ゼロの軌跡

作:澄川 櫂

34.移ろわぬ時の中で

「——バーンズさん、戻らなかったね」
 カージガンのモビルスーツ格納庫で、頭上より響くカタパルトハッチの閉鎖音を感じ取ったリサは、誰ともなしに呟いた。
「ああ……」
 隣で手すりにもたれていたフィルも、ぼんやりと応えて天井を見上げる。それはかつての彼の上官の、あまりに実感のない戦没認定であった。
 コンペイトウにおける二度目の戦闘で、ティターンズ残党の一大勢力であるワーノック軍を壊滅に追い込んだエゥーゴ艦隊であったが、決して勝利と呼べる心境にはなかった。
 グリプス2という最終兵器を用いながら、敵艦隊を全滅させられなかったというのもある。だがそれ以上に、総司令カーター搭乗の戦艦アイリッシュ撃沈という事実が、彼らに敗北的な思いを味わせていた。
 戦略という観点からすれば、第二次コンペイトウ会戦はエゥーゴの完勝に近い形で幕を降ろした。多くの戦死者を出し、若干の部隊を取り逃がしたとは言っても、その数倍という戦力を残しているのが今のエゥーゴ艦隊である。追撃し、殲滅するのは容易であろう。
 だが、艦隊の頭脳を失ったとあっては、それも疑わしく思えた。連邦軍に組み込まれることを良しとせず、スペースノイドの軍隊として戦い続けてきた彼らではあったが、ワーノック軍のように一つの理念に基づいて活動してきたわけではない。様々な思惑をはらみつつ、反地球連邦政府運動の一点で辛うじて結びついていたというのが、エゥーゴという組織の実態なのだ。
 総司令カーターの死は、それらの接点を束ねるハブの喪失と同意であった。エゥーゴの基礎を築いたブレックス・フォーラの副官を、長年に渡って務めてきたカーターだからこそ、そつなくこなせた地位である。後継者がいるとは思えない。
(……ここらが限界だろうな)
 カージガン艦長ウィリアム・ステファン中佐は、善後策を話し合うために集まった艦隊主要将校の表情を窺いながら、声には出さず嘆息した。
 現在のエゥーゴを構成しているのは、旧アクシズ艦隊を筆頭に、主にグリプス2護衛を務めたグラナダの艦隊、攻撃隊の中核をなしたサイド1守備艦隊、カージガンら旧第三艦隊の生き残りであるサイド2、アンマンの混成部隊と続く。これにカラバ出身者やグラナダ防衛隊といった市民の有志が加わるわけだが、それら幹部の交わす視線の中には、既に険悪なものさえある。
(アルバートも何を考えているのか……)
 ステファンは隣で何事か考え込んでいるデュランを横目に思った。
 エゥーゴ創設時からの数少ないメンバーの一人であり、カーターの信任も厚かったデュランは、艦長であるステファン以上にエゥーゴの機密を知っている。いや、この場で最も情報を押さえている人間と言っても過言ではないだろう。故に、この場をまとめきれるのは彼をおいて他にない。
 だがそれは、あくまでもこの場限りのことであった。軍隊という組織の中にあっては、階級は絶対である。一部の例外を除けば、階級の低い者が上の者に指図することは許されない。キャスバル・ダイクンのようなカリスマを備えているわけではないのだ。
 現時点で最も階級の高い人物は、旧アクシズ艦隊を率いるユーリ・ハスラー少将である。そのザビ家と決別した艦隊をエゥーゴに引き入れたのがデュランである事を考えれば、少将を後ろ盾に采配を振るうという手もあるかもしれない。だが、それをやればエゥーゴは内から崩壊するだろう。
 もっとも、そんな心配をする必要はなかった。なぜなら、エゥーゴをまとめていこうなどという気概は、デュランには初めからないのだから。
 そのことをステファンはハスラーと目が合った瞬間に悟った。視線で探りを入れた彼に対し、ハスラーは僅かに口元を歪めると、小さく首を横に振って見せたのである。
 この会合に先立ってデュランとハスラーが打ち合わせの時間を持ったことは、会合の場を提供した艦の長という立場上、ステファンは知っていたし、ハスラーも理解しているはずだ。その上で頭を振って見せたというのは、エゥーゴという組織を維持するつもりがデュランにはなかった、ということだろう。
 そのステファンの想像は半分だけ当たっていた。半分、というのは、デュランとハスラーの出した結論が、実は亡きカーターの意向を汲んだものに過ぎなかったからだ。コンペイトウ鎮守府における一連の作戦行動を立案したカーターは、自らが戦死することも考慮に入れ、その際の対策を密かに託していたのである。
 デュランはある一点を除いて、カーターの残した作戦をそのまま実行するつもりであった。その一点というのは、元アクシズのハスラーでさえ驚きを隠せないものであったが、デュランの過去や先のアクシデントを知れば、あるいはもっと別の納得をしたかもしれない。
(——そうか、お前はティターンズか)
 一年戦争時代の戦友、ミハイル・カシスのことだ。
(お前に救われた命と思っていたが……)
 仲間を生かすため、敵のただ中に吶喊していった男。そのかけがえのない友と、宿敵として相まみえる皮肉。ミハイルの異名黒鷹は、四年前の夏、デュランが打倒を誓ったティターンズの象徴そのものである。
(変わらないのだな……)
 デュランは思った。
 一年戦争。俗にそう呼ばれているジオン独立戦争は、地球生まれアースノイド宇宙生まれスペースノイドの対立に端を発した戦争であった。地球連邦政府に半ば強制的に宇宙へ移住させられた人々が、特権階級と化した地球人からの支配を嫌い、自らの自治権を求めたのだ。
 だが結果として、それは宇宙民スペースノイドの戦争にはならなかった。サイド3を掌握したザビ家によって、単なる地球圏侵略戦争へとすり替えられてしまったのである。
 地球連邦政府の圧力に屈した同胞を虐殺し、スペースコロニーを地球に落とした狂気。その行為がサイド3の孤立化を生み、地球圏全てを敵に回したザビ家は、圧倒的な物量差の前に敗れていった。
 宇宙民にとっての不幸は、まさにこの時の経緯にあると言えよう。ザビ家の脅威を排斥した後に待っていたのは、地球連邦政府によるさらなる圧政だったのだから。コロニー落としが宇宙民に残したのは反ザビ家感情であったが、地球民アースノイドに残されたのは、宇宙民全てに対する反感なのである。
 ミハイル・カシスはコロニーの落ちた地、オーストラリアの出身である。そのため、連邦軍第117モビルスーツ中隊の中では最も強い反ジオン感情の持ち主であった。
 にも関わらず、それが反スペースノイドに結びつかなかったのは、デュランやモニカのようなコロニー出身者が、同じ部隊にいたからである。ジオン公国の攻撃で家族を失った人間が宇宙にもいると実感できた彼は、ジオンを憎んでも宇宙民スペースノイドを憎むことはしなかったのである。
 だがそれは、宇宙民であるデュランらとの意識差が埋まることと同意ではない。なぜなら彼らスペースノイド系連邦兵が憎んだのはザビ家のジオンなのであって、ジオン・ダイクンの掲げた理想には、むしろ共感を覚えていたからだ。
 この違いが、グリプス紛争という新たな抗争を生んだ……。

 ——ジオンと戦った身でありながら、その先頭に立って地球に刃向かうとは!

 デュランの脳裏に戦場で再会した旧友の声が甦る。
(モニカと俺はスペースノイド。お前はアースノイド。そういうことか)
 その結論はあまりに悲しい。
(……憎んでくれていいさ、ミハイル。だがな、モニカはお前のいるティターンズに殺されたんだぞ)
 0085年7月31日。この日に起こった出来事を、デュランは生涯忘れないだろう。
 後方警備を命ぜられた彼の眼前で、妻子の暮らすコロニーに取り付けられるガスボンベ。絶叫するデュランの視界に映ったのは、黒いジムに輝く鷹の紋章だった——。
(——倒すさ。誰が相手でもな)
 結局はそこに行き着くのであった。四年の間、ひたすらに鷹を狩り続けてきた男の、悲しむべき性だろうか。
(ジオン残党狩りを名目にした悪業の報いを、せいぜい受けるがいい……)
 会議室のドアが閉まる音に顔を上げるデュラン。彼のその決意はだが、どこか霞んでいた。

 展望室に目指すデュランの姿を見つけたリサだったが、すぐに声を掛けることは出来なかった。デュランが手にするものを見てしまったからだ。
 妻に寄り添われ、息子を抱きかかえる若き日のデュラン。幸せな家庭を写したその写真は、だが、既に過去のものである。ぼんやりと見つめる彼の瞳は、怒りとも悲しみともつかない光を静かに湛えている。
「大尉……?」
 それはリサがこれまでに見たことのない、デュランの姿だった。
 グリプス2を発ち、ワーノック軍残党が逃げ落ちた“ゼダンの門”に向けて進路を取ったエゥーゴ艦隊。移動開始後間もなく、旗艦カージガンにて作戦の概要を知らされたパイロット達は、一様に困惑の色を隠せないでいた。
 戦術的に無理があるというようなことではない。モビルスーツ隊を束ねるデュランの口から告げられた内容は、敵を殲滅するという目的からすれば至って効果的な作戦である。だが、それをアクシズ艦隊にやらせるところに、重大な意味があった。
「ま、意趣返しといったところだな。せいぜい慌ててもらおうじゃないか」
 ミーティングを締めくくったデュランの言葉である。
 皮肉の裏に隠された想い。それはエゥーゴの将兵が少なからず共有するものである。だがリサは、それがデュランの本心であるとは思いたくなかった。だからこうして、直接確かめに来たのだが……。
「……リサか。どうした?」
 彼女の気配に振り向いたデュランには、どこか陰がある。
「今度の作戦——」
 まさかという思いを押さえつつ、口を開くリサ。
「……復讐なんですか? 大尉の」
「………」
 その問いに、しばし沈黙するデュランは、やがてふっ、と寂しげに笑ってみせると、
「ああ、そうだ」
 小さく、だがはっきりと答えるのであった。
「そんな……!」
 耳を疑うリサの声が、二人きりの展望室に響き渡る。彼女にとって、それはもっとも聞きたくない答えだった。
 なぜなら、
「だって、大尉はあのとき、あたしに言ったじゃないですか」
 二年前、デュランと初めて出会ったときのことを思い出しながら、リサは言う。
「『復讐からはなにも生まれない。戦うのなら、もっと別の理由を持て』って。あれは……あれは嘘だったんですか!?」
「嘘ではないよ、リサ」
 やや興奮気味の彼女とは対照的に、デュランは静かに口を開いた。
「なぜなら、その証拠が今ここにいる私なのだからな」
「え……?」
 思いもよらぬ言葉に、声を失うリサ。だが、デュランはそれを気にするでもなく、淡々と遠い目で続ける。
「妻と息子を失った私は、ティターンズを憎んだ。だからそれ以来、月で、宇宙で、ただひたすらにティターンズを葬ってきた。奴らから死神と呼ばれるほどに……」
 四年前のあの日、目の前で妻子を殺されたデュランは、その怒りの矛先をティターンズに向けた。
 愛機をどう動かしたのかは覚えていない。確かなのは、突然のことで戸惑う奴らを六機まで墜したあと、ハイザックの小隊に追われ、傷つき、漂い、エゥーゴ結成以前のクワトロ・バジーナに拾われたという事実である。
 30バンチ壊滅の報は、その後の反地球連邦政府闘争に大きな影響を与えた。罪無き同胞を虐殺されたことに対する怒りが、それまで個々に抵抗してきたグループの連携を生み、ブレックス・フォーラという将軍の造反へと繋がった。
 デュランもまた、当然のようにエゥーゴの活動へとその身を投じた。修理なった愛機ジムスナイパーⅡを駆り、ティターンズの精鋭相手に孤独な戦いを挑んだのである。
 誰と組むでもなく、単機で敵を撃ち抜き、あるいは薙ぎ払う。機体の特性をフルに生かしたその戦いは、得るもののない孤独な復讐劇であった。
「気が付けば二年が過ぎていた。何機殺ったか見当もつかん。確かなのは、それで気が晴れることは無かった、ということだ」
 ティターンズ将兵から“月の死神”と称されるようになったデュランは、殺伐とした日常の中で心の安らぎを忘れた。功名心に駆られて月に襲い来る敵機と、昼夜を問わずただ戦うだけの毎日。それは復讐を志した者の当然の末路かもしれない。
 もっとも、当時のデュランにしてみれば、それはもはやどうでも良いことであった。なぜなら、彼は虐殺された妻子の無念を晴らすことによってのみ、己の生きる意味というものを見いだすことが出来たのだから。
 少なくともあの時までは。
「倒せば倒すほどに、奴らは私を追った。そして君の家族に不幸を招いた。……正直、虚しかったよ」
 大きくため息を漏らすと、沈鬱な表情で虚空を見上げるデュラン。
 その日も打倒死神に燃える部隊の襲撃であった。といっても大した相手ではない。デュランの技量と新鋭リック・ディアスの性能を持ってすれば、数の上での不利などあってないようなものである。
 それが予想外の苦戦を強いられたのは、民間機が戦闘宙域に紛れ込んでしまったからだ。追いつめられた敵機が盾にしようとした結果、シャトルは傷つき、搭乗者の脱出中に四散した。
 両親と共にたまたまシャトルに乗り合わせていたリサは、消火作業をすべく近づいたデュラン機に運良く見つけてもらえたおかげで、一命を取り留めることが出来た。だが、彼女の両親は未だ行方不明のままである。
 捕虜に飛びかかろうとした彼女の形相を、デュランは今でも忘れられない。
「だから私は、君のエゥーゴ入りに反対した。あのときの君は四年前の私と同じだったからな。……君には私と同じ道を歩んで欲しくなかった」
 リサの身柄を引き受けたデュランは、精神的に落ち着くのを待って、彼女に月での仕事を与えた。モビルワーカーのライセンスを持っていたことから、知り合いのアナハイム技師に頼んで構内作業の仕事を斡旋してもらったのである。体を動かしていれば気が紛れるだろうし、恋の一つでもすれば親を失った悲しみも忘れられようという配慮からだ。
 モニカと知り合った頃の自分と同じように。
「戦場は死と隣り合わせの世界だ。いつまた同じ苦しみを味わうかも判らない。だからモニカは軍を辞め、私も第一線を退いた。生まれてきた息子のためにも。それを……」
 デュランの拳に力が入る。収まることを知らない憤りを込めて。ひとしきり拳を握りしめたデュランは、やがてその力を抜くように、大きく長く息を吐く。
「復讐からは何も生まれない。それは真実だ。現に私は、これまで多くの人々を巻き添えにしてきている。我ながら何と無意味なことか。しかし私は、そうすることで自分を支えてきた。私にはそれしかなかった」
 言いながら手にした写真に視線を落とすデュラン。そこに勇猛果敢で鳴らしたエースとしての面影はない。あるのは心の拠り所を失った、孤独な男の姿である。
「——あたしじゃダメですか?」
 デュランの悲しみのほどに衝撃を受けたリサは、ややあってから、遠慮がちに口を開いた。
「ん……?」
 言葉の意味を計りかねたデュランが、不思議そうに顔を上げる。リサはそんなデュランをよそに続けた。
「助けてもらったあの日から、あたし大尉のこと、家族みたいに思ってました。母さんや父さんがいなくても、大尉がいるから寂しくなかったんです。だから……」
 両親との別れの日を思い出すのは、リサにとってとても辛いことである。しかし、この時のリサの心にあったのは、デュランを支えたいという一途な想い。
「奥さんの代わりにはなれないと思う。けど、けど……」
 やや躊躇いながらも、リサは自分の思いの丈をデュランにぶつけた。
「それでもあたし、大尉のことが好きなんです! 大尉の力になりたいんです!」
 言って、デュランを見つめる。ややあって、彼の口元に小さな笑みが浮かんだ。にわかに顔を明るくするリサ。だが、彼女の期待とは裏腹に、それは寂しげなものへと変わるのであった。
「……君の気持ちは解っているつもりだよ、リサ」
 呟くように答えるデュラン。
「けれども私は、今でも二人を……モニカを愛している」
 その瞬間、リサは悟った。デュランが未だ過去に生きていることを。
 両親を失ったあとも、リサの時計は確実に時を刻んできた。デュランという新たな家族と共に。だが、当のデュランの時計の針は、リサと出会う前から常に同じ時を差し続けていたのである。亡き妻と息子の幻影を胸に抱いて。
 デュランとの距離を詰められないと知ったとき、リサに出来たのは、この場から逃げ出すことであった。デュランを癒せない悲しさと、彼の深すぎる心の傷に気付けなかった悔しさ。感情の奔流に揉まれるリサは、一心に駆けるのが精一杯であった。
「うわっ!?」
 ぶつかりそうになったフィルが声を上げる。が、リサはそのフィルにも気付かない。
「リサ……? 大尉?」
 リサの後ろ姿を見送ったフィルは、不思議そうにデュランを振り向いた。
「……立ち聞きとは感心できないな」
「え? べ、別に、そんなつもりじゃ……」
 思いもよらぬ言葉に戸惑うフィル。デュランはそんな彼の様子に舌打ちすると、忌々しげに頭を振った。
「すまん、忘れてくれ」
 と続ける。珍しく過去を語ったからだろうか。気が滅入っていたらしい。
「——どうした?」
「あ……。えっと、ディアスの調整で聞きたいことがあって……」
「ん。どれ」
 写真を懐にしまうと、デュランは立った。
「直接、見た方がいいんだろう?」
「はい。でも……」
「リサのことなら気にするな」
 不審げなフィルに応えると、
「それより、ディアスはどうだ?」
 リフトグリップに手を掛けながら、多少強引に話題を変える。これ以上、過去に触れたくないというのもあったが、己の未熟を恥じたのである。部下に心配されるようでは指揮官失格だろう。
「僕には少し柔らかいです」
「ほう?」
「でも、思い切り動かせる良い機体だと思います」
「そうか……」
 意外なフィルの答えに、デュランは思わず微笑した。
 たとえコクピットが同じであっても、モビルスーツは機体それぞれに異なった癖を持っている。しかし、頭で理解しているからといって、易々と体感できるわけではない。経験と勘がものをいう世界だ。
 ゼロを整備したイの話では、フィルを付けた先の戦闘では、サイコミュが入った状態でもパイロットであるリサの精神は安定していたという。彼女を安心させるほどに育ったと言うことか。
「あの……。大尉?」
 部下の成長を喜ぶデュランに、続いてエレベーターに乗り込むフィルが尋ねた。
「ん?」
「黒いモビルスーツと何があったんですか?」
 閉ボタンを押すデュランの手が、一瞬止まる。
「……古い、友人でな。いいライバルだった」
 エレベーターが動き出すのを待って、デュランは静かに口を開いた。階数表示板を見上げる彼の脳裏に、十年前の記憶が左へ流れる光と共に甦る。
「ア・バオア・クーで死んだとばかり思っていたが……」
 その複雑すぎる口調に、フィルはデュランの言う「友人」がどういう人物か、判ったような気がした。
 以前デュランの部屋で見た、パイロット達の集合写真。あの時彼が口にした「恋のライバル」も、恐らくはその中にいるのだろう。
 ティターンズの黒鷹も。
「——倒すさ。たとえ相手が何者であってもな」
 まるで自分に言い聞かせるかの如く、握りしめる拳に誓うデュラン。フィルはそれを、ただ不思議そうに見上げるばかりであった。

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