ゼロの軌跡
作:澄川 櫂
5.少女とガンダムと
五日間の休息の後、グラナダを発ったカージガン以下のエゥーゴ第三艦隊は、月と地球の間、サイド4近くに広がる暗礁宙域の外縁にあった。一年戦争で破壊されたコロニーや、艦艇の残骸が無数に集まってできた、魔の宙域である。
第三艦隊はここに二日ほど留まった後、魔の宙域を抜け、旧ゼダンの門へと侵攻する手はずになっていた。月から迂回コースを取って侵攻する連邦艦隊と、ゼダンを挟撃するのである。
ゼダンの門。それは、かつて“ア・バオア・クー”と呼称され、ジオン公国の前線基地として機能した小天体である。二つの小惑星をつなぎ合わせて建造された傘型の隕石基地で、一年戦争終結後は連邦に接収され、ティターンズのジャミトフ・ハイマンによって“ゼダンの門”と改称された。
が、その軍事要塞も今はない。
グリプス紛争末期、元ジオン公国軍残党が立て籠もった小惑星アクシズに衝突されたゼダンは、その接合部から二つに分断され、放棄された。現在は暗礁宙域近くに流された傘の部分、通称“ゼダンa”に、ワーノック艦隊をはじめとする残存艦艇が潜むばかりである。
それら残存兵力を掃討するために派遣される艦艇は、エゥーゴ、連邦両軍を合わせれば、推測されるティターンズ艦艇の倍近く。ゼダンaに残るミサイル等の攻撃力を考えても、攻略は容易いように思えた。
しかし、艦隊を指揮するステファンの心は晴れない。なぜなら、暗礁宙域から突くというのは、あまりに安直すぎる作戦だからだ。ワーノック艦隊もそのことには当然気付いているはずで、ゼダンの背後に精鋭を配しているに違いないだろう。
(いくら我々が実戦慣れしているとは言え、消耗することは目に見えている。それでは連邦の思う壺だ)
再編が進む連邦軍の中にあって、地球人類の完全宇宙移民とスペースノイドの権利を主張するエゥーゴ部隊は、連邦政府にとってあまり好ましくない存在となっていた。それでも排除しようとしないのは、エゥーゴがもっとも練度の高い部隊の一つであり、装備も他の連邦部隊に比べて優れているからである。
だが、それが消耗してしまえばどうなるか。
(——なぜ、准将はこのような作戦を呑んだのだ?)
確かに暗礁宙域を探索中の第二艦隊と合流できれば、いくらか消耗を防ぐことは可能だろう。しかし、エゥーゴ一艦隊あたりの構成艦数は、決して多くはないのだ。
第三艦隊の構成は、カージガンを旗艦にアイリッシュ級戦艦リバプール、マゼラン改級重巡洋艦ブリストル、そして、サラミス改級巡洋艦が四隻の計七隻である。
疲弊した戦力を立て直すため、退役したマゼラン級にアイリッシュ級並の改造を加えて再生させた重巡は、連邦軍所有のマゼラン改級戦艦にモビルスーツ搭載数、および展開能力において勝るが、主砲を大幅に撤去した分、対艦戦ともなれば非力であることは否めなかった。同じ重巡でも、ティターンズ専用艦だったアレキサンドリア級には、到底敵わないだろう。
カージガン、リバプールと戦艦が二隻いるのがせめてもの救いである。そして、三つあるエゥーゴの艦隊の中では、この第三艦隊が最大であった。
エゥーゴにはこのほかに、サイド2、サイド5、グラナダ、アンマン等を防衛する部隊も存在するが、仮にその全てを合わせても、総合戦力では第三艦隊に劣るのが現状である。
(まだ動くには早いと思うが……)
「艦長!」
通信士の声に、ステファンは我に返った。
「ん? なんだ?」
「ブリストルからの荷物、次で最後だそうです」
言われて左舷に目をやると、格納庫同士を結んだワイヤーを伝うコンテナが、窓下に消えて行くのが見える。
「あれも、アルバートの言っていた新型のパーツなのか?」
「いえ。通常の補修部品とパイロットだとか」
「パイロットねぇ……」
グラナダで渡されたファイルを思い出し、ステファンは表情を曇らせた。
(また頭痛の種が増えるか)
「なあ、あれってゼータじゃないのか?」
「え? あ、ホントだ。あの特徴的な顔はゼータタイプだよ」
ガラス越しにモビルスーツデッキを見下ろすトニーとフィルは、搬入されたそばから梱包を解かれていく新型の、頭部パーツに目を丸くしていた。
ゼータガンダムと言えば、ニュータイプ戦士カミーユ・ビダンが搭乗し、数々の戦功と共にグリプス紛争を駆け抜けた、名機中の名機である。他のガンダム系モビルスーツにはない、スマートで洗練された機体は、可変機構を有することと相まって、若いパイロット達の間では常に羨望の的であった。さらに、当時十七歳のカミーユ・ビダンに支給されたという事実もあって、いつかは自分も、という思いすら彼らは持ったものだ。
技術者内で“プロトゼータ”と呼称されるゼータガンダムは、アクシズにおける戦闘によって失われた。が、ゼータ願望とも言うべき風潮はいまだエゥーゴのパイロット内に根強く、この二人もまた、そんなことを夢想する少年達であった。
『搬入完了! ハッチ、閉じるぞ!』
「よーし、早く見に行こうぜ」
エアーの注入が始まるや否や、二人がエアロックへ駆けたのは言うまでもない。
一方、最後に着いたコンテナからも、空気がデッキ内を満たした途端に飛び出すものがあった。
「大尉!」
「うおっ!?」
艶やかできれいな黒髪をなびかせながら、一人の少女が、搬入作業を監督するデュランに抱きついていた。彼女は荷物の山の頂にデュランの姿を見つけるや、一直線に飛び込んで行ったのである。
「おいおい、リサ。なんだいきなり」
「お久しぶりです! 大尉」
デッキを流れる二人の姿に、メカマンらの好奇の視線が注がれる。が、デュランに抱きついた少女——リサ・フェレルは、それを全く気にしない様子で顔を上げた。
「グラナダに帰ってきたとき、どうして会いに来てくれなかったんですか?」
「いろいろと忙しくてな」
デュランは苦笑すると、
「それより、皆が見てるぞ?」
「え? あ……」
「とりあえず艦長に挨拶してこい。皆への紹介はそのあとだ」
デッキの天井を蹴り、組立を指示するマクガバニーの方へ体を流しながら言った。
「ああん、大尉!」
「あまりのそのそしてると、パイロット失格だぞ」
「もうっ!」
笑いながらモビルスーツの陰に消えるデュランを、頬を膨らませてしばし見つめるリサ。が、やがて一つ頭を振ると、彼女の青いパイロットスーツは、エアロックに向かって壁を蹴るのだった。
「パイロットって……。あの娘が新型を操縦すんのか?」
その一部始終を目撃したトニーは、傍らにいるフィルに話しかけたつもりだった。
しかし、
「ほーう。なかなか可愛い娘じゃないか」
返ってきた声は、彼の上官であるバーンズ少尉のものである。えっ? と振り向くと、フィルは少女の姿の消えた方角を向いたまま、ぼんやりしていた。
「ん? どうしたフィル。お前の好みか?」
バーンズがからかうと、彼はようやく気付いた。無意味に慌てる様子が無性に可笑しい。これには、二人も声を出して笑うのだった。
「ゼータのパイロットって、彼女なんですか?」
「そうらしいな。というより、あの機体は彼女でなければ動かせないそうだ」
「動かせない……?」
「俺も詳しいことは知らんよ。ゼロの搬入は急だったからなぁ」
「ゼロ?」
とはフィル。
「あいつの名前だ」
バーンズはメンテナンスベッドに組まれたパーツを顎で差しながら言う。
クレーンで運ばれるツインアイの頭部が、胸部パーツの上、ちょうど彼らを見下ろすような位置で止まった。
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