星のかけらを集めてみれば - 剣舞祭 -
作:澄川 櫂
3.倒せドラゴン
「行くぜ!」
「う、うん!」
リュートの合図に合わせて、ラッセルは陣を出た。途端に自分を振り向く竜の鼻先を制するように、リュートが飛びかかって小太刀を振るう。
「えいっ!」
竜が僅かにバランスを崩したのを逃さず、ラッセルは雷撃を放った。もちろん、竜を狙ったのだが、
「わっ!?」
雷球が爆ぜたのは、なんとリュートにほど近い背後の柱だった。
「ありゃ」
別の陣に入って仕切り直し。もう一度雷撃を試みるも、今度もまた、雷撃は竜を外れてリュートを襲う。
「こらーっ! どっち攻撃してんだ! ノーコンにもほどがあるぞ!」
「ご、ごめん」
「威力は低くてもよいから、ちゃんと狙えるやつ!」
「う、うん!」
その要望に応えて、今度は弓を引いて矢を放つラッセル。狙いはばっちりビンゴだが、当然ながら威力がなさすぎた。何事もなく火球を放つ竜。ラッセルは慌てて次なる陣に駆け込むと、肩を落とした。
「やっぱり、これじゃ効かないよね」
「あったり前だろ!」
リュートの怒声に思わず耳を塞ぐ。その格好のまま、ラッセルは考え込んだ。
(どうしようどうしよう)
一番威力があるのは雷撃だけど、自分でもコントロールが悪いのは判ってる。かといって、風の魔法ではピンポイントで狙うのが難しい。
(弓なら簡単に当てられるのに……)
ラッセルは唇をかんだ。いくら練習しても、雷の魔法だけはどういうわけか狙いが定まらない。当てようとして当たった試しがなかった。弓は初めて習った時からバッチリだったので、余計にもどかしく感じる。
弓。矢。もっと威力……。
そんな言葉を頭の中で繰り返していた時、ふと、アイディアが浮かんだ。雷撃を矢のような形に出来れば、弓で狙えるんじゃないかな?
ラッセルは左の掌に小さな雷球を呼び出した。目を閉じ、右の手で伸ばすイメージを思い浮かべながら、ゆっくりと右腕を引く。
そうして静かに目を開けると、
「……できた!」
ラッセルの右手は細い棒状の雷球、いや、光り輝く雷の矢を掴んでいた。歓声を上げるのも束の間、陣を飛び出すラッセル。肩に掛けた弓を左手に持ち直し、雷矢をつがえて弦を引き絞る。
「ていっ!」
すぐさま振り向き咆哮する竜の、真っ赤な口めがけて、ラッセルは雷矢を解き放った。電撃が弾け、苦悶の呻きを上げて竜が仰け反る。
「やった!」
「ナイス!」
竜の横合いから仕掛けつつ、リュートが歓声を上げる。だが、竜はまだまだ元気だ。狐人ラッセルの存在を感知して、飛びかからんと向きを変える。
「このっ!」
ラッセルは再び足を止めると弦を引いた。その挙動にあわせて雷矢が現れる。一度コツを掴むと意識せずともできるらしい。
もっとも、本人はこの時、そのことには気付いていなかった。無我夢中で雷矢を放つ。そして走る。その繰り返し。
ラッセルの射る細い雷は、確実に竜を捉えていた。ひとつひとつの威力はさほどでないかもしれないが、リュートの攻撃と共に、徐々に竜の活力を削いでゆく。
だがそれでも、竜はやはり強敵だった。それまでずっとリュートを無視していたのが、急に尻尾を振って彼を襲う。
「リュート!」
ちょうど陣に入ったところのラッセルは、無意識に雷球を放っていた。
「げっ!?」
「あ……」
雷球は竜の一撃をかわしたリュートの、その行く手を遮るように飛んでいった。咄嗟に二刀を交差して庇うリュート。すると、雷球はその小太刀に当たって跳ね返り、竜の喉元に命中するのだった。
「おろ?」
仰け反る竜と自分の小太刀を交互に見比べたリュートは、何かに気付いた様子で、陣の中から心配そうにこちらを見つめるラッセルの元へと駆け寄った。
「リュート、その、ごめん……」
「いいって。結果オーライだ。それよりラッセル、まだ行けるか?」
「少し休んだら、大丈夫だと思うけど……」
ラッセルは自信なさげに答えた。走り回って息が上がっているのもあるが、それ以上に頭がひどく疲れている感じがある。
雷矢を作るのはそれだけ精神の集中を要する、ということなのだが、ラッセルはそのことには思い至らなかった。ただ、気を抜くとふっと倒れてしまいそうな自分を気にした。
「そっか。長丁場は辛いよな」
疲労の色を見せるラッセルの表情に、リュートはぽつりと言った。こちらも肩で息をしている。ラッセルに比べればまだまだ行けそうな感じだが、やはり疲れが見えている。
「なあ」
「ん?」
「さっきのあれ、思い切りおいらに向かって投げらんないか?」
「え?」
ラッセルはきょとんと目を瞬いた。
「あ、危ないよ! そんなの」
「大丈夫だって。おいらの刀、どうもラッセルの魔法を溜められるみたいだから」
言って、リュートは手にした小太刀をラッセルに見せた。刀身が僅かに輝きを帯びていて、時折小さなスパークが走る。さっき、雷球を弾き飛ばした時に吸収したのだろう。
「雷の矢と刀。片方だけだとちびちび力を削ぐことしかできねぇけど、両方合わさったら、一発で大ダメージ与えられると思うんだ」
「で、でも。僕、コントロール良くないし……」
「おいらに絶対当てないつもりでやれば当たるんじゃね?」
目をぱちくりするラッセルは、さすがに情けない顔になった。
「冗談だよ」
リュートは軽く笑うと、
「でも、そんな感じで色んなこと気にしてっから、変に力が入って外れてんじゃないかな」
と続けるのだった。
「そ、そうなのかな」
「当たっちゃってもいいや、くらいの気持ちで思い切ってドーンとやれば、きっと上手く行くって。こいつが届く範囲なら、なんとかできっからさ」
二刀で大きく円を描いて見せる。
「……うん。やってみる」
「そうこなくちゃ」
おずおずと頷くラッセルに、飾り羽根を揺らして破顔すると、リュートは大きく三度深呼吸。
「ラッセルもやってみ。落ち着くから」
言われてラッセルも大きく息を吸い込んだ。目を閉じてゆっくりと吐き出す。一回、二回、三回……。確かにいくらかドキドキが収まった気がする。
「行けるか?」
「うん」
「よし!」
二人は揃って陣を飛び出した。途端にこちらへ足を向ける竜を前に、両掌の間に雷球を呼び出すラッセル。
「おいらが跳んだタイミングで、あいつの顔目掛けて思い切り放ってくれ」
「分かった!」
「んじゃ、行くぜ!」
真っ直ぐ突進してくる竜に向かって駆け出すリュート。雷球を大きく振りかぶるラッセルは、彼が床を蹴った瞬間、くるんと宙で前転して、思い切りそれを投げつけた。
「よっしゃ、どんぴしゃ!」
リュートは両手でニ刀を束ねると、雷球を刃先で受けた。稲妻を帯びる刀身が、雷の魔法を吸収する。そして、
「でやぁっ!」
リュートの気合いに応えてマナが変化し、青白く輝く大剣が姿を現した。咆哮する竜の振り払う尻尾を蹴って、リュートが飛ぶ。大剣を持ち直し、竜の脳天目掛けて切っ先を突き立てる!
——咆哮がぷつりと途絶えた。無限とも思える一瞬の静寂……。
不意に竜の全身が弾けた。突然のことに目を丸くするまもなく、足場を失い頭から落下するリュート。それを目にしたラッセルは、声を出すより先に、風の力を借りて飛んでいた。
落下するリュートの体を両手で抱えると、下方にさらなる風を呼び起こす。だが一歩及ばず、背中から床にぶつかってしまう。何かの折れる乾いた音が、リュートの耳に届いた。
「ラッセル、大丈夫か!?」
リュートは慌ててラッセルの上から跳ね起きると、血相を変えて横たわる狐人を見やる。ところが、彼の想像に反して、ラッセルはすぐに背中をさすりながら上体を起こすのだった。
「……いっつー、あたた。リュート、けっこう重たいんだね」
「ら、ラッセル。お前、どこも何ともないか。怪我ないか?」
「……リュート、何でそんなに慌ててるの?」
「だって、パキッて音したぞ」
「パキッ?」
きょとんと首を傾げるラッセルだったが、唐突に思い至って肩に掛けていた弓に手をやると、素っ頓狂な声を上げた。
「あー! 折れちゃった……」
ラッセルの弓は真ん中あたりでざっくりと裂け、弦で辛うじて繋がっているような有り様だった。両手で持って、がっくりとうなだれるラッセル。
「気に入ってたのになぁ」
その様子に、リュートはほっとしたような、呆れたような表情を作った。小さく息を吐くと小太刀を収め、頭の後ろをかきながら声をかける。
「あー、その……ごめんな」
「え? ああ、いいよ。気にしないで。リュートが無事で良かった」
ラッセルはにっこり笑った。
「弓はほら、また作ればいいから」
と続けて立ち上がる。それでもしばし、名残惜しそうに折れた弓を見つめていたが、やがて弦を外し、手近な柱の根元に木片を置いて手を合わせた。
「いままでありがとう」
「それ、ラッセルの手製だったのか?」
「うん。初めて作ったやつ。筋が良い、て、お父さん褒めてくれたんだよ」
「……ごめん」
「だから、それはいいんだってば」
再び謝るリュートに苦笑すると、ラッセルは竜が弾けて消えた辺りを見やりながら言った。
「僕たち、やったんだね」
「おう」
短く応えたリュートは、まだ実感のなさそうなラッセルを見て、
「ラッセル、手、上げてみ」
と声をかける。
「え? こう?」
ラッセルがおずおずとその通りにするや、「やったな!」と歓声混じりに平手を合わせる。パチンと音が鳴り響き、心地よい痛みが現実感を連れてくる。
二人はようやく声に出して笑った。
© Kai Sumikawa 2020