星のかけらを集めてみれば - 剣舞祭 -

作:澄川 櫂

2.導きの狐火

 翌早朝、チターに先導されて獣道を行くラッセルとリュートの姿があった。足取りも軽やかな狐人スマリラッセルとは対照的に、目元を擦りながらとぼとぼついて行くリュートは、実に眠そうだ。
「……たく、なーにが『緊張して眠れないよー』だよ。人のこと蹴飛ばしといて」
「あ、あは。あはははは」
「すとんと落ちるもんなー、ラッセルは。寝相もあんまよくないし」
「……分かってて一緒にしたのかよ」
「リュートはリュートで隅っこで丸くなるから、バランス良いかと思ってさ」
 こともなげに返すチターに嘆息するリュートは、ひときわ大きなあくびをすると、それきり口をつぐんだ。草土を踏みしめる音に混じって、ときおりあくびをかみ殺すリュートの眠気が、丘の合間を抜けていく。
「着いたぜ」
 チターの案内で着いた先は、鬱蒼と茂る木々を背後に佇む、古びた祠の入り口だった。傍らには一対の灯籠。促されるままにラッセルが狐火で明かりを灯すと、祠の扉が開いた。
「じゃ、頑張ってなー」
 気楽な口調のチターに見送られて、二人は祠の中へと入った。彼に教えられた通り、ラッセルは好ましい匂いのする道を選んで進む。灯籠が現れる都度、狐火で明かりを灯しつつ。
「……なーんか呆気ないのな」
 薄暗い通路を歩きながら、リュートがぽつりと口にした。
「なにが?」
「ペアで困難を潜り抜けろ、とか言うから、もっといろいろ出て来るんだと思ってたのに」
「いろいろ、て?」
「そりゃ、魔物とかお化けとか」
「お、お化け!?」
 びっくりして振り返るラッセルの様子に、リュートは驚くのも一瞬、にたりと笑って続ける。
「なんだ、お前。お化け、怖いのか?」
「こ、怖くなんか……」
「ん?」
「ひっ」
「……なんだ、ただの染みか」
 ほっと胸をなで下ろすラッセルの、油断しきったタイミングで、リュートは彼の背中をとん、と押した。途端、
「わーっ!?」
 びっくり仰天、パニクるラッセルは振り向きざまに雷撃を放つ。辛うじて当たらなかったが、リュートが肝を冷やしたのは言うまでもない。

 行く手にのそりと起き上がる大きな影。敵だ。岩が集まって人の形を成すそれは、ゴレムと呼ばれる魔導の人形。動きは多少鈍いものの、地を揺るがすパワーを備えた危険な相手である。
「わわっ?!」
「んなもんに当たるかっ!」
 突き立てられたパンチを蹴って、リュートが高くジャンプする。両手にした二本の小太刀をゴレムの首筋に刺し入れる。咆哮を残して崩れ去るゴレム。
 岩人形は次から次へと現れるのだが、その都度、巧みに弱点の関節部を突くリュートの活躍で、二人は難なく先へと進んで行く。耳を押さえながら走るラッセルは、先を行く羽根族ラペの妙技に感嘆しきりだった。
「今度はどっちだ?」
「んと、右!」
「よっしゃ」
 自分にできるのは、こうして良い匂いを嗅ぎ分けることだけ。なんだか申し訳ない気分になってくる。
 ひとしきりゴレムを退けて、のんびり歩調に戻ったところで再びの分かれ道。と、ここまで迷うことなく道を示してきたラッセルが、初めて困惑顔で立ち止まった。
「どうした?」
「……すごく嫌な臭いがする」
 両手で鼻先を覆いながらリュートに応える。
「どっちから?」
「両方」
「どっちもかよ!」
「で、でも、いい匂いも混じってるの」
「それって……」
 どちらも道は合ってるが、その先に危険な強敵が待ち構えている、ということか。臭いのあまりの強烈さに、足がすくむラッセル。と、その肩にリュートが優しく手を乗せた。
「大丈夫だって。何があってもおいらが守ってみせるから」
「……リュート」
「行こうぜ」

 道を抜けた先に現れたのは、見るからに恐ろしげな大柄のモンスターだった。トカゲの化け物、というか、竜の一種だろう。目が合うなり、それは口をばくんと開いて炎を吐いた。
「げっ!?」
「危ないっ!」
 とっさに風を起こし、リュートを抱えるようにして難を逃れるラッセル。
「サンキュー、助かった」
「あれ、何?」
「何、て、敵だろ? あいつを倒せ、てことだな」
 腰から二刀を抜いて、リュートは嬉々として駆け出した。怪物の目前で大きく跳んで、脳天目掛けて振り下ろす。
 ところが、
「かってーっ!」
 彼の渾身の一撃は、怪物には通じなかった。竜は痛がるリュートの様子になど目もくれず、ひたとラッセルを見つめたまま、足を進める。
「わわっ」
 恐ろしげな視線に耐えきれず、ラッセルは逃げ出した。遮蔽物の合間を縫うようにしながら距離を取る。だが、その動きは竜に完全に読まれていた。最後に隠れた大きな柱を、竜の火球があっさり弾き飛ばす。
「わーっ!?」
 慌ててリュートに駆け寄るその後を、次々と火球が抉ってゆく。
「なんで僕ばっかり!?」
「あいつ、狐人スマリが狙いなのか」
 いくら注意を逸らそうとしても徹底して自分を無視する竜の様子に、リュートはようやくそのことに気付いた。
「ラッセル、こっち」
 リュートはラッセルの手を引いて、柱の乱立する一角へと走った。ジグザグに走り回り、タイミングを見計らって仕切りの陰に入る。見事、視線をまいたかに思えたが、竜は首を巡らせると、すぐさまこちらに向かって火球を放つのだった。
「な、なんで僕達のいるところが判るのーっ?!」
 しっぽをパンパンに膨らませて叫ぶラッセルの姿に、リュートはふと思いついたように再び物陰に隠れた。素早く足で円を描いて何事か呟くと、ラッセルをその中に立たせる。
「な、何?」
「しーっ。黙って」
 逃げ腰のラッセルを押さえたまま、竜の様子を窺うリュート。竜はすぐ近くまで来ていたが、どうしたわけか、辺りを見回すばかりで一向にこちらに感づく様子がない。
「やっぱり。あいつ、狐人スマリの気配を追ってるんだ」
「気配?」
「さっきまであんな簡単に見つけてたのに、“隠形の陣”にラッセルを入れた途端にあんななんだから、それしか考えらんない」
「じゃ、じゃあ、尖耳人トカリに戻れば見つからないんだね」
 言うや、宙返りして戻ろうとするラッセルだったが、リュートはすかさずしっぽを引っ張って、それを止めるのだった。
「ふにゃあ?!」
「逃げんな」
 文句を言いかけるラッセルの鼻先にぐいっと顔を寄せる。
「あいつがラッセルのこと見つけられる、てことは、そんだけ本物だってことだろ? ラッセルにはやっぱ、この試練を受ける資格があんだ。もっと自信持てよ」
「で、でも……」
「安心しろ。ちゃんとおいらが守ってやる」
 リュートはその場にかがみ込むと、先に床に描いた“隠形の陣”を指先でとんとん、と叩いた。すると、陣の縁が鈍い光を放ち始める。
「これとおんなじのいくつも作っから、ラッセルはその間を移動しながら魔法で攻撃してくれ。隙見て、おいらがこいつを叩き込む」
 言って、リュートは手にした小太刀をピシッと振るう。
「せっかくここまで来たんだから、ちゃんとクリアしようぜ? アテにしてんだからな、相棒」
 拳でラッセルの胸を軽く小突いて笑うと、リュートは駆けていった。