星のかけらを集めてみれば - 剣舞祭 -

作:澄川 櫂

1.はじまりはじまり

 遥か遠くに見えたと思った鳥影は、見る間に大きくなって広場の空を抜けて行く。翼を広げて滑空する鷲族カパッチの特徴的な姿を目にするのもつかの間、彼の引く凧から手を離して飛び降りる男の子の容姿に、ラッセルは無言の歓声を上げた。
(わぁ……!)
 褐色の肌に若草色の髪。同色の長いしっぽを揺らしながら宙を舞う彼の、量の多い髪の合間に何かキラリと光るもの。格好良く着地を決めた姿をよく見れば、それはふわりと弧を描いて伸びる、一対の銀色の飾り羽だと判った。
(銀の羽根、きれいだなぁ)
 狐人スマリの長、フェルトと言葉を交わす亜人の子。初めて目にしたその姿に、ラッセルはすっかり引き込まれた。
 あれが羽根族ラペなのだろう。歳の頃は自分と同じくらいか。お友達になれるかなぁ。狐しっぽを揺らしつつ、小さく口にする。
 と、フェルトに促された羽根族ラペの子がこちらを向いた。
(わわっ)
 印象的なエメラルドグリーンの瞳に見つめられ、ラッセルは理由わけもなくどぎまぎしてしまう。
「チター、チカ、それにラッセル。ちょっと来てくれるか」
 フェルトが片手を挙げて彼らを呼んだ。チターと彼の妹のチカが揃って駆け出す。が、エメラルド色の瞳に魅了されるラッセルは、ぼうっと立ち尽くしたまま羽根族ラペの少年を見るばかり。
「ラッセルお兄ちゃん、どうしたの?」
 それに気付いたチカが振り向いた。
「早く行こうよ!」
「あ、うん」
 ぴょこんと跳ねる彼女に急かされて、ラッセルは肩にかけた弓の位置を直して二人の後を追いかける。三人が揃ったところで、フェルトは少年を紹介した。
「今年の剣舞祭の主役を務めるリュートだ。リュート、こちらはラッセル。我が村の新顔でな。歳も近いし、以後よしなに」
「おいらリュートだ」
「ぼ、ぼく、ラッセルです」
 緊張のあまり背筋をピンと伸ばして応えるラッセル。一方のリュートは、黄色い毛並みの狐人スマリが居並ぶ中、唯一薄茶色の毛並みを持つラッセルを物珍しそうに見つめた。次いで、ラッセルの頭の青いバンダナに散りばめられた、コミカルな狐顔を目にして首を傾げる。
 もっとも、リュートはそれ以上何を尋ねるでもなく、ラッセルに向かって微笑んでみせるのだった。
「よろしくな」
「こ、こちらこそ」
 相変わらずどぎまぎしながら応えるラッセルだったが、この時ようやく、自分がこんなにも緊張している理由に思い至った。
 亜人の顔立ちは尖耳人トカリ丸耳人マールといった、街に住む人々とさほど違わない。獣族以外に同年代の子を知らないラッセルにとって、これほど新鮮で衝撃的なことはなかった。
「前夜祭まではまだ時間がある。それまで村を回ってみるといい。三人で案内してやってくれるかな」
 そうとは知らないであろうフェルトは、ラッセルとリュートの肩に片方ずつ手を乗せながら言った。「らじゃ!」と、声を揃えて応えるチターとチカ。ラッセルもまた、その勢いにつられて頷いていた。

「こんなに早く代表で来るなんてなー」
「へへっ。見直したろ?」
「タンバが先の方に張ってたから大損だぜ」
「……これだ」
「チカはちゃんとリュート兄ちゃんにかけたよ!」
「あんがとなぁ、チカ」
「リュート兄ちゃんのおかげで、チカ、お菓子いっぱいもらえたの」
 楽しく親しげな会話を続けながら前を行くチターとリュート、それにチカ。なんとなく気後れして、後ろから付いて行くばかりのラッセルは、目の前で揺れるリュートの銀の羽根が気になって仕方なかった。
(これ、作り物じゃないんだよね?)
 気になるあまり、そっと両手を伸ばしてしまう。あと少しで触れられるというところで、
「何すんだ!」
 気配に気付いたリュートが形相も鋭く振り向いた。
「ご、ごめんなさい!」
 両手を後ろに引っ込め、慌てて頭を下げる。
「その、あの、あんまりきれいだったから気になって、つい……」
「おいら達の羽根なんて、今さら珍しくもないだろ?」
「あー、そうか」
 そのやりとりに、ようやく理由わけを察したチターが取り成した。
「ラッセルは今日、初めて羽根族ラペを見たんだものな。リュート、悪気はないから勘弁してやってくれ」
「……初めて、て。どういうことだよ」
 毎年の剣舞祭で必ず羽根族が訪れる村の住人のくせに、羽根族を見たこと無いだなんて、おかしいじゃないか。そう続けながら、リュートは疑わしげにラッセルを睨み付ける。
 すると、
「だって、ラッセルお兄ちゃんは尖耳人トカリなんだもん。剣舞祭観るのだって、ちゃんとは今回が初めてなのよ!」
 チカがラッセルを庇うようにしながら割って入った。あちゃー。額を押さえるチター。
「お前、そのことはナイショだって言ったろ」
「……あ!」
 両手で口を抑えるチカだったが、時すでに遅し。
「はぁ……。ま、バレたもんは仕方ないな。ラッセル、ちょっと元に戻ってくれるか。その方が話、早いから」
「う、うん」
 チターに促され、ラッセルはくるんと風の力を借りてバック転。その姿を薄茶色のさらりとした髪に金色の瞳を持った、とんがり耳でしっぽの無いヒトの子へと転ずる。リュートはぽかんと口を開け、目を大きく見開いた。

 チターから一通りの説明を聞かされたリュートは、石に腰掛け膝に肘つき頭を乗せる。そうして、長く大きなため息を吐くのだった。
「はぁぁぁっ。鼻には自信あったのになぁ」
「あの……ごめんね」
「ラッセルが謝ることじゃないだろ」
 申しわけなく縮こまる様子のラッセルを笑うチターは、「見事なもんだろ?」と続ける。
「ラッセルお兄ちゃんはね、姿だけじゃなくて、能力ちからもチカ達と同じに使えるんだよ」
尖耳人トカリん時の魔法もOKだから、村で一番多芸な狐人スマリかもな」
「そ、そんなことないよぉ」
 再び狐人の姿になったラッセルが、今度は照れくさそうに縮こまる。ふわりと揺れる狐のしっぽ。それを目にしたリュートは、反射的に両手でむぎゅっと挟み込んでいた。
 途端、
「ひゃあっ?!」
 妙な声と共にラッセルが飛び上がった。
「幻でなくちゃんと生えてんだ」
「あ、ラッセルお兄ちゃんの弱点」
「相変わらずそこは慣れないのな、ラッセル」
「しょっ、しょうがないでしょ!」
 真っ赤になって頬を膨らませるラッセル。元来尖耳人トカリに無いものだからか、彼のしっぽはとても敏感だった。座る時の違和感はようやく感じなくなったのだが、直接触れられると全身に電気が走ってしまう。
 文句を言いたいところだけれど、さっき同じようにリュートの羽根に手を出してしまった手前、黙ってしっぽをガードするしかない。
 そんなラッセルをしばし見つめていたリュートは、不意に勢い良く立ち上がって言った。
「決めた! おいらの相棒、お前にする」
 片方の拳をラッセルの胸にポンとやる。
「頼んだぜ」
 不意のことに目を瞬くラッセルだが、
「ええーっ!?」
 ほどなく剣舞祭のペアのご指名だと気付いて、文字通り目を丸くするのだった。

 リュートの指名に驚いたのは、ラッセル本人ばかりではない。集会所でその宣言を聞くやいなや、狐人スマリの主だった面々もまた、唖然として羽根族ラペの少年を見やる。
 ラッセルが生粋の狐人でないことは、村人の誰もが知っている。大切な祭りの主役に立てるなど、思ってもみないことだ。
 ところが、長のフェルトは違っていた。傍らのババ様に何やら目配せすると、ラッセルに尋ねる。
「チターに聞いたんだが、狐火を出せるそうだな」
「は、はい」
「ちょっと見せてもらえるか?」
 ラッセルは頷くと、目を閉じて軽く念じた。ほどなく三つの青白い炎の玉が現れる。目を開けたラッセルが部屋の中央に視線を移すと、促されたようにふよふよと炎達は移動していく。大人達の間に軽いどよめきが起こった。
「立派なもんじゃないか」
 そこへ、いずこかへ行っていたババ様が戻ってきた。ラッセルの元に歩み寄ると、唐突に「どっちだ」と言って握った両手を差し出す。
 突然のことに面食らうラッセルだったが、ふと鼻に伝った良い香りに誘われて、右の拳を指差した。ババ様が両手を開くと、果たして右の掌に木の切れ端のようなものがあった。
 ババ様は続けて三度、手を後ろに隠しては同じことを繰り返した。コツさえ飲めてしまえば簡単だ。迷うそぶりさえ見せずに全て的中させたラッセルは、三度目が終わると同時に思わず口にしてしまう。
「ババ様、これ、ゲームにならないよ。だって、匂いですぐに判っちゃうもん」
 途端、場の空気がすっかり変わったことに、ラッセルは気付かなかった。
「あのな、ラッセル」
「ん?」
 にやにやしながら話しかけるチターに首を傾げる。
「この香木、狐人スマリの鼻にしか匂い、届かないんだぜ?」
「ふーん?」
 なおも不思議そうに首を傾げるばかりのラッセルに笑うと、フェルトは一同を向いて言った。
「ご覧のとおりだ。十分に資格があると思うのだが、いかがだろうか?」
 今度は誰も異を唱えなかった。一同、にこやかな顔で揃って頷く。ようやく雲行きの怪しいことを知るラッセルだったが、最早どうにもならない。
「決まりだな。ラッセル、明日は頼んだぞ」
(ええーっ!?)
「そうと決まれば早いとこ休もうぜ。日の出が祭り開始の合図なんだから」
 呆然と立ち尽くすラッセルの背中を、チターが愉しげにポンとやった。