、一歩たりとも退くつもりはなかった。彼の脳裏にカチュアの、どこか儚げな笑顔が浮かぶ。
18バンチへの墓参を頑なに拒み続けているカチュア。それでも、彼女にとって、そこが特別な場所であることに変わりはない。
ティレルは知っていた。メッドで宇宙に出る度に、星を見つめていた彼女の視線の先にあったものを。
ひょっとすると、本人も気付いてなかったかもしれない。だが、小さな機体の向いた方角には、いつも穴の空いたコロニーがあった。
(ここにはカチュアの思い出が詰まってるんだ)
楽しいことも悲しいことも、全て大事な人生の証。悲しみが消えることは無いけれど、目を逸らしては決して先に進めない。カチュアにもそれは判っているはずだ。ただ、もう少し時間が必要なだけで。
……いざ向き合う勇気が出たときに、何も残っていなかったとしたら、あまりに救いがないじゃないか。
「カチュアの大切な場所を、お前らなんかに潰させるもんか!」
サイレンのコクピットに彼の意志が響き渡る。その想いは確実に機体へと伝わり、中央下部に据え付けられた大砲が、色鮮やかな光を放つ——。
「……愚かな」
プロト・リガズィのジーベルトは、そんなサイレンの動きを冷ややかに見やった。眼前のモビルアーマーが備える大口径ビーム砲は、確かに戦艦並みの威力を誇っている。とは言え、どれほどの威力を持っていようと、所詮は小柄な機体の装備品。メガ粒子砲の一撃を相殺できようはずもない。
案の定、サイレンのビームと交わるメガ粒子は、幾筋かの光に分かれただけである。勢いは僅かに削がれたものの、数多の奔流は狂気さながら、赤い機体に殺到する!
だが——。
「何だと!?」
ジーベルトは我が目を疑った。サイレンもろともコロニーを破壊するかに見えたビームが、その目前で全て、弾かれるように目標を逸れたのである。霧散する光に照らされるコロニーはもちろんのこと、赤いモビルアーマーも全くの無傷。
「行けぇっ!」
そのサイレンは、ティレルの命じる声に応えて、機体から多数の分身を放った。バーニアを煌めかせると、小柄な彼等は一様に、眼前の連邦艦目指して弧を描く。ティレルの視界に、白い戦艦と灰色の巡洋艦が浮かび上がる。
「18バンチ、なお健在です」
「……一体、何が起こったんだ?」
「判りません!」
「ええいっ! ガニメデは何をしていた!」
にわかに状況の掴めないイグニス・ファタスのブリッジでは、メドヴェーチ艦長が髭面を歪ませ、ありったけの癇癪をぶちまけていた。メガ粒子の光線が、掻き消されたように見えたのもある。だがそれ以上に、並進するガニメデⅡが応射しなかったことに、彼は腹を立てていた。
頸をすくめる通信士に構わず、怒号を轟かすメドヴェーチ。
「第二射、充填急げ! ガニメデに厳命。今度こそしくじるなよ!」
「熱源、急速接近!!」
「何っ!?」
彼が報告したオペレーターを振り向くのと、艦を衝撃が襲ったのはほぼ同時だった。飛来したミサイルと思しき物体が、イグニス・ファタスの艦首装備を次々と、ピンポイントで貫いていったのである。
「クッ……。被弾状況を知らせいっ!」
「第一、第二、および底部主砲沈黙! ミサイル発射口もやられました!」
「……っ! ガニメデにやらせろっ!」
「ガニメデ、沈みます!!」
「何だとっ!?」
その報告に視線を転じるメドヴェーチは、今度こそ言葉を失うのだった。
ガニメデⅡの船体を至近から四方八方に貫くビームの群れ。鮮やかな光線がジグザグに駆け抜けたと思えた直後、核融合炉に引火したガニメデは、船尾より脹れあがる火炎に飲まれ、瞬く間に爆散した。眩い光球より吐き出される残骸が、断末魔の叫びを装甲越しに伝える。
その光景は、プロト・リガズィを駆るジーベルトの目にも届いていた。
「こちらの攻撃を避けながら、遠隔で沈めるとはな!」
感嘆の声を上げるジーベルト。
恐らく、ファンネルと呼ばれる脳波コントロール兵器を用いた攻撃だろう。イグニス・ファタスを襲ったのも、同種の兵器であるに違いない。そう見当を付けるジーベルトの口元には、だが、配下の艦艇を沈められた者のものとは思えない、不可思議な笑みが浮かんでいた。
彼にとっては、眼前のモビルアーマーが想像以上の威力を発揮していることのほうが大きいのである。確かに、ガニメデⅡは沈み、イグニス・ファタスも戦闘力をほとんど削がれた。現状でサイド2守備隊とやり合うのは絶望的だろう。
だがこれで、問題の機体を隠匿していたサイド2による暴挙、という筋書きを打ち立てることが出来る。“提督”が望んだ介入の口実は、間違いなく創り出されたのだ。
何より、彼の手にはまだ切り札が残されている。
「チッ……! なぜ当たらない?」
改めてサイレンに仕掛けるジーベルトは、ロックオンしたはずのビームが逸れる様子に、忌々しげな口調でこぼした。方向転換の度に翼を広げるという、無駄とも思える動きを繰り返すサイレンに向けて放つ一撃が、ことごとく外れるのである。
サイレンの動きはなるほど、強化人間が操るに相応しいだけの俊敏さを持って、彼を翻弄する。が、巧みな操作で追い回すプロト・リガズィの照準器は、赤い機体を真芯に捉えている。それでいて擦りもしないのはどういう事か?
もう何度目とも知れない、ライフルの一射。その光跡を、ジーベルトは注意深く追った。
放熱板と睨んだ翼を一瞬広げ、転回するモビルアーマー。その至近で羽からこぼれ落ちる鱗粉に触れたビームが、まるでそれ自身の意志であるかのように、弧を描いて遠ざかる。
「あの光……。ビーム攪乱幕か!」
ジーベルトはようやく、サイレンの翼が撒き散らすものの正体に気付いた。
ビーム攪乱幕。それは、一年戦争期に宇宙要塞攻略の補助兵器として開発された、特殊兵装の俗称である。要塞攻撃に先立ち、突撃艇より大型ミサイルと共に放たれたそれは、爆発と同時に微粒子の幕を形成し、迎撃のビーム砲火を無力化した。これにより、連邦軍はソロモン、ア・バオア・クーという二大拠点の攻略基盤を築くことに成功したのである。
だが、戦後の兵器開発に、ビーム攪乱幕の技術が継承されることはなかった。モビル・スーツによる高速近接戦闘が主体となったこともあるが、ジオンより接収したIフィールドと呼ばれる一種のバリア技術に比べ、有効性の低さが目立ったからである。兵器としての扱いにくさからも敬遠され、今では技術教本の一節に収まるばかりの代物だ。
そんな連邦の過去の新兵器は、敵であるジオン公国の末裔たるアクシズに継承され、眼前のモビルアーマーにて結実したのだろう。簡易Iフィールドとして見ればなるほど、確かに効果的だ。散布装置の目処さえ立てば、未だ小型化に成功していないIフィールド・ジェネレータを備えるより、遙かに小型で機動力あるマシーンを創り出すことが出来る。
元がビーム攪乱幕なのだから、工夫次第でイグニス・ファタスのビーム砲火を無力化するのも容易かろう。現にあの坊やは、それをやってのけた。
「なかなかの性能だ。本気で欲しくなったよ」
サブウィンドウのサイレンに向かって、そう語りかけるジーベルト。訝しがるティレル少年の様子が、無線を通して伝わってくるようである。
無論、周波数は合わせていない。が、少なくともこちらの言うことは、向こうに届いているはずであった。
彼が真実、サンプルと同じ性能を有しているのならば。
「とは言うものの、ガニメデを沈められまでしては、さすがにそういうわけにも行かないのでね」
やおら機体を反転させると、ジーベルトはサイレンに向かってライフルを構えた。その姿勢のままでプロト・リガズィを静止させる。それは無謀とも思える行動であったが、案の定、かぎ爪を突きだして逆制動をかけるサイレンは、撃たなかった。
「知っての通り、君の上官の身柄は我々が押さえている」
冷徹な口調で続けるジーベルト。
「私個人としては、あまり手荒なことはしたくないのだが……」
そこで言葉を句切ると、
「君の行動如何では、残念な結果を招くことになる。……この意味が判るな?」
と言って、相手の反応を待つ。
ジーベルトにしてみれば、それは答えの知れた問いかけであった。彼は機体を放棄し、彼とビリー・ラズウェルの身柄は保証される。もちろん、自由への制約はあるだろうが、今この場で全てを失うよりはマシというものであろう。
だが、間を置いて示されたサイレンの反応は、彼の予想を完全に裏切るものであった。
「なに……!?」
カノン砲に灯る光を見た瞬間、ジーベルトはフットペダルを踏み込んでいた。迸るビームの束を紙一重で躱すプロト・リガズィのコクピットに、彼の怒りにも似た驚愕の響きが伝う。
「貴様っ!」
口にする合間にも、別の方角からビームが走る。それがファンネルによる攻撃であることは明らかだ。
サイレンの機首先で淡く瞬くグリーンの瞳。それはまるで、ジーベルトの対応を嘲笑っているかのようであった。
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