ゼロの軌跡
作:澄川 櫂
11.動き出した歯車
「まだか、まだ来ないのか! エゥーゴはっ!」
爆沈する僚艦の衝撃に揺れるサラミス改級巡洋艦、セイフートの艦橋で、制帽を目深にかぶった艦隊司令が怒鳴り散らしていた。
「作戦開始からもう三十分近く経とうとしているんだぞ!」
「来ました!」
その司令を上回る大声で、オペレーターの一人が言った。戦術モニターにエゥーゴ艦隊が緑色の光で表示される。
彼ら連邦艦隊とは、ゼダンaを挟んでちょうど反対側だ。予定方位よりややずれてはいるものの、ティターンズ残党艦隊を充分に狙える位置である。
「ようやくご登場か……。数は?」
「四隻です」
「参加は七隻のはずだが……?」
「途中で会敵して消耗したのでしょう。遅れたのも納得できます」
恰幅のいい艦長が傍らで物知り顔に頷く。
「フン。意外と頼りにならんな」
が、艦隊司令は嘲るように、鼻で笑うのだった。
グリプス紛争末期に接合部から二つに折れてしまったゼダンの門。連邦軍では便宜上、その傘の部分をゼダンa、柄の部分をゼダンbと呼んでいた。うち、ワーノック艦隊が立て籠もるのは、ゼダンaの方である。
元々はbにも部隊があり、その名の通り“宇宙の門”として連邦に脅威を与えていたのだが、数週間前、ワーノック軍は突如として全部隊をゼダンaへと移したのだった。
連邦正規軍に比べて兵力で遙かに劣るワーノック軍が、討伐を免れ、ネオ・ジオンの圧力をも跳ね返し続けたのは、隣接する二つの隕石基地という特殊な環境下にあったからである。どちらか一方を攻撃するには他方から狙われるほど近すぎ、同時に叩くには大部隊を要するほど離れているという隕石間の微妙な距離が、ここへの攻撃を躊躇わせていたのだ。
しかし、部隊がどちらかに偏ってしまえば、話は別である。いかに軟弱な連邦軍とはいえ、この機を逃すことはなかった。もちろん、ゼダンbに潜む部隊が一切いないとは限らないのだが、仮にいたとしても、僅かに別部隊を割けば押さえられるだろう。
ワーノック軍とてそのことには気付いているはずである。そのため、この急激な移動には「何かある」とデュランやステファンなどは思うのだが、連邦軍上層部や作戦を提示したエゥーゴ参謀本部は、所詮は賊軍のすることと、それらの懸念を一蹴した。
その判断は、今のところ正しいもののように見える。
だが、
「どうだ?」
「少ないですね。旗艦のシェフィールドこそ確認できますが、予測総数の半分といったところです」
「半分か……」
ワーノック艦隊への砲撃を開始したカージガンのステファンは、戦術モニターを前に違和感を覚えていた。連邦軍から二隻撃沈の報は届いているが、明らかに数が少ない。
「ひょっとして、連中はここを放棄するつもりなのでは?」
「お前もそう思うか?」
「ええ。あらぬ方向へ逃げた、イスマイリアの行方も気になりますし……」
そう言うオペレーターに、ステファンもまた頷くのだった。
グワラルの攻撃を受け、僚艦をことごとく失ったアレキサンドリア級重巡洋艦イスマイリアは、ゼダンとは真逆の方角へと離脱した。このままゼダンが陥落すれば戻る場所が無くなるというのに、イスマイリアは迷うことなく、別方面へ向けて逃走したのである。
ゼダンへ戻る方が易しい状況であったにもかかわらず。
「艦長、フレディ中尉が出撃を上申していますが?」
いま一人のオペレーターが振り向いた。ステファンはやや考える素振りを見せたが、
「もうしばらく待機するよう言っとけ」
と、素っ気ない指示を出す。
「了解」
「ったく、アルバートの奴も何を考えているんだか」
通話モニターの奥から返ってくる反応に辟易するオペレーターの背中を見ながら、ステファンは思わずぼやいていた。
彼の艦隊のモビルスーツ隊を束ねるデュランは、今はこの艦にいない。先ほどの戦闘でエンジン付近に直撃を受け、その修理のために暗礁宙域に留まったブリストルと共に、彼は愛機を伴い残ったのである。そして今頃は、グワラルへと乗り込んでいるのだろう。
イスマイリア隊との戦闘が終了した直後、グワラル以下のアクシズ艦隊がエゥーゴ参加の意志を固めていることが、デュランによって明らかにされた。そして、カーター准将がそれを受け入れる意向であることも同時に伝えられたのだった。
准将が参謀本部と決別して独自の動きをとりつつあることは、将兵の間でも知られていたことだが、ハスラー艦隊と手を組むとは夢にも思わなかった彼らである。その衝撃は決して小さいものではなかった。
だが、二派に別れたネオ・ジオンに対して「我、袂を分かつ」と告げて逃亡し、ジオンの旗を降ろしてエゥーゴを助けたグワラルの行動には、信じられるものがある。なにより、沈んだ二隻の生存者救出に協力するグワラルのクルーには、誠意があった。
「……誠意のかけらもない連邦のために、これ以上の戦力を消耗することはない、ということか」
そうでなくとも無能な連邦と参謀本部に愛想を尽かしているステファンである。彼はぎりぎりまで、モビルスーツ隊を投入しない腹積もりであった。
一方その頃、月のグラナダでは——。
「カージガン、リバプール、モレー、クライドの四艦、ゼダンへの攻撃を開始しました。ブリストルは補修のため、グワラルと共に暗礁宙域に留まるとのことです」
「ん……」
司令部に詰めるカーターが、マンデナ中佐の報告に渋い顔で頷いていた。
カージガンから味方艦二隻轟沈の報を伝えられたカーターは、憂鬱であった。連邦軍の尻拭いに借り出された友軍将兵が、またも数多く失われたのだ。地球圏の行く末を真に憂える、尊い生命が。
やはり受けるべきではなかったか……。
「中佐、ステファン艦長はなんと言ってきたんだ?」
「当面、遠方からの艦砲射撃のみで戦闘を行うとのことです」
「そうか……」
敵を殲滅するという観点からすれば、それはマイナスの戦い方である。しかし、既に三割近い戦力を消耗してしまった以上、それもやむを得ないとカーターは思うのだった。
エゥーゴ第三艦隊は、実践慣れしたエゥーゴの中でも、特に勇猛果敢なことで知られる部隊である。多少の損耗があっても、攻めるとなれば決して退くことはしないであろう。故に、場合によってはかなりの損害を出すことにもなりかねない。
なにしろ、相手は自軍と同様に実践慣れしたティターンズである。城塞攻略戦であることといい、そうなる可能性は高いと考えて間違いなかった。
「正しい判断だな。これ以上の消耗を繰り返すことは、得策ではない」
マニティもそれに頷くと、ステファンからの電文を続けた。
「あと、ワーノック艦隊はゼダンを放棄するつもりでは、とありますが?」
「ゼダンを放棄……?」
その推測にカーターが首を傾げた時、
「うわぁっ!」
突然、警備兵が後部ハッチから転げ込んできた。何事かと振り返る間もなく、マシンガンで武装した兵士が数名、軍靴の響きも高らかに、司令部内に雪崩れ込む。
「全員そこを動くな!」
「なっ……!?」
「貴様達、なんの真似だっ!」
「それは私のセリフだよ、准将」
怒鳴るカーターに向かい、冷ややかな口調で拳銃を向けたのは……。
「……アボット」
「作戦への遅参。アクシズ艦隊との接触。そして、数々の独断行動と……。これでは解任せざるを得ないな」
エゥーゴ参謀本部付き参謀、アボット・ブリードがニヤリと笑う。
そして、
「本当に残念だよ。准将には連邦軍の指揮を任せる用意もあったというのに」
伏せ目がちに話す、いま一人の参謀メッチャー・ムチャ。彼らの後方には、さらに数名の連邦軍将校が控えている。
「ラレフ・カーター、君を反逆容疑で拘束する」
アボットの声が、まるで勝ち誇るかの如く司令部内に響き渡った。
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