ゼロの軌跡

作:澄川 櫂

10.接触

「何っ!?」
 爆沈するサラミス改級の光が、辺りを白く染め上げる。眩く、そして荒々しく。崩れ行く巨体に目を向けたデュランは、そこから抜け出る黒い機体を視界に捉えた。マラサイに似た鋭角的なモビルスーツ。
「チィッ!」
 激しく舌打ちして、デュランは爆光を背に疾駆するヘルハウンドへと機体を向けた。ハンブラビの存在など忘れたかのように、一直線に加速する。
「野郎っ!」
 ハンブラビのパイロット、ダンケル・クーパが罵るのも無理はない。だが、追いすがろうとする彼の前に、青いモビルスーツが立ちはだかった。ツインアイを光らせたそれは、リサの操るゼロだ。
「ガンダム!?」
「大尉の邪魔はさせないっ!」
 気合いと共にサーベルを振り下ろすゼロ。避けるハンブラビ。ゼロがライフルを撃つ撃つ!
「うぉぉぉぉっ!」
 紙一重でかわすハンブラビのコックピットで、クーパは吠えた。こちらもフェダーインライフルを撃ち鳴らす。ビームとビームが交錯し、冷たい光芒が幾重に弾ける。ハンブラビの放つ異様な迫力に、リサの肌が粟立つ。
(何なの……?)
 それを操るパイロットが、グリプス戦役でガンダムと因縁を持っていようとは、リサに知る由もない。

 ディアスにサーベルを握らせると、デュランは迷うことなくヘルハウンドに向かって突っ込ませた。援護に入るマラサイを吹き飛ばし、ヘルハウンドと激しく交錯する。しかし時既に遅く、もう一隻のサラミス改がエンジン部から紅蓮の炎を散らす。
「ええいっ!」
 至近距離であるにも関わらず、デュランはライフルを撃った。万が一、融合炉を直撃すれば、リック・ディアスもただでは済まない。
 が、予想通りというか、ヘルハウンドはショルダーアーマーを削がれただけで、その一撃を避けて見せた。すかさずディアスがサーベルを振るう。受けるヘルハウンド。
「くっ……」
「これ以上はやらせん!」
 気合いの差で勝ったか、ディアスのサーベルがヘルハウンドのそれを弾き飛ばした。だが、ミハイル・ロッコも負けてはいない。頭部バルカンで牽制しつつ、右足でディアスの腕を蹴り上げる。
「チッ!」
 腰だめで撃つディアス。ヘルハウンドは難なくそれをかわすと、彼に向かって背を見せた。もちろん、逃げたのではない。ヘルハウンドの向いた先にいるもの——艦隊旗艦のカージガンを沈めようというのである。
「あれさえ沈めれば」
「させるか!」
 デュラン機が全速で後を追うが、ヘルハウンドの方が一歩早い。ディアスのビームも荒れ狂うカージガンの対空砲火もものともせず、ブリッジ目指して突き進む。デュランが我知らず下唇を噛んだ、その時、
『やらせない!』
 スピーカーにフィルの声が飛び込んできた。ヘルハウンドとカージガンとの間に、彼のネモが割って入る。トニー機も一緒だ。
 ビームを乱射しつつ迫る二機のネモに、たまらず退避行動に移るヘルハウンド。散開を期して牽制射撃を加えるが、フィルは果敢にも速度を落とさず、黒い機体に対し、真っ直ぐに自機をぶつけるのだった。
「なんだとっ!?」
「わぁぁぁぁっ!」
 無我夢中でサーベルを抜くフィル。が、ヘルハウンドはそのネモの腕ごと、サーベルを斬って捨てた。彼の無謀さに驚きはしたものの、ロッコの技量はフィルをはるかに凌駕しているのだ。
 しかし、いかな黒鷹といえども、それが精一杯だった。エゥーゴの先発隊が戻ってきたのである。
「好きにやりやがって!」
 後退するロッコをフレディ中尉のディアスが追う。連携するボティ中尉とパレット少尉の厚い援護の前に、ヘルハウンドはそれ以上、艦艇に近寄る術を持たなかった。
 デュランはヘルハウンドを彼等に任せると、戦場を俯瞰できる位置にまで機を上昇させた。沈んだ二隻の他に、煙を上げている艦が二隻。
 対するティターンズ側は、若干後方に退いてはいるものの、力強い火線を見る限り無傷のようだ。
「三艦相手にやられっぱなしというのも、気分が悪いな」
 そう漏らすと、デュランは信号弾を上げるのだった。

「きゃあっ!」
「チィッ!」
 肉迫したハンブラビのサーベルを、すんでの所でゼロがかわす。ハンブラビが背中のビーム砲を連射するが、リサもバックパックのビームカノンで牽制する。そして二機は、再びサーベルを切り結んだ。
 互いにライフルを撃ち尽くし、残るは固定兵装とサーベルのみ。が、クーパは味方が後退に移っているのを知りながら、決して退こうとしないのだった。彼の脳裏に浮かぶのは、大砲を構えるガンダムと、愛機を弾いたビームの光。
「あの時の屈辱は……」
 左目脇の傷が疼く。
「この手で晴らす!」
 ハンブラビは変形した。サーベルを握った手はそのままに、最大加速でゼロに迫る!
「——!?」
 思いもよらぬ行動に戸惑うリサ。その分だけ反応が遅れ、ハンブラビの接近を許してしまう。すり抜けざま、ハンブラビがゼロの手からサーベルを弾いた。そして、即座にゼロに向かってターンする。ビームカノンを連射するが間に合わない。
(——やられるっ!)
 そう思ったとき、リサの手は右コンソール脇のスイッチを入れていた。瞬間、ゼロの両肩口から、宙に向かって何かが飛び出る。
「むっ!?」
 クーパがそれに気付いた瞬間、あらぬ方向からビームが走った。
「——なっ!?」
 致命傷ではないが、足と放熱版に一発ずつ被弾。それも背後からである。一体何が狙ったのか?
「たぁぁぁぁっ!」
 詮索する間を与えぬ勢いで、ゼロがサーベルを抜き斬りかかる。ハンブラビの右腕を、肩パーツもろとも一刀切断!
「ぐわっ!」
 これにはさすがにクーパも退くしかなかった。ハンブラビの青い機体が、小さな炎を残してゴミの向こうへと消える。
 それを見送ったリサは、バイザーを開いて大きく息を吐いた。今頃になって、脇の下の冷たさが気になってくる。リサはその不快感に小さく身震いすると、ゼロに放出させたもの——インコムを回収させた。
 インコムとは、いくつかの屈折部を持ったワイヤーで機体と結ばれた、円盤状の武器である。円盤には小口径のビーム砲が一門と、アポジモーターが数基、搭載されていた。この小さな噴射口と屈折するワイヤーとによって、円盤は任意に位置と向きを変え、ビーム砲火で敵を翻弄するのである。
 基礎設計完了から一年、ゼロに追加されたシステムの一つだ。
「大尉は……?」
 落ち着いたところで、リサはデュランのディアスを探した。しかし、彼女が真っ先に見つけたものは、敵でも味方でもない、第三の機影だった。
「本当か!?」
「はっ、はい!」
 カージガンのブリッジでも、その新たな機影を捉えていた。事実確認に躍起となるのは、目の前で起こっていることが、にわかには信じられないからである。
 正面ディスプレーには、集中砲火を浴びて立ち往生するティターンズの艦隊があった。もちろん、攻撃しているのは味方の艦隊ではない。火線の出た先にあったもの、それは……。
「間違いありません! グワダンタイプです!」
 赤く巨大な艦艇に、オペレーターがうわずった声で報告した。ブリッジにどよめきが走る。
「ジオン残党が我々を!?」
 旧ジオン公国軍の残党が、アステロイドベルト時代の八年の間に完成させた三隻の超弩級戦艦。その内の一隻が、第三艦隊を窮地に追い込んだティターンズを攻撃しているのだ。しかもそれに先だって、「援護する」との電信を送ってきている。
「アルバートが呼んだんだ……」
 ステファンだけが事情を理解していた。なぜならこれらは全て、例の極秘ファイルに記されていたことと一致するからだ。
『無事か、リサ』
「大尉、あれは?」
 デュランと合流したリサは、敵のサラミスが沈み行く様を見ながら呆然と尋ねた。
『アクシズ艦隊の旗艦グワラル。ユーリー・ハスラー少将の乗艦だ』
『アクシズ……?』
 事も無げに答えるデュランの言に、ディアスについてきたフィルが不思議そうにこぼす。が、ゼロの高感度センサーで見つめるリサには、デュランがなぜ“ジオン”という言葉を用いなかったのか、すぐに判った。
 無数の残骸の陰から赤い巨体をゆっくりと現すグワラル。その艦首には、グワダン級の特徴であった巨大なザビ家の紋章はなく、ジオンの軍旗もはためいてはいない。
 ——彼らはジオンを、ザビ家を捨てた艦隊なのであった。

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